<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第三十五話 力を求めて


まさかオレたちに攻撃が来ると思っていなかったから、油断してた。
オレはむせ返りながら呼びかけるジルコンの声に大丈夫だと告げる。
だが大丈夫じゃないのが、ひとりいた。
ジルコンがドレイルに向かって走り出したときに、やっとオレは振り向くことが出来た。
そこには倒れているルゼルと必死になって治療魔法かけているルセル。
「る、ルセルっ・・・ちょっとまてよ・・・ルゼルはっ・・・」
「っ!リカバリっ!」
またもや回復魔法をかける。
そこですいっとセルカDが倒れているルゼルの前に歩み出た。
「不覚にもあんなものに攻撃され、目の前でその者が死ぬのは遺憾だ。」
そう言ってセルカDもルゼルの体に治療魔法をかける。
そして
「ホーリービジュア」
その一言でオレとルゼルとルセル、セルカD全員に回復魔法が行き渡った。
そしてセルカDが立ち上がる。
「こんな茶番、終わりにして欲しいな」
そうぽつりというと、ジルコンが戦っている場所へとゆっくりと歩いていく。
そこで気がついた。
「うぉぉぉおおおおおお!!」
ジルコンが攻撃を繰り出す。
それは今まで見たのよりも何倍も早い動きだった。
そしてその攻撃は・・・・容赦がなかった。
技を駆使して戦う。それはそうなんだけど・・・
今のジルコンは・・・オレの知ってるジルコンとはなんか違う・・・。
まるで・・・怒りに任せて攻撃してるような・・・
攻撃で吹っ飛ぶドレイル。そこに走りこみジルコンが拳を振り上げる。
・・・違う。こんなジルコン、ジルコンじゃない・・・!
オレは全身に寒気を感じたと同時に叫んでいた。
「ジルコン!!ダメだ!!人を殺しちゃダメだ!!
ダメなんだよ〜〜っ!!!!」
オレのその声にジルコンはぴくりと反応をしてくれた。


「ダメだ!人を殺しちゃダメだ!!」
ルロクスのその声に、俺ははっと我にかえる。
目の前のドレイルに目をやる。そして一歩、飛び退いた。
俺・・・今・・・ドレイルを・・・?
倒れてるルゼルを見て頭がかっとしてから−−−俺は・・・
「勝負あったな。
ここからは私の仕事だ。」
すいっと前へ出るセルカD。
「人間として、戦いの決着はついた。だがこの者はもう人間などではなくなった。
ならば私が、異形なものとして倒すのみ。」
「せっ!セルカDさん!」
「お前の優しさは、ただの甘さになりかねないところがある。
そこを見極めることが先決だ。」
話すセルカDに向かって狂乱したドレイルが走り寄ってくる。
『ガアアアアアアアァ〜〜〜〜〜!』
「・・・愚かな。」
そう言うとセルカDが持つ杖に光が宿る。
「お前が何を求めたのかは知らない。」
光がドレイルへと放たれる。
ドレイルが声を上げて弾き飛ばされた。
反動でドレイルの腕が千切れる。
もう戦える状態じゃない。なのにドレイルはまだセルカDへと走り来る。
それを察知してセルカDは杖を構え、オーブのついたほうとは反対側の先端で迫り来るドレイルの体に突き立てる。
「私が滅ぼしてやろう、永久に。」
その杖に力を入れる。オーブがこうんという音を立てて光る。
「ファイアーストーム」
『ウガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
爆炎とともに響く、獣のような声の絶叫。
そしてその姿はざあっと砂になって崩れ去っていった。
ドレイルが・・・
俺はただ呆然とその光景を見ているだけだった。
ドレイルと・・・戦うと言ったけれど・・・
自分が我を忘れて攻撃していたなんて自分でも驚きというか…
あんなの…修道士にとってはあってはならない行動だ…
セルカDは俺の内心に気づいたのか、目を閉じながら俺に話しかける。
「お前には闘争心というものはないかと思っていたが、
違ったのだな」
「違います…さっきのは」
あれはただ怒りにまかせて戦っただけ…あんなのは…正当な戦い方じゃない…。
すると横からひょいっとルセルさんが顔を出す。
そしてにっこりと笑ってみせた。
「怒ることも憎むことも、それ自体は悪いことじゃないさ。
守るために戦ってくれただろ?それで十分だよ」
ね?と念押しされて、苦笑いを浮かべる俺。
「なんにしても、おれ達の敵はもういない…」
ルセルさんは、ふぅっと深い溜め息をついてみせた。
そしてセルカDに手を差し出した。
「まだ全て終ったわけじゃない。
デスメッセンジャー、もう少しだけ迷惑をかけることになるけれど…
よろしくお願いしたい。」
セルカDは差し出された手をまじまじと見やってから−−−
「まぁ、致し方ない理由があったのなら、もうどうこうとは言えない。」
ルゼルを見やる。ルゼルは申し訳なさそうにしながら、『ごめんなさい…』と言った。
そんなルゼルの頭を俺とルロクスが撫でてやる。
そう…まだまだこれからだ。
まだ、セルカさんとセルカD…デスメッセンジャーを元の姿に戻さなければ。
「さ〜て!ひとまずおれの家に帰るぞ〜!」
ルセルさんの弾んだ声と共に、俺達は光に包まれ、荒れた場所を後にしたのだった。


