<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第二十四話 生きる道標の詩


「ルロクスっ!ルセルさん!どうしてここに?!」
思いがけない出会いにびっくりする俺。ルロクスは少しむっとしたような顔を見せながらこう答えた。
「どうしてって…ジルコンがゲートで飛ばしてくれた後、ルセルの体を回復させて、
んで、救出しにきたんジャンか。
ジルコン一人に任せらんねぇもん」
「そんなに俺頼りないか?」
思わずげんなりして聞いてしまう。いつもなら『うん』と返ってくる答えが、今日は違った。
ルロクスがふるふると首を横に振る。
「オレ、正直、ジルコンの状態がどうなったかってわからなかったんだ…
もし無事だったとしても…ジルコン一人に任せてオレたちは帰りを待ってるなんてヤだったから。
オレだって力になりたいんだ。
レベル低いけどおとりくらいだったら−−−」
まだ言いつづけるルロクスの頭をぽんぽんと軽く叩いてやる。
ルロクスのその気持ちだけで心強い。
そう思っていると、後方から声がする。
「まぁ戦いなれてない二人は、俺がサポートするから大丈夫だよ。」
と。
え?!
「ベルイースさん?!どうして?!」
ミルレスの森に居るはずのベルイースさんがどうしてここに・・・!?
「ルロクスくんがね、ぼろぼろのルセルさんを連れて家にきてくれたんだよ。だからさ」
そういえば…あの時、とっさにウェストポーチを探って見つけたあのリンクは、ミルレス森リンクだったのか…
集団で移動できるリンクを一つでも持っていて、本当によかった…
「にしても…」
「え…ど、どうかしたんですか?」
さっき手刀で倒して、少し奥に置いておいた見張りの騎士さんを見つけたベルイースさんはそう話を切り出す。
そして苦笑いをした。
「あ〜きよかぁ…いい倒れっぷりしてるねぇ…」
「え?お知り会いだったんですか?!」
倒しちゃまずかったかと謝ると、ベルイースさんは『仕方ないよ』と首を振る。
「知り合いだけど、色々旅をして回っているやつでね。
きよがリジスの屋敷に雇われてたなんて知らなかったけど…
雇われてる方が悪いから、イイ。」
『いくよ〜』と軽く声をかけられ、俺はとりあえずその牢屋へと続く廊下に騎士の−−−きよさんをおいたまま扉を閉めておいた。
そして俺たちはとことこ先に行ってしまうベルイースさんの後に続く。
俺が先に立って歩こうとすると、にっこり笑顔をされて『いいから』と言われてしまった。
「いろいろルロクスから事情を聞いてみたら、ジルコンさんとルゼルさんがリジスに捕まったっていうし。
元々俺やカラル、それにリフィルも、リジスのことを良くは思ってなかったから、
ここは協力出来るだろうって思って」
「思ってって…ここにはたくさんの暗殺者が…」
俺が返すとベルイースさんはふるふると首を横に振って見せた。
「暗殺者とルロクス達は言うけど、みんな、きよみたいなただの雇われ用心棒くんだから。」
「いいのかよ…その雇われ用心棒のきよって人、置いてきといてもさ…」
ルロクスが眉をひそめて言うと、ベルイースさんは手をぱたぱた振りながら『心配ないから〜』と返した。
そして曲がり角に差し掛かると、即、手にもっていた楽器を持ち直し、演奏し始めた。

「見てみればわかるよ。」
そうルセルさんに言われ、俺は曲がった先をひょいっと見てみると、そこには見張りらしき男がくぅくぅと寝息を立てていた。
「結構さ、人を殺すことだけを生業にしてる奴って、稀も稀なんだよ〜?
