<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第一章 ルアスの町の怪盗



第三話 謎の怪盗



「え〜っと…正体不明の怪盗を捕まえる仕事?」
「捕まえるというよりも家の警備ということだそうだけど」
ルゼルは俺たち同様に驚いた顔を見せながら、俺たちが言った言葉を繰り返した。
それはそうだろう。俺たちもいきなりそんなこと言われるとは思っても見なかったんだからなぁ…
そんな驚き状態のルゼルの横でこの部屋の主人であるイリアルは『あ〜』と無関心そうに呟く。
「そういえば何とかっていう怪盗が、ボクん家の家宝を盗み出すんだとか言う予告状が着てたなぁ」
「よ、予告状・・・?」
ルロクスはさらに『今時そんなのいるのかよ?』と疑わしい声で問いかける。
それにむっとしたのか、イリアルがルロクスに向かって睨みながら言う。
「お前…依頼主を信じないようなやつなんて、護衛の仕事、やっていけないぞ。」
「オレはネィスター夫人に依頼されたんだ。
よって、お前は依頼主じゃないぜ。」
「なっ!!母上が依頼主ならボクが依頼したのも同然なんだぞ!」
「イリアル様、気をお鎮めください。
ルロクス、意地悪言わないの。」
イリアルとルロクスを同時にたしなめるルゼル。
そして困り顔のまま、ルゼルは俺に問いかけた。
「あの・・・ジルさん、その依頼は受けたんですか?」
「あぁ。食事・寝床つき、祭りの間だけの護衛。
金額だってとても良いと思った。
明日の食事に事欠いてたわけだしな・・・
ここ、雇われたくなかったか?」
最後の一言を小声で聞くと、ルゼルはぶんぶんと首を左右に振った。
「いいえ!少しの間になっちゃいますが、よければとは思ってました。」
そう言ってにっこりと笑う。
その表情を見てイリアルもうれしそうににっこりと笑った。
そこでそっとルゼルが声を潜めて俺に問いかける。
「それでその・・・金額って日当でどれくらいなんです?」
「え・・・?えっと、一人当たり5万グロット」
「安くなってる・・・」
「え・・・?」
ぼそりと聞こえたルゼルのその声に、俺はびくりと身を離した。


その後、ネィスター夫人が呼びに来るまでの間、イリアルはうれしそうに笑っていろんな技をルゼルに見せようとしていた。
それを危険だからと軽く笑いながらやめさせている。
どうも、ルゼルがこの家を出て行ってから、ずっとイリアルは独学で勉強していたらしい。
独学じゃなくってもこんな良家ならまた家庭教師をつけていそうなもんだが・・・イリアルはどうもやめさせ続けているようだ。さしものルゼルもその話を聞いてイリアルに意見したくらいだったが、『ルゼルじゃなきゃヤなんだ』との一言で片付けられた。
「ルゼルさん、よろしければ本当に我が家にずっといてくださいません?」
ネィスター夫人は先導して廊下を歩きながら、ぼそりとルゼルに問いかける。
振り向きはしないものの、夫人の声は本当に切実なものだった。
ルゼルはすまなそうに首を振る。
「そうですか」
空気を読んだのか、夫人は広げた扇をはらりと一度揺らしてみせた。


