<アスガルド 神の巫女>

第二幕

第一章 ルアスの町の怪盗



第一話 果てしなく高く



俺たちは、旅をしている。
ルゼル、ルロクス、そして俺、ジルコン。
俺たちが旅をしているわけは−−−まぁ話せば長くなってしまうけれども、目的がある。
その目的のために、ルアスの町にやってきていた。


ルアスの町は今、お祭りの真っ只中。
いつもにぎやかなルアスの町が、さらににぎやかになっている。
なんでも、アスク帝国の王様である人の誕生祭らしいんだけど。
詳しくはよくわからない。とにかくにぎやかでにぎやかでたまらない。
町に居る人はここぞとばかりにはしゃいでいる。
そんな中−−−−
「なあ、これ…だよな…」
いつも以上に多い露店。その中にある一つの露店の前に蹲りながら、俺たちは悩んでいた。
「うん、これくらいだと思う…
ルセルは確か、大人の男の爪くらいの大きさ以上のものでないとダメだって言ってたし…」
俺たちは並べられた品々に見入っていた。
俺たちの目的、そのために必要なもの、そして手にいれなきゃいけないもの…それが目の前にある。
あるんだけど…
「エメラルド…五千二百万グロッド…」
賑やかな音楽があたりを占める中、俺たちはどうしようもない現実と向き合っていた。


俺たちが集めなきゃならないもの。それは、八つの宝石たち。
セルカさんとデスメッセンジャーの体を元に戻すために必要な石たち…
でも…こんなに値が張るとは…思っても見なかった…
「このルアスに来る前、持ってるとか言ってルセル見せてくれた石さ、
さっきのより大きかったじゃん?
で、簡単にほいって渡して見せてくれたから、
宝石ってそんなに高いもんじゃないんだと思ってたぜ…」
ルロクスがふぅっとため息をつく。
俺もつられてため息をついた。
そう、ルセルさんが持っているからと自分の部屋中引っ掻き回して見せてくれたのが、トパーズという宝石だった。
なんでも、土の属性がどうのこうのって・・・詳しく聞いたわけじゃなかったからわからないけども・・・
それはまぁ、置いておくとして・・・だ・・・
「なあ…もしかしてさ…ダイアモンドってこれの数倍高いんじゃねぇ?」
ぼそりと言うルロクス。
俺とルゼルは揃って苦笑いを浮かべた。
今日は−−−というより、どうもここ何日かはお祭りだという。
そのため、露店はこの前立ち寄ったときよりも断然多い。
それを機会だと思っていろいろな石露店を見回ったけれど、ルセルさんが言う大きさの石はなかなか見当たりはしなかった。
捜し歩き、捜し歩き、そしてやっと『見付けた!』と思ったらこの値段。
「買え…ませんね…これじゃ…」
ルゼルも幾分か青ざめた顔をして値札を見つめる。
「どうしようか」
俺は立ち上がると露店の主に苦笑いを浮かべてペコリと会釈した。
つられてルゼルとルロクスも立ち上がる。
「お金ためないと無理ですね…」
「でも五千二百万なんて金、簡単に稼げるようなもんじゃないだろ?」
ルロクスに指摘され、ルゼルがうぅっとうめく。
このお祭りは一週間ほど続くらしい。
でもその間に、あんな高額なお金を稼げるようなものじゃない。
とはいえここで買わないと今後俺たちの求める大きさの石を売ってくれるような人がいるかどうか…
ってそういえば−−−
「ルゼル、今日の宿代と夕飯代、あるか?」
「えっと…明日の分がないです…」
「ヒモジイよな…オレら…」
買いたくても買えない露店街を後にした。


