<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第三十一話 紅の龍


風が止んだ。ドレイルの動きもぴたりと止まった。
な、なにが起こっ‐‐‐
俺…ジルコンはルセルさんとルロクスのいる方へ目を向け、そこで目を見開いた。
そこに居たのは操り人形を乗せた紅い姿…。
「紅いドロイカンマジシャン……」
明らかにコレはルセルさんが見せてくれたあの本の−−−
「ついに!ついに呼び寄せることができた!
紅く燃えし龍!
デスメッセンジャー!!」
全身総毛立つくらいの威圧感を感じた。
紅く燃えるようなその姿。
大きな躰。
二つの瞳はなぜか閉じたまま・・・。
そして俺たちの存在に気付いたようで、紅い龍は少しだけ躰を揺らした。
リジスの言っていた話が本当なら、このデスメッセンジャーの中にセルカさんの心が…
「さあ、お前の体を元に戻してやろう!
その強大な力を、私の元で永久に発揮するのだよ!
そう!お前はそのためだけに居れば良い!!」
叫ぶリジスとは対照的に、デスメッセンジャーは体を震わせた後は何も動こうとしない。
戦っていたはずのドレイルは戦意を消失したのか、同じように動かない。
…いや、これは…膝間付いている…のか。
なら俺は戦う必要はないはず。
そっと一歩ずつ気配を消しながらルセルさんとルロクスの元に歩み寄った。
二人とも圧倒されて声も出せないようだった。
「ルセルさん…この紅い龍が…」
「あ、あぁ…デスメッセンジャーなはずだ…そしてその体の中に…」
言って一度溜め込んでしまっていた息をはいた。
深く深呼吸をした後、今まで見たことがないような寂しそうな切なそうな顔をして、ルセルさんは呟いた。
「セルカ…!」
この小さな呟きに反応して、デスメッセンジャーの躰がピクリと動いた。
そして−−−
セルカさん−−−いや、龍は咆哮をあげた。
そこで俺は思っても見ない空を見た。
そう、空に…青空が見えないこんな地下の天上に、突如、大きな岩がいくつも生まれだしたのだった。


「な!嘘だろ!?」
凄まじい音。それと共に訪れる激痛。
轟音は−−−
その音はすぐに止んだ。
俺は自分の腕を見た。
そして腕の中の少女を見やる。
軋んだ音を立てる体に鞭をやりながら俺は片方の手で頭を撫でてやった。
少女はぽろぽろと涙を流していた。
「ご…めんなさ…ぼ…僕のせいで…」
少女−−−ルゼルは泣きながら俺を見上げた。
赤い龍が再び唸る声を出す。
「……セルカ…っ」
ルゼルが俺に抱きついたまま、顔をそっとあげる。
そして紅い龍…セルカさんへと問い掛ける。
「セルカ…もう攻撃するのは止めて…
おねがい…おねがいだから…」
泣きながらルゼルは俺を抱き締めかえす。
紅い龍が咆哮をあげる。
天上に何か光が集まりだす。
…だめだ…もう体が持ちそうに無い…
休む暇無く、もう一度あの礫を受けたら…っ。
俺はルゼルを力一杯抱き締めた。
せめてルゼルだけは!
そこで、思わぬ所から声がかかった。


せめてルゼルだけは!
俺はルゼルをかばうように抱きしめた。
そこで−−−
思わぬところから声が掛かったのだ。
「お前は、何故言葉を喋らないのだ」
その声にピクリと龍が反応する。
声の主は…
「私の体を使っていて、何故人間の言葉を喋らないのだ?
その者達の話によれば、お前も人間なのだろう?」
セルカさん…
いや、セルカさんの体に入っているデスメッセンジャー−−−セルカDはそう言って歩み出てきたのだ。
さっきまで透明な筒みたいなものに入れられていたはずなのに…みれば体はびしょ濡れで、歩き辛そうにしている。
そんなセルカDの後方には割れた透明な筒…さっきの礫であの筒が壊れたのか…龍とセルカさん…いや、セルカさんとセルカDが対峙する。
セルカさんである龍の瞳は閉じたそのままで…
ふと、遠くの方からの聞こえるようなそんな遠い声が聞こえてきた。
俺はルゼルをかばいながら顔をあげた。
『ヒト…狩りをする勇者…。嫌…こないで…もう…こないで…っ!』
悲しげな女性の声が聞こえる。
「セルカ!」
ルゼルが泣きながら叫んだ。
この声は・・・もしかしてセルカさんなのか・・・?
セルカさん・・・つまりこの目の前の赤い龍の・・・
『声…まだ逃げない…まだ戦うの…?来ないで…っ!』
鳴き声…
まるで泣き声だ…。
「セルカっ!」
ルセルさんが叫んだ。
「セルカ!おれ達はここにいる!
今お前の前にいる!目を開けてみろ!目を開くんだ!セルカっ!」
『嫌っ!いやよ…また死に逝く人を見ければならないと言うの?
…力を使わなければ私が死んじゃう…』
「セルカ。」
ルセルさんが低く呼んだ。
そこでセルカDは不思議そうに問いかけた。
「何故泣く?お前は今会いたいと思っている者達と対面しているというのに。
そして、お前の体もここにある」
セルカDはそう言って紅い龍の元に歩み寄る。
あと数歩で手が届く距離まで近付いたその時だった。
「デスメッセンジャーは私のモノだ!私のモノにするのだ!」
俺とルゼルの下に描かれていた魔法陣が光り、その光は近くにいたセルカさんとセルカDまでをも巻き込んだ。
「っ!させるかっ!この野郎っ!!」
光で何も見えない中、ルセルさんとルロクスの声が響いた。