<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第二十二話 家城


「さ〜て、やりますか?」
「やりましょうか」
「やるって…このまんま突っ込む気かよ?!」
突っ込みを入れるオレ。
リフィルとカラルに回復してもらった後、どうしようかと考えあぐねていたそのとき、ベルイースが付いてきてくれると言ってくれたのだ。
でも…命に関わるような戦闘になるはずのその場所に、ベルイースを連れて行くのは正直申し訳なかった。
だって、いきなりオレがルセルの体を回復してくれなんて厄介ごとを持ってきたわけだし…
なのにベルイースはにっこりと笑ってこう言ったのだ。
「大丈夫。ルロクスとルセルさんよりは戦闘経験あるから。もしかするとジルコンくんよりあるかもねぇ。
だから心配要らないよ〜」
そして最後にはこう言ったのだ。
「リフィルやカラルが、またミルレスの町で暮らしたいって言い出したそのときに、
気軽に移住出来るようにしておきたかったし、
どうせ、いつかこうしなきゃいけないことだったんだろうから。」
その言葉を聞いて、オレはベルイースの事を勘違いしていた。
リフィルより、もっともっと強いやつなんだってわかった。
でも、だからとはいえベルイースは吟遊詩人。確か吟遊詩人は争いを好まない職種で、荒々しく攻撃をするようなスペルを持ち得ないんだってきいたことがあるんだけど…?
ミルレスの町にひっそりと入り込み、リジスの屋敷を監視できる草むらの中に身をひそめることに成功した俺たち三人は、さっき最初に交わしていた言葉のやり取りをしていたんだけど。
オレの突っ込みをもろともしないにっこり笑みを浮かべて、ベルイースはこう言った。
「今日は月も隠れる暗い夜だよ?忍び込むには絶好の日じゃない?」
言われてみれば、今日は真っ暗い夜だった。
で、でもっ!
「でもだからって、あの屋敷には暗殺者がいっぱいたむろしてるんだぜ?
策も無しにそんな中へほいほい入り込んだら、絶対捕まるって!」
「まぁそうだなぁ、なにか良い手を考えるか〜」
ルセルも頭に血が上っていたんだろうか…言われてみればといった顔をして頷くと、どうしようかと思考を巡らせようとした。
だがベルイースは『ちっちっち』と人差し指を左右に揺らして見せる。
「甘いよ二人とも。
俺がどんな職業だか、忘れてないかい?」
ひらひらした袖の位置を直し、腰にまいた布をくいっと伸ばすと、黒い服を着た吟遊詩人ベルイースは得意そうに笑みを浮かべた。


「町の中に結界張って屋敷に入れないようにするなんて怪しさ大爆発だから、
あの嘘笑顔振り撒きのリジスがするわけ無い。」
ルセルが言った。
今オレたちは、リジスの屋敷の中にいた。
オレはリジスの屋敷になんかヘンなスペルかけてあるんだろうとか思っていたのに、そんなもの全く無かった。
鍵も普通の鍵。窓も普通の窓。
しかも窓の鍵が一つ開いているなんていう拍子抜けの出来事もあったくらいだった。
でもしっかり暗殺者は居た。
開いていた窓が奥のほうにある物置のような部屋だったから丁度良かったが、その部屋から出て曲がり角をひょいっと見てみれば、そこには一人の暗殺者…
っていうかごろつきが居た。
「そう、そこらへんが突破できたなら後は見張りとかの人をどうするかって問題。
それは俺がしっかり解決〜ってことさ」
小声でベルイースが言い、笑う。
「解決って…どうするんだよ。」
前にも言ったけど、ベルイースは吟遊詩人。吟遊詩人はとっても強い攻撃スペルやスキルを持ってはいない…はず。
いないはずなのに自身満々なベルイース。
『まぁ見ててよ』と言うと、ウェストバックからなにやら取り出して手に持った。
それって…楽器か??
そして、気づかれちゃいけない状態だというのに音を奏でたのだ。
「ちょっ!ベルイース?!」
止めようと手を出そうとしたところで、ルセルに手を掴まれた。
そしてなにやらルセルが納得している。
わけがわからない俺にちょいちょいっと袖を引っ張って、ベルイースが曲がり角から右に続く道の方を指差した。
??見ろってことか?
ベルイースの仕草の通り、曲がり角から先を見てみると、さっき居たごろつきがくぅくぅと居眠りをしていたのだ。
「物音とかは大丈夫だけど、絶対触らないようにね。即起きちゃうから。」
そう言って、ベルイースが立ち上がると、足音のことなんか気にしない足取りでそのごろつきの前を通り過ぎた。
そして振り向く。
「吟遊詩人のスペルは凄いな」
ルセルもベルイースの傍へと早足で歩き寄る。
い、いいのか?ほんとに何にも気にしなくって…
不安に思いながらも二人に遅れるわけにもいかない。オレもごろつきの前をびくびくしながら通り過ぎた。
だけど…ほんとだ…全く起きる気配がない。
「すげぇベルイースっ、どんなスペル使ったんだ?」
オレが感動して問いかけると、ベルイースは少し得意げな顔をして見せた。
「ん?子守唄だよ。
ハープの音に魔力を込めた音楽を聞かせることで、闘うことなく相手の行動を止める、とっても平和的な技だよ〜」
子守唄…あのハープの音楽が子守唄だったのか…
「でもさ、俺たちもあのハープっていう楽器だっけ?そいつの音聞いてたのに、眠たくねぇぜ?」
「それはちゃんと相手に子守唄の効果が発揮されるように波動を与えてるからさ。
傍からは普通にハープの音色としか聞こえない。
通常の子守唄スペルは誰か一人に対して発動させるようなもんだから、
広範囲に子守唄の効果を発揮させるのは結構難しいとは思うけどね。」
笑って言うと、先を急ぐとばかりに早足になる。
「誰かの話し声ならまだ大丈夫だろうけど、
叫び声が聞こえれば、この屋敷を守れと言われているごろつきなんだから、普通は駆けつけるだろう?
ひとりずつなら対処できても、今の俺たちの戦力だったら、即刻捕まって、
良くて牢屋行き。悪くて殺されるって目に見えてるからさ。」
「今はどれだけ時間が掛かっても安全な経路でルゼルとセルカを見つけ出さないと」
ベルイースの話に続いてルセルが言う。
オレもうんと頷いて…気が付いた。
「なぁルセル、ジルコンを忘れてないか?」
「男には興味ないから。」
「・・・」
ジルコン…待ってろ…オレは忘れてないからな〜〜〜!
思わず心の中で叫んでいた。