<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第九話 狙われる理由


「結局、なんでかは知らないけど、リジスの野郎はおれ以外にもルゼを狙っていたってことだな。
ルゼの場合は追っ手なんてつけて、賞金もかけて…か。
賞金が20億から30億に跳ね上げたとは…必死だよなぁ。
ルゼを捕まえて何があるって言うんだ?」
一通りおちょくられた後、今現在をどうしていこうかと言う前に今現在の情報をまとめようとしていたのだが…いかんせん、まとまらない。
宿屋でもやっていたこの情報まとめ。どうしてもリジスさんがルゼルを追う意図がわからないのだ。
「おれにうるさいほどの手紙を送りつけてきて、今ではその手紙と暗殺者まがいの輩を送り込んでくるやつだ。
おれとルゼの両方を研究の知識の足しにしたいとか考えるかもしれないが、
どう考えてもルゼが専門の知識を持っているとは思えない。
確かにルゼは覚えは良い。
でも、スペルの知識はここにきたときには皆無だった。おれが教えたくらいだったしな。
だからルゼを何か、暗殺者まがいに育て上げようとしていたからいう案は問題外。
何かリジスが知られたくない秘密を知ったから追われてるって言うのなら、
ルゼは知った内容を必死に隠そうとかするから、一緒に過ごしてたときにぼろが出てわかっただろうし。
ルゼが持ってるものを追って…なんていうのは更に考えられない。
重要な本とか持ってなかったし、体一つで逃げてきたって状態だったしな…
なら何だ…?
リジスはルゼの何が欲しいんだ…?」
ルセルさんが一人で考えを練っていると、ルロクスはどうしても納得いかないといった顔をして、ルセルさんに尋ねだした。
「なぁ…ルセルはどうして、リジスが本当にルゼルのことを大切に思っていて、探しているんだって思わないんだよ?」
その問いは俺も答えられる。俺は話の横槍を入れた。
「よく考えてみろ?リジスさんは俺たちに追っ手として暗殺者を送ってきたんだぞ?」
するとルロクスが眉を歪ませて反論をする。
「だからってルゼルのことを大切だと思ってないとは言えないジャン。
もしかすると、俺たちのことを4年前にルゼルを連れ去った犯人だと思ったんじゃ…」
「ルロクスくん、いいところ見てるとは思うんだけど…お兄ちゃん、残念だなぁ」
ルセルさんは人差し指を立てて、左右に振りながら、にこっと笑った。
「今日、君達は初めて神官長であるリジスと出会った。
なのにハイドウゾとばかりに、リジスはすぐに暗殺者を君達に送ってよこした。
ということは、暗殺者を常時、囲っているってことにはならないかい?
それって、普通の人ならおかしいことだと思わないかい?」
「でっ、でもっ!
あれはきっと、リジスさんは神官長で偉いわけだし、傭兵で雇ってるやつがあんなに凄腕だっただけで!」
ルロクスの反論の言葉を聞いて、ルセルさんは小さく『傲慢の間違いだろうな』と言葉を吐き捨て、話を続けた。
「人を殺すのを目的とするようなあの動きをしてた傭兵は、普通、何と言うかな?」
「…っ」
ルロクスが押し黙った。
ルセルさんの言うことはとても理解できる。だが…
「あのときのリジスさんの涙…あれは…」
ルゼルのことを話して悔しそうに涙を流していたあのときのことを思い出して、俺はそう呟いた。
「うん、アレは絶対、本物の涙だって…」
ルロクスも力なく同意する。
ルセルさんは俺たちの雰囲気を見て『ふむ…』と一言言うと、
「涙なんていろんな場合に流れるけどな。悲しいとき、辛いとき、悔しいとき…そして…」
「嬉しいとき…ですか…?」
「そ。ルゼを見つける手がかりを目の前にして、歓喜していたんだろ。
だからそんなの当てになりゃしない。
ルゼやお前等みたいにまっすぐに生きてるやつなら、表情でわかるんだけどな…
人間、そんなやつらだけじゃないんだ…」
言ってルセルさんが目線を机に落とした。
そして気分を変えるかのように大きな声で、
「とにかく、お前等三人、この家にいるんだ。
もしあの暗殺者が来たとき、今のお前達じゃ、相手をするのは無理だろ。
明日、みっちりおれが鍛えてやる!
今日はゆっくりして、明日の訓練に備えておくように。
おれが良いと言うまで、おれの許可なしに外へ行く行動はするなよ」
有無も言わさずそう言うと、ルセルさんはよっという掛け声と共にイスから立ち上がった。
「る、ルセルっ?」
ルゼルも釣られて立ち上がると、動揺の声を出してルセルさんを引き止める。
するとルセルさんはにぃっと笑って『大丈夫大丈夫』と手を振って答えた。
「もうすぐ夕方だろう?夕御飯作るからルゼ、手伝ってくれるか?
あぁその前にこの服着替えてこないとな。
こんな高位だってことを見せびらかす服じゃなくって、服職人のおれがおれのために作った機能重視の最高服〜
それじゃ、着替えてくるな〜」
「ルセルっ!」
慌ててルゼルが引き止めると、ルセルさんはドアの前に立ったまま、振り向きもしないでこう言った。
「ルゼ、お前はリジスという男は知らないんだろ?」
「え、あ、うん」
「お前は未だに、手配書が出ていて、追われている身なんだろう?」
「う…うん…」
「なら、お前をミルレスの町に行かせることは出来ないということは、わかるな?」
「……うん…
でも、ジルさんたちは−−−」
「ジルコンくんたちも追われる身になったってことは、わかってるよな?」
「…っ…うん…」
落ち込んで下を向いてしまうルゼル。
ルゼルがそうなってしまうだろうと予想がついていたんだろう。ふうっと一つため息をついて、ルゼルの元に歩み寄った。
「お前の責任じゃないから気にするな。
お前は何もわからずに追われているんだ。ルゼが何か悪いことをしたようにはおれにはどうしても思えない。
追ってるやつのほうが悪いんだと、おれは思ってる。
だから今こうなってるのは、決してお前の責任じゃない。いいな?」
そう言ってぽんぽんとルゼルの肩を叩いたルセルさんは、そのまま肩をそっと押して俺の方へとルゼルを押しやった。
そして言う。
「ルゼ、御飯の手伝いの前に、お前はジルコンくんとルロクスくんに部屋まで案内しておいてくれ。
確か、お前の部屋の隣と、一つ開けて隣側の部屋が空いてるから。
どちらをお前の部屋の隣にしてもいいからなぁ〜」
ふふふっと笑いながら言うと、ルセルさんはすばやい足取りでこの部屋を出て行った。
…ルゼルが何か反論する前に逃げたな…
だが、当のルゼルは不思議そうにほえっとした顔で首をかしげている。
「ジルさんとルロクス、どっちがいいです?部屋。どちらも日当たりは同じようなものですけど。」
…。
「…ルゼル…ルセルの言った意味…わかってないんだな…」
「?どっちがどっちの部屋を使ってもいいってことでしょう?
僕の隣の部屋だと、ルセルの部屋とも近いですが。反対にもう一つの部屋はお風呂が近いです。
じゃんけんで決めますか?」
ルロクスがつっこんでも、ルゼルはほえっとした顔のままで答える。
「ルロクス、気づいてないんならそれでいいだろ…?」
「ま、まぁな…そっとしとくか…兄妹喧嘩の元だしな…」
「あの…さっぱり話がわからないんですけど…ルセルが失礼なこと、言ったんですか?」
『いいから、気にするな。』
俺とルロクスの声が見事に重なったのは言うまでも無い。