<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第二十九話 FEAR


「・・・ドレイルが・・・」
ルセルさんは苦虫を噛んだ様な顔をして前方にいる元ドレイルの姿を見やった。
「不思議ゾーンと呼ばれる場所に住む、“暗闇の魔術師、ストーンバット”!
そのストーンバットを召還し、お前たちからノコノコ逃げてきたドレイルと
合成してやったわ!そう、新たな力を授けてやったんだ、この私が!
そう、神の様に、私が、そやつに!」
「何が神だよ!ルゼルの力を使っただけなんだろう!」
ルセルさんが叫ぶ。
そして怒りに流されてしまいそうになっている俺に向かって小さく話しかけた。
「ジルコンくん、ルゼルを魔方陣から追い出したい。
 ストーンバット・ドレイルをどうにかできるかい?」
「・・・なんとかやってみます。」
「頼むよ。そうしないとあいつ…無尽蔵にモンスターを召還させるはずだから」
「どういうことです?」
俺が振り向くと、ルセルさんが前方に杖を掲げてみせた。
そして小さい声のまま言う。『ルゼルがいるからさ』と。
「ルゼルがストーンバットを召還、またはその召還の媒体にされているのなら
負担はルゼルだ。
つまり−−−」
「ルゼルの体のことを考えなければ、どれだけのモンスターも召還できる・・・」
「そう。ルゼの意識がなくなっても、多分あの魔方陣は発動する。
そして体力がなくなっている状態でもルゼルの体力を奪う。
リジスらしい発想だな。」
「そんなことしたら・・・死んじまうじゃねぇか・・・」
ルロクスが異様な光景にぞっとした顔のまま言う。
そんなくらい雰囲気を振り切るかのようにルセルさんが大声でリジスに向かってこう言った。
「やいリジス、お前、ルゼルの力ばっかり使って、お前は何にもしてないんじゃないか?!
研究してるとは名ばかりで、ぜ〜〜んぶルゼルの力におんぶに抱っこじゃないか!」
「なにを言っているんだか、ルセル君は頭が悪くなったのかい?
みたらわかるだろう、この魔法陣を」
「前言撤回。
魔法陣だけどっかの本を参考にでもして、お前が作り上げたってことだな。」
「違う!」
リジスが声を荒げた。
「魔法陣は私の力で作り上げたものだ。どの本にも載ってはいない!
この魔法陣こそ、モンスターの召還ができ、
召還したモンスターと物体を融合させることが出来る!
そして−−−私の魔力によって、使役できるようにも出来るのだ!」
「ほ〜・・・」
リジスの力説にルセルさんがため息をつきながら、まじまじと床を見る仕草をした。
そしてまたもや俺に向かって、ささやき声で話し掛ける。
「ドレイルの近くにいるあのままじゃ・・・ルゼルが危ない・・・」
「え?!」
ど、どういうこと?そんなに元ドレイルが強いってこと?
俺が困惑していると、ルセルさんがリジスに悟られないように床に目線を落とす。
?見ろってことか?
床には魔法陣。線は黒い。所々光る何かが埋め込まれているのが見える。
「今さっき、リジスが自分の力で使役できるって言ったろ?
あれ、多分無理だろうな。」
「ど、どうしてそう言い切れるんです?」
ほとんど断言とばかりに言うルセルさんに俺は不思議になって問い掛けた。
ルセルさんはいろんな知識を持っているけれど、一瞬見ただけでそんなすぐに分かるようなものなんだろうか…
ルセルさんは杖を持っている手と反対側の手で口元を隠し、先をしゃべりだした。
「魔法陣の要所に埋められた石。あれらは多分5元素を司る石たちだろう。
火のルビー、水のサファイア、風のエメラルド、土のトパーズ、無のオニキス。
発想は良い。
5元素によってスペルやスキルは使用されているからな。
でも配置が悪い。
あれじゃあ、あの石たちが持っている力の四分の一も出せてはいないだろう。」
「じゃあ、あの魔法陣は・・・」
「不安定なことこの上ないってことさ。
それに5元素って別々の力だから、それを統べるものが無い限り−−−」
「それを統べるのがこのフィアじゃないか!」
ルセルさんの内緒話が聞こえたのか、リジスが声を上げる。
「そう、フィアは凄い存在だよ。
我々人間が持ち得なかった力を持つ、すばらしい存在だ。
そう、この存在は人間にとってfear。
そうだよ、この世界に巣食うモンスターと同じ力なのだよ!
