<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第二十六話 行く道


「とりあえずドレイルは沈黙した?」
ルセルさんの傍に駆け寄った俺に向かっての第一声がそれだった。
「沈黙って…とりあえず黙らせてきましたけど」
「まさかとは思うけど、殺してはいないよね?」
話を割って、ベルイースさんが聞く。俺はこくりと頷いた。
「当然でしょう。たとえ悪人だとしても、人の命は奪ってはいけないでしょう?」
「…そう考えてくれてるなら、よかった。安心したよ」
まだ二人の敵が目の前にいるというのに、ベルイースさんはにっこりと笑って見せた。
「さて、ジルコンくんががんばってくれてたんだから、おれ達もこの二匹をどうにかしないとねぇ!
ベルくん、補助魔法お願い〜」
「わかりました。
オールライズアビリティ!」
ベルイースさんはウェストバックから楽器を取り出し、声を張り上げる。
盗賊の男たちは攻撃の機会を窺って、うろうろとしている。
さっきまで戦っていた俺がこっちに来た分、攻撃の機会を逃しているのだろう。
様子を見ていると、やっぱりというか、ドレイルよりは手ごわそうな暗殺者ではなさそうだ。
意識を自分たちに向けられていると肌で感じているんだろう暗殺者二人は、ちらちらとお互いに目配せをしている。
接近して俺に攻撃されるのが怖い、って思ってくれているらしい。
それはそれでありがたい。
俺の横ではまだベルイースさんが補助スペルをかけ続けている。
ルセルさんも自分に向かって補助をかけていた。
「ロックスキン!
マナエイドっ!」
「アニマトスキルドラム!
アニマトフォースドラム!」
どんどん、どんどん、かけ続ける。
「スキルエイドっ!
ベストクレリックエイドっ!」
「アニマトマナドラム!
インクリースヘルス!」
いっぱいかけるんだなぁ…
楽器も、ハープにギターにドラムだっけか…
「グレイスっ!
ホーリーバイタルっ!」
「そして最後っ!
サポーターズっ!
さぁ、ルセルさん、いっけぇ!」
「おう!いってやらぁ!」
何か変なノリで二人が叫ぶと、突然、ルセルさんが走り出す。
盗賊の一人の方へ。
…ってルセルさん一人で盗賊に戦いを挑むってこと?!
「ちょ!ちょっと待って下さい!ルセルさん!」
「聞く気なぁあああっし!!」
声を上げ、ルセルさんが杖を振り上げる。
「リベレーションっ!」
ルセルさんの体の周りに光が発生し始める。
光のうちの一つが目の前の敵を包み込むと、一層輝きだした。
そしてその中に包まれた盗賊が苦痛の表情を見せる。
でもそれでルセルさんは満足することはなかった。
「まだまだっ!!
リベレーション!
リベレーション!!」
ルセルさんは何度も呪文を唱えては自分に回復のスペルをかける。
…え、援護に行きたいのは山々なんだけど…なんか鬼気迫るものがルセルさんから感じられて…
「る、ルセル、容赦ねぇなぁ…あれ。」
「う、うむ…怖い…」
「まるでルセルさんの方が暗殺者みたいな形相してるよねぇ。
あ、サポーターズ。」
補助のスペルの効果が切れそうだったらしく、ベルイースさんが思い出したかのように唱え、ルセルさんに向けてスペルを発動させる。
やっぱり援護しようと前へ出ようとすると、ベルイースさんに制される。
…ルセルさんだけでやれって意味ですか……
「俺の補助魔法掛かってる間は大丈夫だから。…多分」
「たっ!多分って!」
俺が困り顔でベルイースさんに言うと、ベルイースさんは首を少しだけ傾けながら笑った。
「一度でも危険に晒されたんだ。もう覚悟は出来てるだろ」
か、覚悟って…
「死ぬ気満々ってことか?!」
ルロクスが慌てて声を上げる。
そして走りよろうとするルロクスの袖をむんずと捕まえて引っ張り戻す。
「やめろぉ!こら!ルセルを見殺しにするってぇのか?!」
「おいおい。俺が血も涙もないような人間に見える?
ルセルさんは大丈夫。あんなの相手に死なないって。
逆に俺たちはもう一方のヤツを見とかないとねぇ?」
言って、不敵な笑みを浮かべてもう一人の暗殺者のほうを見た。
一歩二歩、後退さる暗殺者。
そこでルセルさんが声を張り上げた。
「これで終わりっ!
リベレーションっ!」
声と共にばたりと倒れ行く暗殺者一人。
「おっしゃっ!一匹終了!
残るは−−−お前だけだああ!!」
「ちょ、待って下さいルセルさん!」
倒した達成感があったのか、その勢いのままもう一人に突っ込もうとし始めるルセルさん。
止める俺の声も聞かずに走り出す。
「あ〜…これだから戦闘なれしてない人って困っちゃうんだよなぁ…
スローフォークダンス。」
ベルイースさんが容赦なくルセルさんに向かってスペルを発動させる。
スローフォークダンスってさっき暗殺者に使ったスペルじゃ…
みたところ、鈍足になるスペルだと思うから…いいとは思うけど…
そんな状況の中、ルロクスはふと気づいて俺を突付いた。
「ふと思ったんだけどさ…
ドレイルって何処で倒したんだ?」
「は?何処でって、そこの−−−」
と言いかけたとき、残っていた一人の暗殺者がくるりと背を向け、走り出した。
走る先にはこの部屋の出口である扉。
「あ、逃げる気だ。」
「野郎っ!逃がしゃしねぇ!!