本当の暗殺者は…そうだなぁ…マイソシアに名が轟いてるような奴ぐらいだと思う。
いくら悪ぶって見せてても、最後の最後では人を殺すことが出来ない奴が多いから。」
言って、奏でるのを止める。
吟遊詩人のスペル−−−たしか子守唄っていったっけ。
吟遊詩人のスペルの効果を間近に見たことのなかった俺は、驚くような光景だった。
ハープって言ったっけ…その楽器の音だけで眠らせることができるのだから…
そんな俺の様子も露知らず、ベルイースさんは話を続ける。
「まぁ、ごろつきが人を殺せたとしても偶然入りどころが悪くて〜だろうし、
一度でも人を殺した奴のその後って、大抵二通りに分かれるから」
「二通り?」
「そ。人を殺すのが何とも思わなくなって、しっかりきっかり暗殺者の道を歩むか、
どこかの町にとどまって、ひっそりした生活を営むか、だね〜」
「そんなこと、良く知ってるなあベルイース」
ルロクスが感心したように言うと、ベルイースさんは振り返り、俺たちににこっと微笑みかけた。
そこでルロクスがいたずらっぽく聞き始める。
「もしかして〜ベルイースって〜
さっき言ってた二通りのうちの一つに当てはまってるとか〜?」
『ベルイース、森暮らしだし』と付け加えて言う。
絶対否定してくるだろうな〜と傍から思っていた予想は外れ、逆になぜかベルイースさんはにっこりと笑みを返した。
…どういう意味なんだろう…?
「人生、楽ありゃ苦もあるさってことかい?」
「そういうことです、ルセルさん」
ベルイースさんとルセルさんはなぜか二人でにぃっと笑い合う。
い、異様な光景…
「…行こう…」
「そうだな〜こんな不気味〜な二人、置いていこうぜ」
「置いていったら戦力大いに下がるよ〜?」
「ルロクス、何かあっても回復してやらねぇぞ〜?」
やけに嬉しそうにルロクスをいびる二人を見て、思わず自分たちの状況を忘れてしまいそうになった…


「ルゼル…何処にいるんだろう…」
この屋敷、外観と比べて意外と複雑なつくりをしているということが分かった。
迷路のような入り組んだ配置。そして−−−
「隠し階段〜」
廊下を曲がってすぐ。少し廊下から奥にへこんだようになっている場所。
そこの壁には見事な彫刻が施されていた。それに手を当てたルセルさんはいとも簡単にそのからくりを探し当てたのだ。
からくりは彫刻された女性の耳に飾られた赤い石。その石を壁へと押し込む。
ゆっくり、音も立てずに階段が現れた。
「見栄っ張り陰険リジスのことだから、
普通の人が迷い込まないような仕掛けがあるんだろうとは思ったけど、
こうも簡単とはね〜わかりやすっ」
「階段、下に続いてるぞ?」
ルロクスが不思議そうに言う。ダンジョンならまだしも、地下があるような家なんて初めて見た…
「いくか」
下がどんな風になっているのか皆目見当もつかないが、ここでじっとしているよりは…
「バカと煙は〜とは言うけれど、変に知識もったバカは下に篭もるんだよね」
ベルイースさんはそう言うと、手に持っていたハープを小さく鳴らした。


ルセルさんが見つけたからくりで開いた扉の先には、少し長めの隠し階段。
俺たちはその階段を降りて下の階へとたどり着いた。地下1階ってところだろうか。
見てみると、数個の扉が見える。
俺は近い場所にあった扉に手をかけ、中に意識を集中させながらも慎重に扉を開けた。
するとそこには−−−
「な、なんだここは…」
思わず俺は声に出して呟いていた。
−−−そこは、実験室だった。
沢山の死骸が部屋の角に積み上げられ、異臭が漂う。下の部分はもう黒い土のようになっていた。
室内中に檻が置かれ、何かよくわからないモンスターが捕えられているのがちらちら見える。
丸くて透明な円柱の柱もあり、その中にも得体の知れないモンスターが入っている…
「モンスターをかけ合わしたモンスター…モンスター実験室か…」
「いいや。」
ベルイースさんが部屋を見回しながら言った言葉に、ルセルさんは首を振る。
そして檻の中で騒いでいるモンスターを怖がる風もなく、すたすたと歩み寄ると
「これは…人体実験だよ」
言って、そこにあった円柱を平手で、
ばんっ!!
