<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第二十八話 暗殺者の姿


階段の終点には、まるで洞窟にある一枚岩かと思えるような扉が立ちふさがっていた。
取っ手も何も無いその扉。この素材、何だろう…鉄か?
どこかに鍵とかでも在るんだろうか…
俺が手を扉につけて調べようとすると、ルセルさんはすいっと俺の横に並んだ。
そしてふむふむと口元に手を当て、しげしげと扉を観察しだした。
「魔法で作り上げた扉か…石よりも鉄よりも固いが…おれの魔法には弱い!」
自信満々にそう言うとルセルさんはその扉に向かって呟きだした。
その言葉は、俺には理解できない言葉だった。
言葉が途切れた瞬間、扉が音もなく消えていく。
まるで、風に吹かれた霧のように、扉が徐々に薄くなっていく…
「る、ルセル?これって…」
「ん?おれが扉に盟約の言葉言って聞かせただけ。
簡単に言うと“スペルにスペルを重ねて無効化した”ってこと。
さっき暗殺者がスローフォークダンスで動きが鈍くなっていたのを、
ブリズウィクっていう足速くなるスペルで無効化してただろ?
あれとおんなじ感じ。」
「ふ・・・ふ〜ん・・・?」
ルセルさんの説明を聞いて、ルロクスがまだわからないけどといった顔でとりあえず納得している。
「ま、そんなのはいいんだよ。とりあえず扉はきえさ−−−」
ルセルさんが消え去る扉を見届けた瞬間だった。
俺たちは猛烈な突風に見舞われたのだ。
「うわ・・・」
風で前方が見えない。予想もしていなかった状況に、思わず後退った。
「っく・・・ルロクス、ルセルさん、とりあえず俺の後ろにっ」
「ダメだ!ジルコンくんを盾には出来ない!
これは普通の風じゃないんだよ!」
ルセルさんが何かに気づいたらしく、風に押されまいと手で眼をかばいながら言った。
「普通の風じゃないって…何か起こってるってことなんですか!?」
「多分!!」
風の音で声が掻き消えてしまいそうだ。
年よりは背の低いルロクスだ、強風で飛んでいかないかと見やってみると、ルロクスは何故かその場で立ったまま俯いていた。
強風に耐えているというような様子じゃない。
「ルロクス!後ろに来い!」
大声で叫んでもルロクスに届いていない。
この強風で声が聞こえない…という風に思えない。
これは−−−?
「ルロクス!」
「・・・が・・・」
ぶつぶつと呟いている。俺は風に流されそうになりながらもルロクスの側まで下がり、再度問い掛けた。
「ルロクス?何言ってるんだ?」
聞き取りづらい声を何とか聞いてみる。
ルロクスは呆然とこう呟いていた。
「声が…目覚めろって…」
「目覚めろ?」
というよりも、声がした?
俺は耳を澄ましてみた。だが風がごうごうと唸るばかりで人の声なんて聞こえてこない。
さっきも、ルロクス、『声がする』って言ってたな…
ルロクスを気遣い、手を握るとルロクスは辛そうに眉を顰めた。
「ルロクス、大丈夫か?」
「あ…うん…頭が痛いけど…なんとか…」
「ジルコンくん!ルロクスくん!行くよ!
この風はたぶんスペル発動時の風だ!」
ルセルさんが叫んで風の中を突っ込んでいく。
「ちょっと待って!ルセルさん!」
俺もルロクスの手を引きながら慌ててルセルさんを追う。
そこで風がぴたりと止まった。
踏ん張っていた足がたたらを踏む。ルセルさんも思わず、体制を崩しかけた。
だが、油断を見せる時ではないのだと、俺もルセルさんも、わかっていた。
風が止み、前方の視界が晴れる。
異形なモンスターたちが居た実験室。
それよりもっと大きい、いや、比べ物にならないくらいの広さ。
−−−というよりこの部屋、リジスの屋敷全体と同じくらいの広さなんじゃ…。
床には大きな魔方陣。
その真ん中にルゼルが座り込み、魔方陣の外にはにやにやと笑みを浮かべたリジスが立っていた。
「来たな…」
「!じ、ジルさん!ルロクスにルセルまで」
だが、この部屋に居るのは二人だけじゃなかった。
「なんだあれ・・・」
俺が呟く声が部屋全体に広がる。
ルゼルの横には、黒い翼を生やし、灰色の仮面を被り、手にはタガー、横には眼が見開いている黒いオーブ。
あのダガーは…いや…でもこんな気配と姿は…
これはまさしく…異形な者と言ってもいいだろう…
立ち止まって声を無くしている俺たちに向かって、ルゼルは混乱したかのように俺たちに向かって叫んだ。
「なぜ牢屋から?!どうして皆ここが?!
皆、きちゃダメなのに!どうして!!」
「・・・俺から、一つ聞きたい・・・」
叫んでいるルゼルの声とは真逆に、俺は静かにルゼルに向かって話しかけた。
俺の声の低さに、ルゼルがびくりと身を縮める。
構わず、俺は続けた。
そう、ルゼルの横にいるその存在は何かを。
「ルゼル…そいつは誰だ?」
ルゼルがはっとしてその異形な者を見上げ、すぐに目線を大地に落とした。右手で自分の左肩を抱きしめている。
「そいつは誰なんだ?ルゼル」
再度の問いかけに、ルゼルがぎゅっと眼をつぶった。
そこで、リジスが声を上げて笑い出したのだ。
「はぁはははははははは!
恐れることはないぞ、フィア!
お前の力が作り出したものではないか!
そして私が操る!それなのに何を恐れるのだ!」
「・・・だから、そいつは誰なんだって言ってるんだ!」
俺の怒りの声にリジスがにやりと笑った。
・・・ほんとうでありたくない。でも・・・あのダガーは・・・着ている服装は・・・っ
「わかっているんだろう?
この者が誰なのかを。
そうさ、
私の知識を使ってすばらしい力と
新しい命と、
新しい姿を手に入れた−−−

“リシュアン・ドレイル”だよ」

俺は拳を握り締めていた。