<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第二十一話 森と共に生きる道


「モスもひれ伏したモスの皇女、リフィル様。お願いだから、そこ、どいてくれるか?」
「いや。私はここでぼ〜〜〜〜〜〜〜っと森を鑑賞してたいのよっ。
せ〜っかく、さっきモスたちに『飛ぶな命令』通達したんだから、ちょっと待ってなさい」
「…」
部屋の一室。広々とした居間で交わされる言葉はなんとも格好がつかないような内容だった。
リフィルといわれた女性は、窓際に椅子を寄せ、外をぼ〜〜〜〜〜〜〜っと見つめている。
そしてその下を掃除したいんだとばかり、はたきを腰にぶら下げ、ほうきを持って仁王立ちしている男。
「そんなこと言ってると、カラルに言いつけるよ?」
「なによっベルっ!ベルの癖に生意気よっ!」
「どういう理屈だよ…まったく…」
はぁっとため息をついて、ベルと呼ばれた男があきらめたようにリフィルの座っている椅子の下にほうきを入れる。
やりにくそうにほうきでごみを履きながら、もう一度ため息をついた。
するとそこで奥のほうから現れる女性の姿。
その女性はベルに向かってにっこりやさしく笑いかけた。
「あなた、お疲れさまです」
「・・・リフィルの下のとこは綺麗に出来てないかもしれないけどな」
「いいえ〜結構ですよ〜」
女性はにこにこと笑って、ベルさんの腰につけていたはたきと、手に持っていたほうきを受取った。
それを見ていたリフィルが頬杖を付いて一言。
「かわいいカラルだけなら絵になるのに、ベルイースがいるからなぁ…」
「どういうことだよオイ…」
「今日も二人とも仲いいんですねぇ」
少し論点がずれているカラルと呼ばれた女性は、にっこりと笑って二人を見る。
そんな平和な憩いの時間に−−−
慌しく、来訪者は現れた。

がたん、
がちゃっ
ばたん!
「ベルイースっ!みんなっ!助けてくれっ!」
聞こえたその声に、慌てて3人は玄関へと駆けつけたのだった。


ミルレスの町から離れたミルレスの森の中にある一軒の家。
そこへとオレは助けを求めて転がり込んでいた。
そう、ここには二人の聖職者が居ると知っていたからだ。
「なぁ、二人とも聖職者だったろ?お願いだ、こいつの体を直して欲しいんだ」
真摯な瞳で三人を見据えた。
ベルイースと、リフィルと、カラル。
目の前の三人は突然オレがきたことに驚いているようだった。
でも状況をすぐに察してくれた。
リフィルがオレの背中でぐったりしているルセルの顔を触る。
はっとした顔を見せた。
そしてくるりと振り返ると二人を見る。
「ベル、とりあえず一人分のベットの用意を。カラル、お湯を沸かして布を暖めて。」
「あぁ。」
「はいっ、姉さまっ」
てきぱきと指示をしだすリフィル。そして従うカラルとベルイース。
ベルイースは吟遊詩人だが、リフィルとカラルは聖職者だった。
ミルレスの町に向かう前、偶然知り合ったんだけど…こんな風にまたこの家に訪れるとは思わなかった。
ベルイースが向かった部屋に案内をしてくれるリフィル。
オレは部屋に入るとベルイースが手早く用意をしたベッドに、ルセルを寝かせてやった。
即、リフィルがルセルの額を触る。
そして頬、首筋を確かめる。
「こんなやられ方、尋常じゃないわ…」
呟くリフィル。思わずあのときの状況を思い出した。
至近距離でスペルを打たれ、倒れこんだルセル。
そのとき、オレは−−−
ぐっと奥歯を噛んだ。
「大丈夫よ。私が居るんだから、ルセルは絶対治る。治らせるわ。」
くるりと振り向くとリフィルはそう言って、にこっと笑った。
え…?
「り、リフィル…ルセルのこと知ってるのか?」
名前を言ったはずがないのに、ベッドに横たわっている“ルセルを治す”と断言したリフィル。
リフィルは『えぇ、当然よ』と答えた。
「ミルレスの町では有名な人よ?『傲慢な聖職者』で、『邪悪な聖職者』で、『偏屈聖職者』だって。
で、今、ルセルが意識取り戻してるってことも、知ってるわ。」
「え?!」
リフィルの言うその言葉に驚いてルセルを見ると、ルセルは閉じていた瞳をゆっくりと開いて見せた。
「・・・ひさしぶりだってぇのにひどいねぇ…おれの悪口は絶対言うんだな…」
「仕方がないでしょ?あなたはそれで有名なんだから。
ま、偏屈と傲慢なのは間違ってないからいいんじゃないの?」
「間違ってるよっ!…っくぅ…」
思わず声を荒げると力んだせいで体を痛くしたらしい。ベッドの上で体を縮まらせた。
「戦闘経験無いくせに戦闘するからよっ。・・・はいっ、アイスブレイカーっ!」
軽い声でスペル呪文を唱えて発動させるリフィル。その早口と発動の早さに、オレは感心して見ていた。
っていうか…アイスブレイカー?