と叩いてみせた。
すると突然、
『ぎゃあうがあああああ!!』
何の声かとびっくりして見ると、その円柱に入っていたモンスターが目を覚まし、騒ぎ出したのだ。
割ってしまうかと思うくらいの勢いかと思いきや、暴れているわりには動きが鈍い。
動きで水泡がちらちら現れ、消えていく。
よく見ると円柱の柱の中には水が入っているようだった。
「水の中にいて…こいつら死んでないのか…」
「水とはちょっと違う液体なんだろうね。こいつ、外に出たら動きが早いんだろうなあ」
のんきにそう言って円柱の中のモンスターを眺めるルセルさん。
そしてふうっとため息をついて話し出す。
「ここにいるのって全部、何かと何かと…そして人間をかけ合わせてるような生物ばかりだよ…
良く見てみれば分かる。」
「なんとまぁ…気色悪い」
ルセルさんの言葉を聞いて、ベルイースさんはうんざりとした顔を見せて檻の中のモンスターを見やる。
よくよく観察してみると、その円柱に閉じ込められたモンスターは魚のような…サコパリンクか…?
でもサコパリンクじゃないのは一目瞭然だった。腕はディドのように吸盤がついているような手が生えているし、足はどうみても普通の男性の足に見える。
そういえば…襲撃してきたとき、変なチャウ人間がいたけど…あれはここ生まれたのかもしれないな…
「それにしても−−−−−
なぁ、ルロクス〜?そんなに衝撃的なのか〜?」
ベルイースさんがからかい気味に笑いながらルロクスに言う。
そういえばこの部屋に入ってからずっとルロクスは静かだったなぁと振り向いて見てみれば、ただ呆然とこの部屋の光景を眺めていた。
目線がぼんやりとしていて、ベルイースさんがからかって言った言葉にも反応すらしていない。
明らかに変だ…
「ルロクス?ルロクスっ!」
俺は側に駆け寄り、ルロクスの肩を揺さぶる。
数回、揺らしてみると、ルロクスははっと目を見開き、俺の存在に気が付いたような顔を見せた。
「ルロクス…?大丈夫か…?ぼーっとして」
「あ、あぁ…うん…大丈夫…」
「どうしたんだ?一体」
ベルイースさんも心配そうな顔をしてルロクスを気遣い、体を支えるように手を差し出した。
素直にその手を取るルロクス。
「なんか…声が聞こえて…」
「声?」
「あ、いや…気のせいだよな…わりぃ。なんでもない。」
珍しく歯切れの悪いルロクスの物言いに、さっきよりもさらに心配する俺とベルイースさん。
だがルロクスは『あはは…』と苦笑いすると
「オレの気のせい気のせい!さっ、こんな気味悪いとこ出て、ルゼルとセルカ探さないと!」
『こんなとこでのんきにしてらんないだろ!』といつもの元気な笑顔を見せた。
にしても、声…かぁ。
…声なんてモンスターの鳴く声しかわからなかったけど…
辺りに意識を配って見ても、檻や円柱に閉じ込められたモンスターの気配しか感じられない。
やっぱりルロクスの気のせいか、何かなんだろう。
「行こうぜ」
くるりと元来た扉の前に立ったルロクス。
そこで、ベルイースさんと俺は動いた。
「っ!」
扉の前のルロクスを横に突き飛ばし、床に倒す。
ベルイースさんは扉から数歩離れた右側に立つと、ハープから背中に背負っていたギターに持ち直し、強くギターを鳴らした。
そのギターの響きに反応したように、
「…そんなもん、効かねぇよ」
自分達がいる部屋の外から声が聞こえた。