だから同じフィアという名前を付けたのだ!」
リジスがまくし立てる。
だんだんと話の内容についていけなくなっている自分が居る。
だが、ルゼルのことをすばらしいと言いながら貶められているってことは俺なりに分かった。
ルセルさんが『やっぱり・・・』と呟くと悔しそうに眉をゆがめた。
「エフ イー エー アール。
 F  E  A  R 。
 恐れ、畏怖、か。」
「そう、このフィアこそ、この世界のfearになる。
そしてその力で私はあの忌々しいアスク帝国をもしのぐ、
いや、アスク帝国を滅亡させ、新たな帝国を私の手で作るのだよ!!
そう、恐れおののく力は私の手にしたのだよ!」
俺はリジスの姿を見て背中から寒気があがってくるのを感じた。
ルロクスが俺の横にきて、腰の布を掴んでいる。
ルセルさんは腹立たしさからなのだろう、足をばんと鳴らした。
「そんな意味を名前に…小さな子供につけるんじゃねぇよ!
・・・なんかもう・・・
あ〜くそっ!」
ルセルさんが自分の頭をめちゃくちゃにかき回す。
そして前方に居るルゼルに向かって手を差し伸べた。
「ルゼ!いいからもうこっちに来い!
お前がそこにいても何の利益も無いんだから!」
「でも、セルカを元に戻せます!」
ルゼルが叫んだ。そして左のほうを見つめる。
その先には丸い円形の透明なガラスの筒に入っているセルカさんの姿。
これって、さっき、いろんな合成獣がいた部屋にもあったヤツ・・・
ルセルさんが怒って叫んだ。
「こんな方法でセルカを元に戻せやしない!
お前が無意識にやったその魔法は融合じゃないんだ!
交換なんだよ!分かるか?!
全く別の事をしようとしてるんだよ!それくらい、気付け!!」
怒鳴られて、さらにルゼルは身を縮める。
セルカさんの魂とデスメッセンジャーの魂が入れ替わったのだとルゼルは言っていた。
でも、リジスがしようとしていることは−−−たとえデスメッセンジャーをここに召還できたとしても、セルカさんの魂とデスメッセンジャーの魂を交換するわけじゃなく−−−
「ルゼル、この実験は言葉の通じるもの−−−
つまり同種族である人間をモンスターに融合させることによって使役が出来ると思っている。
リジスはな、デスメッセンジャーの力を使役したいがために、
自分と同種族である人間−−−つまりセルカを融合させ、セルカの意識を媒体にして操りたいだけなんだよ!」
「え・・・でも・・・そんな・・・」
ルゼルが困惑して眉を歪ませる。
そんなルゼルを見ていられなくって、俺は一歩ルゼルの元に近づいた。
すると、今まで全く動く様子を見せなかった元ドレイルが、羽根を揺らめかせて一歩こちらに近づいたのだ。
なに・・・っ?
「そうだ、ドレイル、フィアの元に近づけさせるんじゃないぞ。」
リジスが言うとドレイルは魔法陣の外まで歩いて−−−いや、浮かんでる・・・
飛んで近づいてきた。
まだ距離はあるが・・・ルゼルとの距離はもっと遠い。
リジスの言うことを聞いて、俺たちからフィアを守っている元ドレイル。
いや、守ると言うより、俺たちの前に立ちふさがっているだけだ。
暗殺者ドレイルの雰囲気は全く感じられない。逆にただの−−−
「生きる屍…」
「いい表現だね、ジルコンくん。戦闘能力あるのか微妙だよねぇ?
操ってる主がレベル低いからかねぇ?」
「何を言う!私も聖職者としての経験を積んだ、神官長の位を持つ者だぞ!」
「はいはい、エンチャントで強化しまくったラナーシュート着ているお前が
俺よりレベル上なわけ絶〜〜〜〜っ対、無いのは分かってんだよ。」
うんざりとした声でルセルさんが言う。俺はその横で、元ドレイルの後方に居るルゼルを呼んだ。
「ルゼル、来い」
「・・・でも・・・セルカを・・・」
「俺が何とかする。また旅をしてもいい。
こんなやり方じゃ、だめだって俺でもわかる。
ルゼルにも…わかってるんだろ…?」
「ジルさ…ん…」
ルゼルがその場で泣き崩れてしまう。
その光景を見てなぜかリジスはうれしそうに笑いながら話し出した。
「ははははははっはは!何ができる!お前のようなただの修道士に何ができるというのだ!