「皆さん、仲良く、お願いしますね?」
何気無い夫人の重圧を秘めたその言葉に、護衛の全員が『かしこまりました』と声を揃える。
そこは傭兵の詰め所と言われるような場所だった。
ちらりと見えた傭兵たちの姿はだらりとしたものだったが、夫人が入った途端、一同、ぴしっとかしこまる。
その姿を見るだけならまるでルアスの騎士団のようだ。
だが、あまりまじまじと見たらなに言われるかわからないようなそんな人たちが多いような気もする…いやただ単に俺がこう言った仕事をしたことがないからわからないということもあるんだが…
見れば戦士、騎士、盗賊、聖職者といろいろのようだが…そういえば修道士がいないような…
「それでは3人をよろしくおねがいしますね?」
そう言ってネィスター夫人が部屋を後にすると、一瞬のうちに空気が変わった。無論、悪い方にだ。
何だか…教育されてるかされてないか、よくわからないな…この人たち。
それに気付いてるのかいないのか、ルゼルが『紹介がまだでしたよね』とにこやかに話し出す。
「新しく入りました、ルゼルです。
一度、この家で家庭教師をしてさせていただいておりましたので、
僕を知っている方はいるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をしてルゼルは言った。
そして俺たちを見やりながら、紹介をしていく。
「こちらは修道士のジルコンさんと魔術師のルロクスです。
どうぞよろしくお願いします」
言われて、俺とルロクスは慌ててお辞儀をした。
俺はこういった“家を守る傭兵”という仕事なんてやった試しがないのだが、ルゼルの方は馴れた様子だ。
何度かやったことがあるんだろうな…そうだよな…前、ルアスのハンターズギルドのおじさんに短期間で高いお給金のものはないかと聞いてたというくらいだしな…
そう思い浮かべていた俺は、ふとまわりで沸き起こった笑いに反応ができなかった。
?何がおかしいんだ?
「何だ、お前も傭兵なのかよ。」
そう言われた先に居たのはルロクス。
見れば分かってしまう実力の差を見て、傭兵たちはそう言って笑ったのだ。
「そんな成りで傭兵なんて、ただの邪魔でしかねぇよひよっこが。帰りな。」
傭兵の中にいたその一人の男はそう言ってしっしっと手を払う仕草をする。
がっしりとした体つきと、腰につけたソードがあるってことは…戦士か。
「そうだな、ダイスの言う通りだな。
足手まといは要らない。」
さらりとそんな言葉を言い放ったのは、壁の脇の方で立っていた男。
中肉中背のその男は、人指し指で自分の眼鏡を掛け直す。
服装を見るところ…聖職者か。
ルセルさんが着ていたものとは違うからどれくらいの実力があるか分からないけれど…
その二人が言った言葉に感化されて、他の数人の男が『帰れ』だの『出てけ』だの騒ぎ出す。
だがルロクスはどうも、そう言われるのを予想していたらしい。
『はぁっ』とひとつ溜め息をついてからこう言ったのだ。
「足手まといにはなるつもりもないし、邪魔になる気もないぜ。
なにかあればオトリ役にでもなってやるさ。それなら文句ねぇだろ?」
「ほぉ?オトリ役に…ねぇ?」
戦士の男はまじまじとルロクスを見る。
ルロクスもその男を見ている。
…睨み合っている…
それよりも何よりも、ルロクスが囮になるなんて冗談じゃない。
俺は口を挟もうとしたところで、ルロクスが再び話し出した。
「で?俺たちは自己紹介したぜ?」
お前等もしてくれたって良いんじゃねぇか?と言った目線を相手に向けている。
それに気を悪くした素振りもなく、聖職者の男はニヤリと笑ってみせた。
「それは失礼したな。そっちはダイス。ダイスブレィディ・ジーディスド。
長いから私達はダイスって呼んでる。
見るからに戦士だからわかりやすいと思うが、性格も分かりやすい戦士型だ。」
「おいっ、なんでさきに俺を紹介するんだ?!しかも貴様!俺をなんだと思って!」
聖職者の男は面白そうに鼻をならす。そしてルロクスの真正面に立つ。
背の高さの差からなのか、見下ろしながら話し出した。
「私はリシュアン・アイベリック。
アイベリックと呼んでくれればいい。」
その言葉にどきりとしたのは俺だけじゃなかっただろう。
即座に振り向いてみると、少し青ざめたルゼルの顔。
リシュアン…その名前はドレイルの名前と同じ…
「大丈夫か?」
「ルゼル…?あいつはもういないんだから。平気だからな?」
俺とルロクスは思わず小声でルゼルに話しかけた。ルゼルはその声に答えようと必死に笑顔を見せようとしている。
その顔はどうしても引きつっている。
・・・無理もない。
まるで悪夢のようなあの出来事は忘れようにも忘れられないだろう。
それにまだ過去に出来るほど時間が経ってない。
俺達がルゼルを気遣う様子を見て、聖職者の男…アイベリックは『ふ〜ん』と鼻をならした。
「そう言えば私はルゼルくんには名前はアイベリックだとしか自分を紹介したことはなかったね。
誰かの名前に似てたのかな?」
ニヤリと様子を伺うような笑みを見せる。
この人には…隙を作らない方が良いな。
そう思った矢先だ。
アイベリックはニヤリと笑いを深くしながら気遣ってルゼルの横に立っていた俺達を交互に見やる。
そして−−−
「私の趣味を教えてあげようか。」
言ってルロクスをはたと見やる。
「私の趣味は“人の弱味を見つける”ことさ。
さぁ、魔術師少年。
思い浮かべてみな‐‐‐」
言いながら、またニヤリと笑い−−−
「ルゼルくんのエプロン姿。」

「・・・・は・・・

 ・・・はぃ?」

俺とルゼルは思わず声を上げた。
アイベリックが何を言い出したのかと全く意味が・・・。
それを気にすること無く、アイベリックはさらに言葉を続けた。
「さぁ思い浮かべてごらん、ルゼルくんの下着姿。」
「ちょっ…なに言ってるんですかアイベリックさん!!」
言われている内容をようやく理解したルゼルが抑止の声を出す。
そんな声を出してもアイベリックはやめようとしない。
アイベリックの視界の先にいるのは−−−
「るっ、ルロクスっ!だっ!大丈夫?!」
真っ赤な茹で蛸になっているルロクスの顔。
いっ、今のアイベリックの発言に反応してたのか…
ど、通りで喋るのを止めないわけだ…
アイベリックはくっくっと堪え笑いをしながらこう言う。
「大体、ルゼルくんに関わった半数はその反応するから大丈夫だ。
悪く思いはしないから。」
「お前…また楽しいおもちゃが手に入ったな…」
ダイスのあきれた声と、アイベリックの笑う声が傭兵の集まるその部屋に聞こえた。