<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第三十四話 狂気


絶叫。
そして誰かが倒れる声。
それがリジスなんだと言うのは声だけでしか判断できなかった。
なにせ、今の俺は−−−
『シュウドウシ…ジルコン…ナニヲキニスル?
オレトタタカエ!』
元ドレイルのダガーを両の手で受け止めはできるものの、目を他へと向けるなんて余裕はなかった。
さっきもやり合った相手だけに、なんとなくだが攻撃をしてくる調子はわかってきてはいたが−−−俺は正直悩んでいた。
ルゼルは無事だった。
セルカさんも、セルカDのこともわかった。
ルセルさんも、リジスという存在が居なくなった今、ミルレスの森でひとり過ごす必要もなくなっただろう。
でも、こいつは?
目の前に居るドレイルは?
望んでなのかどうなのかは正直俺にはわからない。でもこんな合成体になったドレイルはこれからどうしていくんだ…?
普通の生活は…できるわけがないだろう。
ドレイルは…ここで戦って倒す−−−殺すしかないのか…?
「タオスタオス!オマエヲタオス!」
ドレイルは闘争心をむき出しにして俺に向かってきた。
ダガーがむちゃくちゃに振り回される。
そこで俺は気がついた。
ドレイルのやつ…技という技は使ってこなくなってきてる・・・?
俺が後方にさがればスペルを使って遠距離から攻撃を仕掛けてきた。
「タオス!」
「・・・っ」
俺を倒す、それだけでこいつは・・・。
俺は拳をさらに強く握り締めた。


「あやつは殺しをしたことがないのだな」
「え?」
オレ−−−ルロクスはセルカDの言ったことが一瞬分からなかった。
殺しを・・・したことがない?
「あの異形なものと戦う−−−ジルコンといったか、あの者のことだ。」
「ジルコンが人を殺したことがないって…それって普通のことじゃんか」
オレは眉をひそめてセルカDを見やった。オレの表情を見てセルカDは冷静な顔でこう言う。
「あの様子を見れば分かる。相手を倒すための技として技術を高めてきたのだろうが、
あれでは駄目だ。異形な者に勝つことはできないだろう。」
「どうして?!」
オレが声を上げると、ルセルさんがオレと同様に顔をしかめて言った。
「ジルコンくんは…相手を打ち滅ぼすような戦い方をしてはいないってことさ。
逆に相手のドレイルは、相手を打ち滅ぼすような戦い方−−−つまり殺すことを目的としてる。
ただ戦って勝つだけの戦い方じゃないってことさ。」
「・・・どう違うんだよ?」
「人間には急所というものがあるだろ?そこをダガーで刺されたら?
たとえば首に深く傷を与えられたら?」
ルセルの例えにオレはぞっとした。
ドレイルはジルコンを殺そうとしてて、ジルコンは試合に勝つようなそんな心意気だってことか…
明らかにジルコンは…
でも、ジルコンがあいつを…ドレイルを殺したら…
きっと元人間であるドレイルを殺したっていう良心の呵責に苛まれる…
そこでオレはふっと、ベルイースが言った言葉が頭によぎった。
『人を殺したやつは大抵、
人を殺すのが何とも思わなくなって、しっかりきっかり暗殺者の道を歩むか、
どこかの町に留まって、ひっそりした生活を営むかの二通りだから』
もし、ジルコンが人を殺すことをなんとも思わなくなってしまったら…?
『たとえ悪人だとしても、人の命は奪ってはいけないでしょう?』
そう言っていたジルコン。
あの、のんびりのほほ〜んなジルコンが…そんなわけないとは…思っていても…!
オレは黙ってジルコンの戦う姿を見やっていた。
ドレイルはダガーを振り上げていた。


『ガアアアアアア!!』
声を上げて攻撃を仕掛けるドレイル。
戦いながら分かる。ドレイルがどんどんめちゃくちゃな攻撃になっていくのが。
どんどん…モンスターになっていっているのが…
理性がなくなっていっているのが手に取るように分かるんだ。
「ドレイル…お前…っ」
『タオスゥ!タオスゥゥゥゥ!!』
ドレイルが大きな動作でダガーを振り上げる。
俺はその隙をついて間合いを詰め−−−
「炎の拳っ!」
『ガアアアアアウゥゥゥゥ!!』
俺の攻撃をもろに受け、ドレイルが後方に吹っ飛ぶ。
そのまま俺はドレイルを追って走りこむ。
ここで−−−終わらせるっ!
「ネリチャギっ!
炎の拳っ!」
『ウグルルルルルルアアアアアアアァ!!!』
獣のような声を出してドレイルが叫ぶ。
ドレイルは攻撃に絶えられずに倒れ、もがき苦しむように傷を手で押さえた。
「勝負、あり だな?」
『グルゥゥゥゥゥウゥ』
観念したように俺を見上げてドレイルが唸りを上げた。
これで…終わったんだ…
「ジルさん」
ルゼルが俺の名を呼ぶ。
俺はルゼルたちが待っているところまで足早に歩いた。
これでもうこんな戦いは終わりだ。
ルゼルも、ルセルさんも狙われることはないんだ…
そう思っていたときだった。
『オノレッ!オノレエエエエエ!!』
俺の横を通り過ぎる風。
それがドレイルだと気づいたときには遅かった。
「きゃうっっ!!」
「ルゼっ!あぐっ!」
「うわあぁっ!!」
「っくぅ」
あろうことかドレイルは俺よりも早くルゼルたちの元に走りつけ、みんなに攻撃を仕掛けたのだ。
ルゼル、ルロクス、セルカD、そしてルセルさんに・・・!
「っ!!ドレイルっ!!!」
しまった、油断すべきじゃなかったっ!
俺は走りつくと、ルセルさんの首を締め上げているドレイルの下腹部に蹴りを入れた。
その蹴りで下がるドレイル。
「っがはっ・・・」
「ルロクス大丈夫か?」
俺はむせ返っているルロクスを見やる。腹を押さえながらも俺を見上げ小さく頷いてみせる。
だが−−−
「っ!リカバリっ!・・・リカバリっ!」
ルセルさんは自分が首を締め付けられて辛かったはずだろう状態を省みずに、倒れている者の顔を見やり、回復魔法をかけ始めた。
倒れていた−−−ルゼルの顔が真っ青に・・・なって・・・
・・・!!
俺はドレイルに向かって走りだしていた。