<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第一章 ルアスの町の怪盗



第二話 マイソシアセレブリティ



「お久しぶりですわねぇ、ルゼルさん」
目の前にはティーカップ。
ケーキまで用意されたお茶会。
ころころと笑う婦人。
そして‐‐‐ふてくされるルロクスの姿に、困り顔のルゼル。
「我が子ながら素晴らしい行動力ですわ。
ルゼルさんの姿を見たとたん、
家に帰って家の警護をしている数名を率いて出ていってしまうんですもの。
いつのまにやら統率力もついていたのですわねぇ。
頼もしくてとても良いですわ」
「ちぃ〜〜〜〜〜っともよくないっ!!」
ルロクスが我慢できずに騒いだ。
…俺たちは、ルゼルが止めるために攻撃も出来ずに縄で縛られ、ついた先はなんと豪邸だった。
少年が率いていた男たちは、少年が言うことに従い、俺たちをこの大きな部屋へと連れてきた。
そして−−−
「なんでオレとジルコンが縄でふん縛られて、ルゼルだけ縄解かれてるんだよ!!」
「……ルロクス、怒る場所はそこか?」
「だってさぁ!!
縄ほどけ!!ほどけぇえええええ!!」
あまりにも暴れたルロクスは両手両足を縄でぐるんぐるんに縛られていた。
俺はというと両手だけなのだが…修道士を捕まえる際には両手を縛るだけじゃ意味がないってこと、知らないのかなぁ…この人たち。
「とりあえず、何がなにやらよくわからないんですが…」
俺は、怒るにも怒れないこの良く分からない状況に途方に暮れて、ルゼルに尋ねる。
ルゼルが『あははは』と乾いた笑いを浮かべたそんな時、部屋の扉がばっと開いた。
そして突如現れたその存在は声も高らかにこう言い出した。
「ルゼル、も〜〜〜う逃がしたりしないからな!
ずっとボクの家にいるんだから!!」
さっき俺たちを捕まえた少年だ・・・
少年はさっと扉を閉めると、俺たちに向かってにやりと笑った。
「…は?」
わ、わけがさっぱり・・・
「あ、あのですね、僕、以前ここに−−−」
俺が眉をひそめるとルゼルが慌てて説明しようとする。
その状況を全く気にせずに、少年はルゼルの手を掴み、どこへやら連れて行こうとする。
「あっ、ちょっ…あのっ…!」
「る、ルゼル、ちょっと事情を説明し−−−!」
「縄ほどけぇえええええええええ〜!!!」
「まぁまぁ、賑やかで楽しいことですわ」
婦人はそう言うと、優雅に紅茶をたしなんでいた。


「つまりはだ、ルゼルはここで雇われ家庭教師をしていたわけだ?」
「そうですの。」
この家の婦人−−−ネィスター夫人はそう言ってころころと笑った。
「短期間のお約束だったのですが、息子のイリアルはルゼルさんのことをとても気に入ったようで。
契約延長や報酬倍増やらいろいろ頼んではみたのですが、
ルゼルさんは『行くところがあるから』と言って断られまして…」
困ったような顔をしてネィスター夫人が扇を取り出し、口許を隠す。
夫人が言った息子の“イリアル”というのは、さっき俺たちを捕まえにかかった男たちを指揮していた少年のことである。
つまりは、この家の一人息子…ということだ。
通りで男たちがまだ15歳くらいの少年の言うことに従っていたわけだ。
ルゼルは今この場所に居ない。イリアルがどこかへ連れて行ってしまったのだ。
心配ではあるのだが、どうもこの夫人の話を聞いていると身の危険はないようだ。
「報酬を渡した次の日、ルゼルさん用の部屋にイリアルが遊びに行ったのですが
もうその時にはルゼルさんはこの家からいらっしゃらなかったのです。
イリアルにも、私にも言わず、ルゼルさんは旅立っていかれたのです。
あ、それを責めているわけではございませんわ。
護衛の方で夜のうちに出発されるような方は多いですのよ?
でもイリアルはショックだったのでしょうねぇ…」
夫人は少し首をかしげながらも寂しそうに笑った。
「イリアルはルゼルさんがどこへ行ったのか、
独自に方々に手を回して捜索していたようですの。」
「…で、今日、見つけられたわけですか…」
俺は差し出された紅茶に手をつけた。
紅茶なのに果物の香りがする変わったお茶だなぁ。
「事故で夫を亡くして、私も一人でがんばらなくては思っていたのを
イリアルは感じていたのでしょうね…
魔術師の勉強をすると言い出したときはびっくりしましたわ」
夫人は遠い目をして語りだす。
「でも、父親という存在が居ないということで
心が不安定になってしまったのかしら…
イリアルは、ある時から来てくださった家庭教師の人全員に
意地悪をしてしまいまして…」
「…悪がきか…」
ぼそりとルロクスが言ったのを俺は慌てて肘でつつく。
「でも、ルゼルさんだけは気に入ったようでして。
本当に兄のように彼を慕っておりましたから。」
俺とルロクスは顔を見合わせる。
そうだよな…この人たちからはルゼルは男性だと思われてるんだったな…
真実を知っている俺たちとしては苦笑いを浮かべるしかない。
「でも…ほんとやなやつだなイリアルってあのがき」
「こ、こらっルロクスっ!」
縄をはずして貰ったものの、依然、ふてくされた顔をしているルロクス。
おれは今度は軽く拳でルロクスを小突いた。
『いてっ』と言ってルロクスが俺を睨む。
その発言に気づいていないのか気にしていないのか、夫人はにっこりと笑ってこう言った。
「またルゼルさん出会えたのは何かの縁ですわ。
ルゼルさんとお二人さん、よろしければ少しの間雇われていただきませんか?」
「え?雇う?!」
いきなりの話に俺は思わず驚き、目を白黒させた。
すると夫人は小首をかしげ、さらににっこり笑い『はい』とのんびり言った。
「私の家は狙われているようですのよ〜」