<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第二十五話 暗殺者


「リジスは凄いやつを雇ってるんだな…」
「だろう?そいつと女魔術師を相手にしたんだぜ?」
「いや〜凄いねぇ。バードヒステリックをかけようとしてもあたりもしないような手ごわい敵相手に、
一度やりあって生きてるだけで凄いですよ、ルセルさん」
ベルイースさんとルセルさんが話している。端から聞いてるだけならこんなにのんきに話してても良い状況かと言われそうだが、二人の表情をみれば一発で分かる。
扉の外にいる状態でも臨戦体制なのだ…。
俺は押し倒したルロクスに手を差し出すとルロクスは無言でその手を強く握った。そしてこくりと頷いて立ち上がると、泥もはたかずに扉を見た。
「みなさんそろってそんな部屋に入ってくれるとは。リジスの実験材料にでもなりたいのか?」
「冗談っ、俺たちはまだ人間として生きていたいからね。
リジスの変な実験に付き合う気はねぇよ」
ルセルさんが言うと扉の外からはくっくっと含み笑いが聞こえた。
―――外にいるのは…暗殺者、瞬冷のドレイル。
「ま、お前らを裏切ったあいつは、好きで実験材料になろうとしてるがな」
「裏切った…?ルゼルのことか」
「リジスはそいつをフィアとか言ってるがな。
あんな実験に付き合うなんざ、俺から見ても物好きだと思うぜ」
再び、くっくっと含み笑う。
俺は扉の反対側にいるはずのドレイルに向かって怒鳴った。
「ルゼルはどこにいる!!」
するとドレイルは意図も簡単に喋ったのだ。
「あいつはここからもう一つ下に下がった、地下二階の実験室にいるぜ。」
「…お前…そんなさらりと言っていいのかよ…」
ルロクスが突っ込むと、ドレイルはさらに笑う。
「お前ら、その部屋から無事に出れると思ってるのか?」
「お前一人なら俺たち四人で何とでも出来る!」
ルロクスが吠えた。ルセルさんも首を縦にこくりと振った。だが、俺は頭を横に振る。
違うんだ。
「相手は一人じゃない。たぶん、ドレイルを入れて―――四人。」
「ご名答。」
扉の外のドレイルは一言そう言った。そしてチャキッと、何か刃物が擦れた音がする。ダガーを抜いたか…。
扉の近くでもない、少し距離を取った場所で、三人分の気配がするのだ。
この気配は、ルセルさんからモンクヒットという技を教えてもらったからこそわかる…
神経を研ぎ澄まさないと、きっと分からなかった。
「四対四か…ジルコンくんは今喋ってる暗殺者に役を当てるとして〜」
おいっ…すでにドレイルには俺って決定なんですかぃ…
「残りはちゃんとおれたちが面倒見ないとな」
言ってルセルさんが杖を掲げた。そして前方の扉へとゆっくり差し出すと、こう告げる。
「パージフレアっ!!」
突如現れる魔法陣。それは扉の下に描かれ、光と炎が舞い上がる。
がしぃん…
木の扉はあっさりと砕け散った。落ちていく欠片と共に入り込む影−−−
「くっ」
俺はとっさに身を横にずらして一撃を避けていた。
突き出されたダガー。そこから横へと一閃させるドレイル。
一歩、下がらざる終えなかった。
そしてそこからもう一歩下がる。
ドレイルが俺の懐へと走りこもうと攻め寄ってきているからだ。
速さが売りの盗賊。それが4人ともなるとっ…!
俺はドレイルの繰り出す刃をかわしつづけるのでいっぱいだった。
他の3人の盗賊が部屋の中へ滑り込むように入り込んできたことを視界の端に捉える、そんな余裕すらなかった。
「一人ずつしか掛けれないから、よろしくっ!」
「りょうかいっ!」
ベルイースさんの声とルロクスの返事が後ろで聞こえた。
そしてベルイースさんのギターの音がじゃらんと鳴った。
音楽を奏で始める。
「っ…面倒なっ!」
攻撃してきていたドレイルが、ちっと舌打ちをして自分の足元を見ている。
攻撃の手を緩めてくれないドレイルの隙を見てドレイルの足元をみれば、白い何かがくるくるとまとわりつくように回っていた。
後ろで音楽は鳴り止まなかった。
そして迫りくる敵全てを捌き切れる
「動きずらいだろ!高位魔術師も使う鈍足スペルだからなっ」
「ブリズウィク」
ドレイルと3人の盗賊はまるで声を合わせるようにそう言った。
するととたんに足元で白くまとわりついていたものが掻き消える。
「鈍足に速度増加のスキルで相殺ってか。
そこで動き回られたら困るんでね!」
そう言うと、ルセルさんは杖を高らかにあげた。
「リベレーション!」
その声と共に、俺の周りに光が集まる。
これって、この前ミルレスの町で逃げる際に使っていた技だ。
俺の目の前にいたドレイルが『くっ』という声を上げて数歩後ろに下がる。
その機会を見計らってベルイースさんが叫んだ。
「ダメでもともと!