「夜明けを待たずにリジスは儀式をしたんです。
ジルさん達に倒されて逃げてきたドレイルを使って…」
ルゼルは未だに申し訳なさそうに顔を下に向けている。
「る〜ぜ〜る、一晩経ったんだから、もう気にするなと言っただろ?」
「でも…」
ルセルさんが記憶の書で俺達を運んだ後、追い出すように俺達に寝るよう言い渡した。
その荒っぽさに俺達は言われるまま、各々の部屋へ帰ったわけだが…
どうもルセルさん、セルカDと何やら交渉をしたらしい。
朝起きたときにはセルカDの姿はなかった。
「ルゼがセルカのことを思って、いろいろしたってことは皆わかってるさ。
メッセも納得してくれた。…まぁ、一緒に旅してもらうって話は断られたけどな…」
「メッセ?」
不思議そうにルゼルが聞く。ルセルさんはにこっと笑ってこう言った。
「デスメッセンジャーだから、メッセ。そのほうがセルカと区別できるし、
デスメッセンジャーもメッセでいいって言ったからさ〜」
「ルセルさん…そんな交渉をしてたんですか…」
「ジルコンくん、鋭いけど、それだけじゃないんだから〜」
ちっちっと指を振ってルセルさんがニヤリと笑う。
「まあ、のちのちの為の交渉さ〜
とりあえず、今は−−−」
言うとなにやら用意していた本を机の上に広げだした。
そして一つのページを指で差し示す。
「これを完成させないとダメでしょ。」
そこに描かれていたのは、大きな魔法陣。五つの何か点がある。
これって…
「ルロクスくん、これ、何に見える?」
「え?!え〜っと…スオミの魔法陣に似てるようだけど…?」
「おお、ご名答。でもちょっとだけ外れ。」
言ってルセルさんが描かれていない線を導き出すように指を動かし
出す。やっぱりこれって…
「星型…ですよね」
「そう。星型。メッセとセルカを元に戻すための魔法陣!
まぁ…正確にはおれの知識も取り入れた独自の魔法陣になるんだけどね。
ともかくはルゼたちにはこれとこれとこれとこれ。そしてこれを手に入れること。」
そう言って取り出したのは一枚の紙切れ。
そこにはずらずらっといろんなものが書き記してあった。
その紙切れをルロクスがひょいっと奪い取る。
「え〜っと・・・?
うへ〜…8つも集めなきゃならないのかよっ!」
ルロクスのぼやく声を聞きながら俺は手元から紙を奪う。
そして自分でその内容を見てみる。
た…たしかに今ルロクスが言ったように8つの宝石たちがそこに記されてあった。
この字を見ると…ルセルさんが書いたらしいけれど…
俺は見たそうにしているルゼルにへとその紙を渡しながら問いかける。
「ルセルさん、これ全部、その魔法陣に必要なんですか?」
「ああ、必要さ。
 火のルビー、水のサファイア、
 風のエメラルド、土のトパーズ、
 無のオニキス。
 そして
 スズのインゴットは魔法陣の線を描くために必要。
 アメジストとダイアモンドについては…ルゼルの身を守るため、かな。」
「なんだそれ?あやふやだなぁ…」
「まぁ、あんまり知らなくっていいことだから。
あとでジルコンくんには教えとく。」
「なんだよそれ〜!」
ルロクスが騒ぎ出す。
で、でも、俺には教えるってどういうことだろ…
「ま、気にしない気にしない〜
ルゼルを防護するための石なんだから。」
言うとルセルさんは俺ににこっと笑いかける。
そして、はたとルゼルとルロクスを見やった。
「ジルコンくん、ルロクスくん。
きみたちを巻き込んでしまっていることは、重々承知の上でお願いしたい。
良ければこれからも、ルゼの力になってほしい。
お願い…できないかな…?」
「何言ってるんだよ〜ルセル。もうそんなのいいっこなしだって」
「俺も同意見です。もうひとごとじゃないですよ。
力になりたいって思ってますから。」
ルロクスと俺がそういうと、ルゼルは紙を握り締め、『ありがとう』と呟いた。
そのルゼルの頭をルセルさんは優しく撫でる。
そしてやさしい声でこう言った。
「おれも、力になる。
一緒に旅に行けないけれど、その間、完璧な魔法陣を考え出すから。
だから、もう少しだけがんばろうな、ルゼ」
「うん…ありがとう、ルセル…
ありがとうジルさん…ルロクス…」
ルゼルが泣きそうな顔をしながらも一生懸命紙を握り締め、頷いていた。


俺たちはまた旅の目的ができた。
“セルカさんを元に戻すため、必要な石を手に入れる。”
「石っていっても宝石だから…町とかに行ったら売ってるかもな?」
「それならまずはルアスの町から行けばどうだろう?」
ルロクスの提案に、俺はルアスの町を挙げる。
なんとかして石を集めて、セルカさんが元に戻って、ルゼルたちが平和に暮らせるようになるなら。
「俺の力くらいならいくらでも貸すから。
がんばろうな?ルゼル」
「はい、ジルさん…」
「おれも!おれもちょっとは力貸せると思うからさ、がんばろうぜ〜」
「ルロクス…」
「あ〜いいねぇ〜ルゼは二人に愛されてるんだねぇ〜
ああ、いいねぇ〜」
「る!ルセルっ!」
思わず顔を赤らめたルゼルを、ルセルさんはいつまでもからかっていたのだった。



第五章 ミルレスの町の神官  完。