<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第三十話 妄執


目の前にいるドレイルをどうにかして移動させないと。
まるで使い物にならないように見える今のドレイルだが、本当に攻撃してこないという保障はない。
俺は数歩出てドレイルを見据えた。
ドレイルは立ち向かおうとしている俺に気づいたらしい。仮面の下からぎょろりと目が向いているのがわかる。
そしてばさばさと俺へと向かってくる。
その横を回ってルセルさんとルロクスが走り抜ける。
だが、そのことなんか気にもしていないようにドレイルが俺に近づいてきていた。
まるで俺しか見えていないようなそんな様子で。
俺と対面する様にふらふらっと目の前に来たドレイルは不意に−−−−
笑みを見せたのだ。
にんまりと。
いや、気味の悪くなるようなにたぁっとした不気味な笑みを見せて。
あろうことかドレイルは口なんてどこにもないはずなのに、しゃべりだしたのだ。
『シュウドウシ…オマエトタタカウンダ。
オマエトタタカエル。
…タタカエルゥゥゥゥ!!』
ドレイルが自分の横で浮いているオーブを引き寄せた。オーブがぼんやりと淡く光出す。
『ヒカリヨ』
声に伴って俺の体に衝撃が走る。
「っ!」
スペルか?
俺は身構えることも出来ず、攻撃を受けてしまった。
ストーンバットというモンスターは知らないがさっきリジスが言っていたのを鵜呑みにするなら、敵は魔術師のような遠距離スペルを使う盗賊ということになる。
…これってむちゃくちゃ厄介じゃ…
で、でも!さっきの動きの鈍さを考えたら、ただの魔術師とかわらないは−−−ず−−−
という考えはそこで崩れた。
目の前でダガーを振りかぶっていたのだ。
「わっ!どわっ!」
俺は後ろに数歩飛び退いて、攻撃をやり過ごす。
な…なんでいきなり目の前にいたんだ?!
今まで俺はしっかりとドレイルの姿を見据えていたというのに、だ。
テレポートなんとかというスペルでも覚えてるのだろうか…?!
と思いを巡らす時間もなく、距離を置いて対峙していたはずのドレイルがまた目の前に!!
とっさに俺は拳を前につき出した。
すると−−−
「な、なんだその動き…」
俺は思わず戦闘体制を崩し、口に手を当てた。
速い。
スペルでも使ってるのかと思ったがそうじゃない。
見えないくらいにドレイルの動きが速いのだ。
これは…っ!
ドレイルが俺の拳を避けるために下がってくれたから良いが…一瞬にして間合いを詰められるのは…
「これは…ほんとに強化されたんだなドレイル…」
問掛けたわけじゃなかったが俺のその声を聞いてドレイルは仮面の下でにやりと笑みを見せた。
そしてまた、異様な声で喋り出す。
『ノゾンダワケデハナイ…ダガモウイイ…タタカエレバイイィ…
オマエト…オマエトタタカエレバイイ!!』
一瞬で俺の前にドレイルがいる!!身をよじらせながら繰り出されたダガーを避ける。
くぅっ!
こんなんなら、小手を装備しておけばよかった。
そうすればダガーを小手で防ぎ、空いた片方の手で攻撃ができる。
だが俺は今、小手は装備していない。
…俺の師匠の修行方針は“装備に頼らず、身体を鍛えよ!”。
そのため俺は今、自分の体相応の服装はしているものの、他の装備は全く付けていない。
正直なところ、そんな装備買う余裕の金なんかなかったわけだが…
今更後悔しても遅い…でも、わかっていても−−−
「こんな状況なら思って、しょうがないだろっ!」
避ける反動を利用して自分からも攻撃を繰り出す。
俺の拳をドレイルはふわりと飛ぶことでかわし、その場所から角度を変えてダガーをつき出した。
この雰囲気だともしかして−−−
嫌な予感がして、極端に間合いから離れる。
…や、やっぱりめった刺しをしようとしてたな…あれ…。
離れて正解だと思ったつかの間、また間合いを詰められる。
こ、これは…休む暇がない…?
休む暇がないということはつまり、ゆっくり戦略を考えることもできないわけで…た、戦いながら考えろという、一番俺が苦手としている戦い方を強いられている。
で、でも、だ。ドレイルを無理に倒す必要はない。無いんだが…
こ、これ、ずっとかわせる自信…ないぞ…
ちらりと別に意識をやったりでもすれば隙をつかれ、殺されるだろう。
これはケリをつけなきゃいけないんだ。
「炎の拳ぃぃ!」
俺はドレイルに技を繰り出し始めた。


「どーするかねぇ?リジス神官長?」
ルセルが意地悪そうに聞く。リジスは苦虫を噛んだ表情をしながらも何かを唱える口は止めることなく、オレたちの後方をちらりと見た。
俺たち−−−そう、オレ、ルロクスはリジスに対峙するように立っていた。
スペル詠唱をしているため、強い風が吹いている。気を抜けば体を持っていかれそうになる。
でもこんなやつを前に、気を抜くわけがない。オレはぎりっとリジスを睨んだ。
最初はこんなやつだと思わなかった俺に腹が立つ。
セルカのことで一生懸命なルゼルを使って、自分の利益になりそうなことをしたがっているこいつ…!!
後ろではジルコンとドレイルが戦っている。そう、己の身やルゼルを守れとでも命令をしていたはずだろうドレイルが、楽しそうにジルコンへ攻撃しに行っているわけなんだから−−−
役立たず!
そんなふうにでも思いながら呪文を唱えているんだろう。
いい気味だ。と思うけど…ジルコンのあの戦いを見ると…結構強そうだな…元ドレイル…
「やっぱり、この魔法陣じゃあ使役は出来ない!
リジス、お前は三流ってことさ!」
ルセルはそういうと、オレに向かってこう言った。
「ルロクス、あの石にファイアアロー!」
「え?あ、おうっ!ファイアアローっ!」
言われるがままにオレは指差した方向にあった石にファイアアローを放つ。
石に当たるはずだったオレのファイアアローは、すぅっと消え去った。
リジスが発動させているスペルの風によって。
風に負けて消えたって感じじゃなかったけど…??
「ちぃ、そっちが上位になっちまうのかっ!」
魔法陣の中央ではさっきまでむせていたルゼルが力なく座り込み、両手を大地に付けている。
あの様子じゃ…自分から走り出るような力なんて無いな…そのまま倒れ込んじまいそうだ…
「ルゼル!」
オレは思わず叫んだ。呼びかけずにはいられなかった。
「ルロクスくん!スプレッドサンドを!」
「で、でもっ!ルゼルに当たりでもしたら!」
オレが躊躇したとき、リジスから声が上がった。
「ここへ!この場に来たれ!」
声と共にさっきとは比べられないほどのとてつもない風が吹く。
思わず、目を閉じ、再び開けたその時には−−−オレたちの目の前に、ソレは現れていた。