<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第二十七話 思いと想い


「ルロクス、フリーズブリードなんて、よく覚えていたなぁ?」
合成生物達がひしめいている部屋の中にベルイースさんを一人残していくのを心苦しく思いながら出ると、ルセルさんが思い出したように言った。
ルロクスは苦笑いをしながら答えた。
「あ〜…ルセルが渡してくれた本の中に書いてあったからさぁ。
ルゼルも使っていたし、足止めするのっていろいろ使えそうだし、良いなと思って。」
「あれ、結構覚えづらかったんじゃないか?
今のルロクスが覚えるにはまだ早いスペルだったろうに。」
「うん、まぁ、よくわかんないところが多かったけどさ…
なんかこんな感じだろうっていろいろやってたらどうにか出来た。」
「ちゃんと手順踏んで覚えないと、威力が低いぞ?」
「足止めできればいいってスペルなんだから、いいじゃんか…」
フリーズブリードを覚えていなかったらしいルロクス。
も、もしかして、ルセルさんが嬉々として俺たちに『修行だ』と言っていたあの日。
あの一日で3つのスペル覚えたルロクスはさらにもう一つ、フリーズブリードを覚えていたってことか?
「なんにせよ、難しいものに挑戦したってことは良い事だぞ〜」
ルセルさんが自分のことのように嬉しそうに言っていると−−−−
「その“困難なこと”に挑戦して、その知識を得た上で、あなたは逃げ回っているのでしょう?」
声は下に続く階段から聞こえた。
「?!」
とっさに俺は前方へ行き、その者と対峙した。
「ごきげんよう、フィア奪還者一行さま。」
目の前に居たのはリジスが雇っている女魔術師−−−たしか名前は…スペリアだったか。
黒と青を基調とした、がっしりとしたローブを着たスペリアは下へ続く階段の真ん中で佇んでいた。
「大丈夫よ、私、戦う気はないから。」
そう言って、手に携えていたオーブを自分のウェストバックにしまいこむ。
「どういうつもりだ?」
この前まで戦って、ルゼルを拉致して行った一味の一人であるこの女性。
なのに今、俺を目の前にして戦う気が無いだなんて。
「言葉の通りよ、戦う気はないの。」
「んじゃあ、そこどけよ!」
ルロクスが怒って怒鳴る。人を食ったようなその言い様に腹が立ったんだろう。
だが女性はそれを気にすることなく、話はじめた。
「ここを通す前にちょっと聞きたいことがあるの。
あ、私の名前はスペリア。見れば分かると思うけど、魔術師よ。」
「あぁ、この前、嫌と言うほど分かったよ。結構極悪だよな」
「手段を選んでるような暇人じゃないのよ。」
ルセルさんが苦虫を噛んだよういうと、さらりとスペリアという女性が言い返す。
そして不意にルロクスの顔を見やる。
ルロクスはうろたえながらもスペリアの方を見やった。
「あなた…スオミからきたそうね」
「それがどうしたんだよ」
「なぜ今までついてきているの?」
「はぁ?何言ってんだよ?」
「私、フィアにいろいろ聞いたのよ。フィアと、あなた達との関係。
フィアが自身のことを何者なのかって認識してるのかとか色々。
で、そういうのを聞いていて、凄く疑問に思ったの。
あなたたちの関係を。」
「…大きなお世話だと思うけどな…おれとしては。」
ルセルさんがぼやくようにいうと、スペリアは不機嫌そうにふいっと視線を反らす。
「あなたの場合は腹違いの妹みたいなものでしょう?
でもそこの二人は違う。
命をかけてまでフィアを救出しようとしている、その行動がわからないの。
なぜ?」
「な、何故と言われても…」
つらつらというスペリアの言葉に、俺は眉をひそめた。
ここまで足突っ込んでおいて、ハイさよならという気が起きないということもあるけれど…
ルロクスが俺と同じように眉をひそめながらスペリアを見た。
そして悩みながらルロクスがスペリアの言った問いを呟く。
「オレがルゼルを追う理由ってか?」
「そう、フィアがセルカを追う理由は“姉がわりの大事な存在だから”。
でもあなた達は?
旅の合間にちょっと出会っただけ。ふいっと居なくなったからと言って、探し出して、
果てはフィアの目的に手を貸している。
そしてミルレスの町の神官長に喧嘩を売っているわけよ?」
「喧嘩を売っているのはあっちだ!」
ルロクスが怒って声を荒立たせるのにも気にしないといった様子のスペリア。
腕組みをして
「あなたはスオミの町に姉が居るんでしょう?
聞けばまめに手紙も送っているらしいじゃない。
そんな大事な姉にまで影響が行くようなことを、あなたは今やっているのよ?