何も持たない無能な者どもに!」
そしてリジスは笑いながら魔法陣の中に入ると、ルゼルの喉元に手をかけた。
振り払えないでもがいているルゼルを楽しそうにリジスは見ている。
見るからにリジスの手には力が入って−−−
「やめろリジス!」
「私がフィアを殺すと思うのか?」
俺が叫ぶとリジスは
「っくっく…殺すわけが無いじゃないか…
苦労して手に入れた実験材料を殺すわけが…」
そう言うとリジスは首を締め付けながらルゼルの顔を覗き込んだ。
そして言う。
「お前の親は有能な魔術師で有名だった。私は欲しくなった。
不思議な力を使うそのお前の親をな。
だが私の思うように動いてはくれなかったんだ。
そう、そこにいるルセル君のようにね」
ルセルさんが眉をしかめた。
俺たちは何も言えないまま、リジスがしゃべり続ける。
「愚かな親だよ。
だが、彼らは親だった。
赤子を抱く彼ら。」
リジスが不意に手を離す。
ルゼルが体を折り曲げ苦しさにごほごほとむせ返った。
「今度は赤子が欲しくなった。
赤子なら私の思い通りに出来る。
思うが侭に操ることが出来る。
だから私は赤子を手に入れた。
通常と違った力を使う彼とそして有能だと歌われた彼女の子だ。
必ず力を受け継いでいるはずだ。
私は確信していたよ。」
天へと手を掲げ上げ、その手を握る。
そこで俺は気づいた。
も、もしかしてその子供って−−−
「そう!フィアはその赤子さ!」
俺は自分の言ったこととはいえ、口を覆いたくなった。
リジスはくっくっと笑いながら元居た魔法陣の外へと歩いていく。
「彼らの村に火をつけそのどさくさにまぎれて
赤子を奪い、親は殺してやったわ。
戦いを好まぬものが集まる村だと何だとか言っていたが、
数で掛かればどうってことはないわ!
跡形もなく燃やしてやった!」
「う・・・そだろ・・・」
ルセルさんの呆然とした顔が徐々に怒りを含みだす。
「お前っ!お前の実験のためだけに村を焼いたとかいうのか!
お前の実験のためだけにルゼが…」
「力を手に入れるためには、無能なものを基礎に使っても無駄だろう?」
リジスはバックから本を一冊取り出した。
そこでルゼルが苦しそうにしながらもリジスに問いかける。
「じゃ…じゃあ…セルカは…?
僕のせいで…おとぅさんもおかぁさんも…いないの…?」
するとリジスは目を細めてあごを上げるようにしてルゼルを見た。
そう、人を見下したような見方をして…
「セルカ?あんなやつ、ただそこらあたりにいる孤児だ。
ミルレスの町にふらりと住み着いていたらしいな。
ミルレスの町のやつらが親切にも私の屋敷に来て
『身寄りがない子だから、引き取り手を捜してくださいませんか?』とか
言ってきたんだ。
聞けば、丁度フィアの年と同じだったから私が引き取って世話係にしただけだ。」
「そっか…セルカは…」
ルゼルがむせ返りながらも言葉を発した。
苦しそうに、涙を流しながら。
「やっぱり…僕のせいで…こんなふうに…
なっちゃったんだよね…」
「そうだよ、フィア!お前の力で私は力を手に入れる!
そうさ、この力こそ、偉大だ!
幻の城、モンスターキャッスルに囚われし最強のモンスターの一人、
デスメッセンジャーの力を今、ここで、手にする!!」
そう言うとリジスはぼそぼそとなにか小声で言っている。
それを見たルセルさんはちぃっと舌打ちすると走り出そうとして、立ち止まる。
ふら〜っと元ドレイルが俺たちのほうへと近寄ってくる。
立ち塞がれたルセルさんは俺に向かってあせったように言った。
「ジルコンくん!ストーンバットドレイルをどうにかしてくれ!
このままじゃ、今度は本当にセルカとデスメッセンジャーを融合される!」
「そ、そんな!…わかりました、何とかします。」
「頼んだよ。
ルロクスくん!おれの指示に従ってく−−−
ちょっと?ルロクスくん??」
ルロクスがまたぼんやりと、今度はリジスを見て−−−
「なんで…なんでオレに言うんだよ…
オレに何が……」
「ルロクスっ!!」
「え?!あ、う、うんなに?」
「何じゃないだろうが。ルセルさんと一緒にルゼルを助け出してくれ。」
「りょ、了解!」
ルロクスの様子がおかしいとはわかっているが、今はそっちのほうにかまってやれるほどの余裕がない。
「ルロクス、頼んだ!おねがいな!」
「うん…わかった…!」
ルロクスはいつもの調子で元気に笑う。
これが終わったら、詳しく聞いてみよう。
そう、ルゼルを助け出してここから脱出したら…!
そのために俺は、道を切り開かないと。
ルゼルのための道を!!