この杖で脳天かち割ったる!!」
「ルセルさ〜ん、なんかすごい暴言吐いてるような気がするんですが〜…」
俺はそう言った後すぐにスペルの詠唱にかかった。
それは、修道士の遠距離魔法スペル。
「はあっっ!」
拳に気を溜め、それを相手に向かって放った。気は光の塊になって暗殺者の背後を捉える。
そして−−−
ばしっ!
当たった衝撃で暗殺者の動きが鈍くなった。
それを好機とばかりにルセルさんが突っ込む。
ってまだルセルさん攻撃しに行くつもりだったのか?!
しかもルセルさんの足元を見ると・・・鈍足のスペルが消えている。
「リベレーション!!」
その声にうんざりしたような顔をして、ベルイースさんが一言。
「ルセルさん、攻撃的すぎ・・・
子守唄。」
今度は逃げていた暗殺者に向かってベルイースさんがスペルを発動させる。
それを見計らって俺は相手に向かって走りこんだ。
「とりあえず、眠っとけ!」
俺はもう一度、気を集中させると−−−
「炎の拳っ!!」
みぞおちに拳を叩き込む。
『ぐっ』というかえるのような声をあげて倒れ行く暗殺者。
・・・ちょっと容赦なかったかな・・・
「今のって、“イミットゲイザー”?初めてみたよ、それ。」
ルセルさんが一歩遅れて駆け込んでくる。
そしてちぃっと舌打ちする。
「後もうちょっとでぼこぼこにできたのになぁ〜
俺たちに喧嘩売ってきたんだからもっとぼっこぼこにしないと〜」
「・・・ルセルさん・・・怖いです」
まだ聖職者らしくない発言をするルセルさんが怖い・・・
「な、なぁジルコン・・・
もう一度聞きたいんだけどさ・・・」
ルロクスが不安そうに俺の腕を掴む。
「ど、どうしたんだ?もう暗殺者は倒したのに」
「あのさ…ドレイルはどこで倒したんだ?
どこで倒れてるんだ…?」
「へ?だからそこに−−−」
「そこってどこなんだよ・・・」
こわごわと聞くルロクスの声に、俺はドレイルが倒れているだろう場所を見て−−−
「い、いない…」
に、逃げたってことか・・・?!それともいまだに部屋の中に・・・?
気配を探してみたが、どうも部屋の中にいないようだった。
ドレイルはどこに…
「飼い犬は飼い主の元に戻るってか。
リジスのいる場所に向かったかな?」
「追わなきゃ!」
ルロクスが声を上げる。そこでルセルさんはこくりと頷いてベルイースさんを見た。
「ベルさん、あなたはここでそっこらへんに転がってる暗殺者たちを
見張っていてくれるかい?」
「そしてやばくなったら逃げていいから、ってことですか?」
ベルイースさんはにっこりと笑って突っ込む。だが、ルセルさんは何も言わなかった。
それを答えだと悟って、ベルイースさんは腰に手を当てて深く息をはいてみせた。
そして、小さく『あっ』と言うと、ルロクスの方を向く。
「そういえば、ルロクス」
「ん?」
「リフィルからの伝言。
 “今、あなたが持っている力は弱いとか思ってるかもしれないけど
 ようは使い方次第。頭でっかちはただの無力なバカになるだけよ。”
だってさ。
ルセルさんを回復させてるときに言えなかったから、俺から伝えといてくれって言われてたんだ。」
『すっかり忘れてたよ』と笑う。
それを聞いてルロクスは少し目線を下に下げた。
その反応にふと気づく。
昔、俺もこんな顔をしたときがあった。
自分がまだまだ力不足だと嫌というほど気づかされたあのとき…
もしかしてルロクスは今−−−
俺はルロクスの頭にぽんと手を乗せた。そして頭を撫でてやる。
「ルロクス、さっきのドレイルと戦ってるとき、横からのフリーズブリード、助かったよ。
あのとき足止めしてくれなかったらきっと倒せなかったと思う。
本当に助かったよ。ありがとうな。」
俺がそう言うと、ルロクスはまるで雲が晴れた空のように、嬉しそうにこくりと頷いて見せた。
それとは相反して、ルセルさんの表情は暗いものだった。
俺のほうを向いたルセルさんは、ぎこちない表情をして問いかける。
「ジルコンくん、君は…」
「行きますよ。俺は。
ルゼルを守りに。」
断言した。
あんなルゼルを放って、自分だけ旅を続けるなんてできやしない。
それに…ルゼルの過去、そして今の状況を見ていて−−−
女の子一人が背負うには辛すぎる現実だ。
そしてリジスの人体実験になるなんてそんなこと…
「オレも行くぜ。女の一人助けられないんじゃ、男が廃るってもんだしな。」
ルロクスも俺に同意してこくりと頷く。
だがルセルさんは心配そうにしながらルロクスに聞く。
「ルロクス、本当にいいのか?」
「なんだよ、ルセルらしくねぇ。
魔力も経験も、全然積んでないけど、足止めくらいは出来るんだぜ?
ルゼルにも言ったけどさ、“やばくなったら逃げる”って。」
「そういうことです。だからルセルが心配することなんてありませんよ」
俺も言ってにこっと笑って見せた。
傍で聞いていたベルイースさんがはははと笑う。
「ルロクスくんがおれに助けを求めてきたときにはすでにやばい状態だったんじゃなかったかなぁ?
君達が本当にやばいっていうのはどういうときなんだろうねぇ?」
「あんなの序の口じゃん!」
「何とかなる状態なら、やばい状態じゃないですよ」
ルロクスと俺の言葉を聞いて、ルセルさんは泣きそうな顔をしながらも笑って見せた。