バードノイズっ!」
ドレイルに攻撃をするかと思いきや、ベルイースさんの攻撃の目標はドレイルではなく、三人の暗殺者に向けてのものだった。
その音による攻撃は、盗賊たちの歩みを数秒止まらせるだけのようなものだったが、ルロクスにとってその数秒で充分だった。
「…風の怒り…空から大地へと突き立てよ…
モノボルトっ!!」
言って、ルロクスは指先を盗賊三人に向けた。
暗殺者の頭の上、宙に光が灯る。その光は強く光りだしたと思うと、ものすごい音と共に暗殺者へと向かって走り落ちた。
がしゃあん!!
「よっしゃ一匹っ!」
ルロクスの嬉しそうな声が聞こえる。
暗殺者の一人を行動不能にしたんだろう。
…俺のほうも頑張らないとな…
数歩下がっていたドレイルが不意に間合いを詰める。
逃げているばかりじゃ何も出来ない。
俺もドレイルのダガーの軌道を見切って避けることが出来るかなというぎりぎりまで、間合いを詰める。
ダガーと拳。
相手の攻撃を受けずに自分の攻撃を当てることが出来る間合いを探さなければ…
隙を…
しゅっ!
ドレイルのダガーが動く。
突き出されてそのまま横に凪ぐ。
全て避けてはいるけれど…自分が攻撃できる間合いに入ることが出来ない。
逆に相手の攻撃は当たる間合いに居る自分。
「このまま避けつづけられるとでも思ってるのか?
俺はなかなかバテねぇぜっ!」
言って攻撃を繰り出してくる。
俺の後方ではルロクスたちが後二人の暗殺者を相手にしている。
どうにかドレイルの動きを止めることさえ出来れば−−−
止める・・・?
アレがあたりさえすれば・・・動きを止められる!
動きの早い盗賊であるドレイルに当てにくいのはわかっているけれど…一か八かだ!
「ほ〜らほら!まだ逃げられるのか?」
ドレイルがダガーを突き出し、攻撃をする。
そこが好機!
一歩間合いに近づき、ドレイルに向かって足を振り上げた。
そして素早くドレイルの頭上に打ち付ける。
「ネリチャギっ!」
「っくっ!」
差し出したダガーと踏み出していた足のおかげでドレイルはすぐに動くことが出来ずに、俺の攻撃をまともに受けた。
頭に蹴りが当たれば、当然動きは鈍る。
鈍りさえすればっ!
「炎の拳っ!」
「ぅがっぐっ!」
ドレイルの顔に苦悶の表情が浮かび上がる。
俺はそのまま炎の拳で攻撃し続ける。
だが、ドレイルの動きはすぐに復活してしまった。
頭を一度振ると、すいっと横に移動する。
俺の拳は掠ることなく、宙を叩く。
「調子に乗るなっ!小僧がっ!」
無駄になってしまった俺の動きは、相手にとっての好機だった。
振りかぶるダガーに反応できず、俺は−−−
「フリーズブリード!」
ルロクスの声が大きく響いた
「新米魔術士がっ!生意気なぁっ!」
ドレイルが悔しそうに叫び、俺の傍でぴたりと立ち止まった。
いや、立ち止まらざるおえなかったのだ。
ルロクスが援護してくれたスペル、フリーズブリードの力によってドレイルの足元を氷付けにされていたからだ。
「ドレイル、お前にかまっている暇なんてないんだっ!!」
俺はありったけの力を込めてドレイルを叩く!
「マシンガンキック!炎の拳ぃっ!」
俺は連撃を繰り出した。