「リフィル?なんでリカバリじゃねぇの?」
思わずオレが問い掛けると、リフィルは当然といった顔でこう言ってみせた。
「体の外は普通なのに、触ったらかっちこっちに冷たいんだもん。
どう考えても何かのスペルで体の中が氷結してるだろうと思って、まず氷結解除したのよ。
凍りついた状態のまんま、体の中を活性化させても無駄だからねぇ。」
「へぇ…そうなんだ…」
「そうなのよ〜、多分今、ルセル、アイスブレイカーで氷結解除って言っても、
かっちこっちの体を中から壊したようなもんだから、痛みで口開けないでしょうがねぇ〜」
「へ?」
よく見てみると、ルセルは顔を枕へと伏せている。
「・・・ルセル・・・むちゃくちゃ痛い?」
「・・・」
ルセルは枕に突っ伏したまま、顔を何度も上下に動かしている。
・・・痛いんだ・・・。
「ごめん…」
思わず、オレは謝っていた。
もうちょっとオレに力があれば…もうちょっといろんなスペルを使えるようになっていたら…
今までのほほんと暮らしてきたツケがここで現れている…そうオレは強く感じていた。
「ルロクス、あの−−−」
「姉さまっ、持ってまいりました〜」
勢いよくドアが開き、現れたカラル。リフィルが言いかけた言葉は途切れた。
リフィルはにっこりと笑って『ありがとう』と言いながら、持っていた桶を受け取る。
その桶の中にはなみなみとお湯が溜められ、ゆらゆらと布が幾枚か漂っていた。
そっと、ベルイースも部屋に入ってくる。カラルの作業を手伝っていたんだろう。腕まくりをしていた。
「んっとに…戦闘初心者がアイススパイラルの発動した中を無理やりにつっぱしるなんてねぇ。
無茶にもほどがあるわよ」
リフィルがぼやきながら桶をベッドの横に置く。その言葉にオレはすかさず反応した。
「違う。あの魔術師、ルセルの体を触ったまま、スペルを発動させたんだよ。」
そう、違う。あの時、スペリアがルセルの体に手をつけたまま発動させたんだ。
オレの言葉を聞いて、リフィルがすごく怪訝な顔を見せた。
「どういうことよ?もしかして、至近距離発動?!」
オレがこくりと頷くとリフィルが片手を自分の額に当て、考える仕草をした。
「もしそれが本当なら…ルセル、あんた、何を敵にしたのよ。」
言って、桶から布を取り出し、水分を軽く絞ってからルセルを片手で仰向けにさせ、その布を額に置いた。
そしてルセルの着ている服を脱がしだす。
思わずルセルが弱々しく手を動かし、リフィルの手の上に置いた。
「…いくらなんでも女に脱がされるのは…勘弁してくれ」
「そんな状態でも、口だけは達者なのね…」
リフィルが呆れる。
とは言いながらも、ルセル自身で脱ぐのは出来そうに無い。
オレはベッドの前に歩み出ると、そっとルセルの服に手をかけ、上着を脱がした。
「ま、何にしても、厄介なやつを敵に回すなんて、あんたらしくないわ。
何があったのよ?」
「聞いてもリフィルに関係の無い話さ。傷を癒してくれたら帰るから。」
「・・・何言ってるのよ。私が聞きたいのはそういう話じゃないわっ、よっ!」
オレが脱がして肌が剥き出しになったところを狙って、リフィルが絞った布を叩きつける。
『いてっ!』っと声をあげてルセルが睨む。それ以上にリフィルがルセルを睨んだ。
「な・に・が・あったのよ?!私とあなた、知らない仲じゃないんだし、ちょっとくらい教えなさいな?」
「…知らない仲じゃないからいいたくねぇんだよ。理解(わか)れってぇんだ。」
「わかんないわね。教えないって言うんなら、ずっとリカバリかけないわよ。」
「ね、姉さまっ・・・?」
ルセルとリフィルの言い合いに、カラルが心配そうに声をかける。
それも聞こえないかのようにリフィルはルセルをじっと見つめていた。
・・・ルセルが折れるのはすぐのことだった。
「わかったよ。教える、教える。
簡単なことさ。
“おれはリジスに刃向かった。”
それだけのことさ。」
その言葉にリフィルの顔がぴくりと反応した。
そして顔をしかめる。
様子を見てルセルは苦笑いをして見せた。
「だろ?だから言う気は無かったんだよ。
実際、お前もリジスに目をつけられたクチなんだしさ。」
目をつけられた?
