「ルゼル、こっちへ来い。」
ルゼルに向かってセルカDが言う。
オレ…ルロクスはよろよろと立ち上がろうとするルゼルに駆け寄った。
魔方陣からはジルコンの力で逃げ出せただけで、まだろくに立つのもままならないルゼル。
…ジルコン…ルゼルをかばってあの瓦礫をもろに受けたくせに、ドレイルと戦いたいとか言うなんて…
「大丈夫か?ルゼル」
「うん、ごめんね…
ルロクスにも迷惑かけちゃって…」
オレが差し出した手に捕まりながら立ち上がるルゼル。
モンスターを召喚させられたせいで随分体力を消耗したんだろう。
まるであのスオミの森の変な木のときみたいに精神力でも吸い取られたんだろうか…
いや…精神力と体力と・・・だよな。
ぼろぼろ、という言葉でしか言いようがない…それほどルゼルは疲れきった顔をしていた。
ルセルもルゼルに駆け寄る。
そしてありったけの回復魔法をかけ出した。
そんな光景を見ながらオレは、思わずルゼルの鼻の頭をペシッと軽く叩いた。
オレがよくイリィに‐‐‐姉のようにオレが慕うイリフィアーナがよくやる怒り方。
激しいわけじゃない、そんな怒りのときに使う仕草。
オレが今のルゼルにやれるのはこれくらいだった。
無謀極まりない行動をするルゼルだけど…事情を知っているオレにはそれ以上のことなんて出来やしない…
ルセルだっておんなじ気持ちなんだろう。
ルセルもオレと同じくルゼルの鼻をペシッと…って…ルセル…何か力一杯のデコピンだったような…
ルゼルがいたっと小さく騒いだ。
「うるさい!お前、どれだけおれ達が心配したか、ほんとにわかってるのかよ!」
「ご、ごめんなさい…」
ルゼルがうなだれる。
その様子を横で見ていたセルカDが、ふんっと鼻で笑いリジスの方を向いた。
「こちらにお前の魔法の素がある。
お前はお前自身の力で我と戦う、というわけだ。」
目を向けられたリジスは怖じ気付いたのか、数歩、また数歩と下がっていく。
「お前は己の力を高めようとはせず、力を産み出そうとした。
…命を代償として。」
セルカDがすたすたと前へと歩み出す。
「己は己の力を欲っすがため、同じ人間の命を奪い、使った。
そして我が同胞(モンスター)達を利用した。
そして異形な命を作り出した。」
「や、やめろ!くっ、来るなっ!」
「お前は力を持ったと思っているんだろうが、お前自身は何も持たぬ、ただの人間だ」
「おっ、おのれぇ!私には力がある!
フィアが居なくても!私はモンスターを使役出来る!
出来るはずだ!」
迫り寄るセルカDの恐怖に耐えられないんだろう…リジスはそう大声で言うと、そのまま何か呪文を唱え始めた。
…あ、あいつ…何を…
もう、温厚で平和的な笑みを浮かべていた聖職者リジスの姿はない。
怒りと焦りの表情を浮かべた…何かに取り憑かれたような人間がひとり…
その何かは…力への妄執…
リジスが唱える呪文でさっきまでルゼルがいた魔法陣がぼんやりと光りだす。
誰も居ない魔法陣。
それに気付いたルセルが隣で叫んだ。
「リジス!やめろ!お前だけの力じゃ無理だ!」
「違う!私の力は絶対だ!
私は何もかもを産み出す…
そう!神だ!私は絶対神なのだ!」
…く、狂ってる…オレはリジスが怖くなった。
必死に呪文を唱えるリジスに目が離せなくなる。
…そこでどこからか、声が聞こえた。
『チカラヲ…ホシクハナイカ?』
どこから声が…?
リジスを凝視したまま動けないオレ。
この声…頭の中からだ…声が響いている…。
『こんな男のような、未完成な力ではない…そんな力は欲しくはないか…?』
この声…男?女?わからないまま、声だけが聞こえてくる。
これ…オレだけしか聞こえてない…のか…?
たしかあの変な実験室のとこでも聞こえたこの声…
問掛けの声がオレの心の中を呼んだかのように答える。
『お前は特別な存在…お前は我らの血を受け継ぐ存在…』
え…オレの血が…なんだって…?
そこで突如、体が引っ張られた。
「下がるぞ。」
そう一言セルカDが言ってオレの体をぐいっと後方に引っ張った。
されるがままにオレはたたらを踏みながらセルカDの元に寄る。
ルセルの回復魔法の効果があったらしく、ルゼルもセルカDの横に寄っている。
ルセルは今もリジスを止めようと必死になって叫んでいた。
が、それをセルカDは杖をルセルの前に差し出すことで止められた。
「無駄だ。下がれ、ルセル。
お前はあの者に酷い目にあっているのだろう?」
「でも!ダメだ!ダメなんだ!
やめろ!その呪文を止めるんだリジス!」
ルセルの声はリジスには届いては居ないようだった。
でもそこでリジスの声がぴたりと止まる。
苦虫を噛むように顔をしかめたルセルさんの表情で、呪文を唱え終わってしまったんだと知った。
リジスの笑い声が響く。
魔法陣の光が一挙に強くなった。
「はぁっははははは!
いでよ!私のモンスター!
私の力よ!!」
轟く声と光と共に、横にいるセルカDがぼそりと呟くように言った。
「哀れだな。」
その声と同じくして、リジスに異変が起こる。
「ぐわああああぁあ!」
絶叫。
そして手のひらの…皮膚の中から、ぼこりと何かが動めき出し、それが体全体へと…
「っ!見るな。」
オレとルゼルの目を何かが覆う。
ルセルの手だと気が付いたとき、絶叫は破滅への叫びへと変わった。
「がああぁぁぁ!!」
…その声の後、光も声も聞こえなくなった…
「魔力の暴走。
自分の許容量を知らず、扱いきれない魔力を使ったために、体の中で魔力が暴発した…
ってこと…か…」
「己の力を知らずに傲れる人間の末路だ。」
ルセルの少し震えた声とセルカDの淡々とした声だけがオレの耳に響くように聞こえたのだった。
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