そこまでして、フィアを助ける意味があるの?」
「ある!オレはルゼルに手を貸したい、だから今ここに居るんだ!悪いか!」
ルロクスは断言した。
スペリアははぁっとため息をついて、首を横に振る。
「あなたはただの“おこちゃま”ってことね…感情のままに動くのは無謀なだけよ。
あなたも−−−感情のままに動いているって答える?」
スペリアは俺を見た。
この女性、何を言いたいんだろう…
「俺も同じようなもんだと言えるが…」
「そうなの?恋愛対象とかそんなことではなく?」
・・・は・・・
「な、なにを言って」
「だって、あなたの場合は
“フィアが好きだから”追っかけてきてるのかと思っただけよ。」
俺は口をぱくぱくと動かすだけで、声が出てこなかった。
な、何を言ってるんだこの人…お、俺が…ルゼルを…?
「どうなの?」
一同が俺の言葉を待っている。
ってなんでこんなとこでこんな話に…
「え、えっと…ルゼルは初めっから危なっかしい闘い方をすると思って気になった。
俺は旅の目的も無かったことだし、た、助けられたこともあったし、
近くの町までと思ってルゼルといっしょに旅をした。」
「それはフィアから聞いた。続きは?あなたの気持ちは?」
「え…?ど、どうしてここでそんなこといわないといけないんですか!」
思わず叫んだ。そこでルセルさんがちっちっと人差し指を振りながら言う。
「何言ってるんだよジルコンくん。
ここで『ルゼルが好きなんだ〜!』って叫べば、
そこにいるスペリアは君の気持ちに負けて退いてくれるって。」
「そういう理由で退く訳じゃないわ。」
嬉しそうに言うルセルさんの声とは反比例して、スペリアがため息混じりに言う。
「あなた達はフィアに拒絶されている。それがわかっていないの?」
拒絶−−−俺が牢屋に居るとき、ルゼルは明日釈放するから出て行けと言った。そして二度とこのミルレスの町に来るなと、今度出会ったときには殺すとも…
だが俺は知っていた。
俺はスペリアをまっすぐ見て言った。
「拒絶…かもしれない。でもルゼルは今、セルカさんを元に戻すためなら手段を選ばないという気持ちでいっぱいなんだ。
冷静な判断が出来てないんだ。」
セルカさんのことになると猪突猛進になるルゼル。
牢屋の中にいた時に会ったルゼルは、まるで崖に追い詰められた小さな動物のように思えた。
あれは−−−自分の命を落とすような危険を冒してでも、セルカさんを元に戻す気だ。
「ルゼルが何の力を持っているか、ルゼル自身から聞いた。
そしてリジスのことを“御父様”と呼んでいたことも。
実験のために、長い間子供を囲っていたようなあんな男の傍に居たって、
幸せになんかなれやしない。だから助けたいんだ。」
「そうだな、オレもその意見に賛成。
あんな二面性男の傍に居たら、何をされるかわかんねぇもん。」
俺の言葉にルロクスも賛成して、俺の横へと歩み寄る。
スペリアは俺の顔をじっと見つめていた。
そしてふいに視線を反らす。
「あなた達、あの男のようになるわよ」
「は?オレたちがリジスみたいになると思ってんのか?」
即座に不機嫌そうにルロクスが返答すると、スペリアは首を横に振って見せた。
「違う。」
そう言って階段の真ん中に立っていたスペリアはすいっと横に退いた。
あごで階段の下へ行くように俺たちを促す。
「ありがとう」
俺は思わず礼を言う。
スペリアは見開いた目をすぐに瞑らせた。
「…敵にありがとうは無いと思うわ」
「でも君は戦わないと言った。そして今も戦いを仕掛けてこない。
無駄な戦いはないほうが断然いいからね」
俺は闘いたくはない。
ただルゼルを助けてやりたいんだ。
俺はスペリアの横を通り過ぎた。
続いてルロクスも通り過ぎる。
そして最後にルセルさんは−−−スペリアの前に立つと、手を差し出したのだ。
困惑するスペリア。
「な、なに?」
「ん?こんなところで闘わないでくれてありがとうって気持ちと、
この前は痛い攻撃どうもっていう気持ちを表したいだけ。」
ルセルさんが嫌味っぽく笑う。スペリアはふうっとため息をついてルセルさんの手を握った。
「そんなことしている暇があったら、早くフィアの元にいきなさい。
手遅れになるわよ」
スペリアが言い終わるのと同時に、階段の下のほうで低く、音が鳴り響いた。
「それじゃ、私、行くから。
リジスがやってたことは、私の求めているものとは違ったから。」
そう言ってスペリアは俺たちとは逆の方向−−−階段を上へと歩いていった。
もう戻ってくることはないと言うことか。
なんにせよ、障害は無くなった!
「降りるぞ!」
俺の声とともに俺たちは階段を駆け下りる。
この途中、ドレイルがいきなり攻撃して来るかもしれないという不安に駆られたが、それよりもなによりも、ルゼルのことが心配でならなかった。