「どういうことだよ?」
思わず問い掛けると、リフィルはふぅっとため息をついた。
なんか聞いちゃいけない領域に足を突っ込んだかと思ったとき、カラルの横にいたベルイースが代わりにそっと話し出してくれた。
「ルロクスがルセルさんとどんな風にあったのか知らないけど、
俺が知った限りでは、
ルセルさんはミルレスの町の神官長、リジスに目をつけられててね。
ルセルさん、小さい頃から博識で有名だったらしいんだ。
それに目をつけて、一緒に研究をしないかって、再三に渡って誘いをかけられてた。
ルセルさんはまだ森に住んでいたから、やり過ごすのは何とか出来てたんだけどね。
その当時、リフィルはミルレスの町に住んでた。もちろんおれたちもそうだった。」
「そ。私が目をつけられて、研究を一緒にしないか〜とか嘘っぽいにこにこヘンな笑顔で
毎日毎日言われて、正直、外に出たくもなくなっちゃったのよ。
そんなとき、私とおんなじようにリジスじじぃに迫られてるルセルと出会ってね。
私らもルセルみたいに、森に住めばいいじゃないかってことで、森に住みだしたのよ」
ベルイースの話に続いて、リフィルが話し出す。
…リフィルはリジスに目をつけられたせいでこんな森に…
初めて森でリフィルとベルイースに会ったとき、連れて来られたこの家の場所に違和感を持っていた。
そう、普通ならこんなモンスターが出るような場所に住むのは危険極まりないからだ。
「ま、今の状態が悪いとは全然思ってないからいいけどね〜
森は住みやすいし、モンスターも、もう襲ってこないってことがはっきり分かってるしねっ」
「それはモスに限ってのことだろ…」
ベルイースの突っ込みにリフィルは即反応をして、べしっと頭を張っ叩いた。
そして、ルセルに向かってリカバリをかける。
その様子を見ながら、またベルイースが話し出した。
「明らかにリジスはおかしい。それはあの町に居てはわからなかったことだった。
あんなおかしいヤツと一緒に居たら…多分、やばいと思うんだ。」
「だからおれはリジスの誘いにのらなかっただろ?」
回復をかけられているルセルは幾分ラクになったのだろう、そう発言すると、発言自体が癪に触ったらしい。リフィルさんはごしっとルセルの頭を叩いた。
「回復中は声出さないっ。疲れるでしょ私がっ!」
「あ、姉さまっ私も手伝います〜」
カラルがそっとリフィルの横に寄り添うように立つと、暖かな光を発動させた。リフィルも再びリカバリを発動させる。
そしてしばらく回復の光がルセルを包んだ後、そっと二人は光を放つのを止めた。
処置が完了したってことなんだなと安心するオレ。
全てが終わったとばかりにリフィルがカラルに桶を渡す。カラルはにっこりと笑って『はいっ』と答えると、ルセルの肌にかけられていた布をそっと手に取った。
そしてルセルに向かって『体、いかがですか?軽くなりましたか?』と優しく言った。
ルセルはそおっと起き上がると、手を上にあげ、伸びをする格好を見せる。
「すごいラクになったよ、ありがとう、カラルさん」
「ちょっと、私には感謝の言葉無しなの?」
むうっとした顔を見せていったリフィルの言葉に、ルセルが軽口で『ないっ!』と答えている。
その答えにげんなり顔でため息をつき、リフィルは腰に手を当てて、仁王立ちをしてみせた。
「なぜリジスにたてついて、慣れてもいない戦いを挑んだわけ?
今までま〜〜〜〜ったく相手することなかったあなたが、おかしいわ?」
指摘されたルセルはカラ笑いをすると、自分自身の手を見つめた。そしてこう言う。
「二人の命のためさ。そのために意地張っただけ。」
「命?」
訝しげに問うリフィルに向かって、オレが口を出した。
「今は三人の命を救うためだよ。
ルセルはルゼルとセルカを助けるためにリジスの雇った暗殺者と戦ったんだよ。
ジルコンも戦った。
でも…」
「負けてあなたたち二人は逃げて来れて、
ジルコンさんとルゼルさんと、セルカっていう人はリジスに捕まった…というわけ?
っていうかジルコンさんとルゼルさんがリジスに捕まったの?!」
言って自分で驚くリフィル。
「ジルコンは…どうなったか分からない…けど…」
オレが言葉を濁らせると、ふむっとなにやら考え出した。
「ルセルにリベレーションかけて突撃なら何とかなるかもしれないけど、
ルセルが戦闘になれてないっていうのが難儀よねぇ…
かといってルロクスくんの攻撃一本だけで攻防っていうには辛いだろうし…」
いろいろ考えをめぐらせているリフィルの言葉が痛い。
もうちょっと力があれば…あればあの時、スペリアに強力なスペルをかけて倒すことも出来たかもしれない。
暗殺者ドレイルに隙を与えて、ジルコンが攻撃できるように出来たかもしれない。
オレは思わず目線を下に下げていた。
もう少し…もう少し…力があれば…
思いに耽っているときだった。
「リフィル、俺が二人について行く。だからお前とカラルは家に居ろ、いいな?」
オレの思考を遮るようにそう言ったのは、なんとベルイースだった。