「ルロクス、それ、気に入ったんだね」
「ん?あ、おう。これ、いいよな〜
こいつ時々瞬きするんだよな〜」
そう言ってルロクスは自分の肩の横に浮いているオーブをつついた。
ルロクスはミルレスの町から出る際、ルセルから脛当てやらいろいろと装備品をもらっていた。
そのひとつが今、ルロクスが太陽に当てるようにしながらおもちゃにしているオーブ。
ルロクスが戯れている黒いオーブを見て、ルゼルはくすりと笑った。
「それ、名前はね、ゴーストアイズって言うんだよ。
独自に意識をもっているんだとかなんだとか。」
「ほ〜。あ、太陽に当てるとこいつ、眩しそうにしてるぜ。」
心底楽しそうに戯れるルロクス。それを見てまたルゼルはくすくすと笑った。
「実はそのオーブ、僕が旅に出る前、ルセルにいろいろ教わってるときに使ってたものなんだよ。」
「そうなんだ?」
ルロクスはオーブを両手で捕まえると、ルゼルのほうへと向けた。
そのオーブをルゼルは愛おしそうになでなでと撫でた。
ゴーストアイズと呼ばれたそのオーブが目をぱちぱちとしている。
「不思議なんだな。オーブって。」
俺はしげしげとオーブを見やると、オーブはぱちぱちと目を瞬きしながら俺を見ている。
そういえば、俺、自分の職以外のことってあんまりわからないんだよなぁ。
たとえば−−−
「魔術師はオーブしか持たないのか?」
俺が不思議に思っていたことを問いかけてみると、ルゼルとルロクスは首を振った。
「いいえ。オーブ以外にも持てますよ。
軽いナイフとか、木刀とか。素振りをして体力をつけるような方もいらっしゃるようです。
不思議な物と言えば、『神様の意志を教えてくれるという鏡』とかもあるらしいです。
それは魔術師にしか持つことが許されていないんだとか。」
「凄いなそれ。ルゼル、持ってるのか?」
「そんな凄いものがあったら、路銀の足しにしちゃってますよ〜」
俺の問いにあははと苦笑いをして手をぱたぱたと振るルゼル。
「・・・旅人ってさ・・・こんなに大変なんだってオレ、
スオミから出るまで知らなかったぜ。」
ルロクスが頭の後ろで手を組みながらとたとたと歩く。
ふらふらと歩いていた俺たちは、いつの間にか静かな道に歩きついていた。
いわゆる裏路地というやつだ。
「こういうところで賞金首のごろつきとか、でねぇかなぁ?」
「ルロクス、そんな不謹慎なこと言わないの。
早くあっちの表通りにでま……ぁ…」
ルゼルが指を差した先にはひとりの子供が居た。
ルロクスくらいの歳だろうか…その子供−−−というか少年は、丁度通りを指差してたルゼルを見ていきなり、大声をあげたのだ。
「いたあぁぁぁ!見付けた!!見付けたぞぉ!!」
あまりのバカでかい声と共に、路地の間から何人かがぞろぞろと出てくる。
そしてあっと言う間にその人々が俺たちの四方を取り囲んだ。
「な、なんだ?こいつら」
「もしかして……追っ手とかか?」
そういえばルセルさんが色々手を回して、なんとかルゼルとセルカさんの指名手配を解除してくれたらしい。
とはいえ有名な20億の指名手配だったわけだから、指名手配が解除されたことを知っていないで未だに探している〜なんてやつらもいるかもしれない。そのためにルセルさんには十分注意するようにと、ルゼルの男装服(改良版)をくれたくらいだ。
でもこんな場所で早速出くわすなんて…っ。
「っちぃっ!」
俺は戦闘体制にはいろうとしたところで−−−
「あのっ、ちょっと待ってくださいジルさん」
「…?な、何故止めるんだルゼル」
なんと、何故か俺の行動を止めたのはルゼルだったのだ。
何故かルゼルは言いながら申し訳なさそうな顔をして俺の二の腕に触れる。
そこで少年が声をあげた。
「さあみんなっ!そこのルゼルを捕まえるんだ!」
「ふっ、フリーズっ−−−」
「ルロクスやめてっ!攻撃しちゃダメ!」
「な、なんでだよ?!」
ルロクスも困惑する。そんな俺たちに構わず、数人の男たちが群れになって飛びかかってくる。
「ジルさん、ルロクス、攻撃はダメです!」
「ちょ、わわっ!だからなんで?!」
「事情は後で話します!
ですから今は、彼らに従ってくださいっ!」
俺たち三人は縄で縛られた後、どこかへと連行されたのだった。