<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第十六話 死を告げる者


デスメッセンジャー。
聞いたことがある。
モンスターがたくさん住むという幻の城に居る、とても強いとされるモンスターのうちの一匹。
…そういえば…前、セルカさんは何かを言っていたはず…
何のことだかよくわからなかったが、あの時、セルカさんが言った言葉の中に“幻の城”という言葉があったように思える。
「でもだからって、なにがなんだかわからねぇよ。
セルカってどうなって、それがなんでデスメッセンジャーなんだよ!」
「そんなことはどうでもいいことだ。」
ルロクスが混乱したように言った問いかけをセルカさんが掃き捨てた。
「それより、ここまで来る際に何かの防御壁があった。
あれはどの人間の技術だ」
咎めるような物言いに、ルセルさんは我に返ったらしい。セルカさんに向かって持っていた緑色の球体が付いた杖を掲げると、にやりと笑って言う。
球体の色が赤と緑ということだけの違いだけで、ルセルさんとセルカさんは同じ杖を携えていた。
「あんな技術、おれにしかできねぇよ。
お前も本当にデスメッセンジャーなのかは知らねぇが、あの結界を力ずくで壊してくるなんて芸当、人間じゃありえない。
つまりお前は人間じゃない。そしてセルカなわけがないって事はわかった。」
セルカさんの目がすいっと細くなる。
ルセルさんの杖に光が灯りだした。
「何故お前がセルカの姿をしてるんだ。
セルカをどこにやった。
セルカはどこにいるんだ!」
「我は知らぬ。
我の姿をこの姿に変えたのは誰だ。
悪戯に我だけを外に出したものは誰だ。」
ルセルさんの問いに、セルカさんも淡々と問い掛ける。
話がかみ合ってなさすぎる。
「ルセルさん、ちょっと待ってください。話を整理しましょう?」
セルカさんの瞳は俺たちを見据えている。
どうしても戦闘態勢を解除できないまま、俺は目線だけをそっと横にずらしてルセルさんを見た。
ルセルさんもこくりと首を縦に振る。
「この目の前に居るのが、デスメッセンジャーだって…本当なんですか?」
「あぁ。多分な。
あの結界を破れるのは上位モンスターか…果ては…神ぐらいだ」
ルセルさんの言葉にセルカさんがくっと鼻で笑った。
その仕草をみてルロクスが神経質に身構える。
「なぁっ、
この目の前に居る人がセルカじゃないんなら、ルゼルにモンスターをけしかけてきたっていうのも納得がつくけどさ。
これから一体どうするわけだよ?」
そう、この状態をどうすればいいのかさっぱりわからない。
的を得ない話ばかり聞いて混乱気味な俺とルロクスの間をそっと割りながら、後方にいたルゼルがふらりと数歩、歩き出てきた。
そしておずおずと声を出す。
「あ、あなたがセルカじゃないのなら…
セルカは…どこにいるのでしょうか…?
何でも良いんです…セルカの手がかりを知っているのなら…教えてください…」
言って、ぺこりと頭を下げた。
そのルゼルの姿を見て、セルカさんの口が動いた。
「私に傷つけられてもなお、お前は私に頭を下げるのか。」
深く冷めた瞳が一瞬やわらぐ。
「セルカという人間がそれほど大切なのか。」
「はい。とても大切です。大切な人なんです。
僕はセルカを探し出す−−−そのためだけに今生きています。」
「だから己の命は重要ではない、と言いたいのか?」
ルゼルの物言いにセルカさんが問い直す。
ルゼルは無言でこくりと頷いた。
「僕とセルカはずっとミルレスの人たちに追われていました。
何にも分からない僕を、セルカが連れ出してくれたんです。
そのセルカという人間が、あなたの姿、顔と全く同じなんです。
だからあなたをずっと探していました。」
「前に、一人で我を−−−私を、追いかけてきたことがあったな。」
ルゼルが『はい』と答えてにっこりと笑った。
「あの時は本当に嬉しかったんです。
居なくなってから、この屋敷を出て、一人で旅をして…
やっとセルカに会うことが出来たって、この屋敷に、ルセルの元に、連れて帰れるんだって、とっても嬉しかった…」
「まるで小さなモンスターのように駆けてくる人間だなと、あの時思った。」
ルゼルがあはははと恥ずかしそうに笑う。
セルカさんは小さく息を吐くと、続けて話し出した。
「お前が話す話は、私には身に覚えのない話だ。
私はセルカではない。先ほどその男が言っていた、“デスメッセンジャー”という名で呼ばれる者だ。
そして、私の姿はこの人間のような姿ではない。」
セルカさんの顔に表情が消えた。
そしてぞっとするような怖さを漂わせてルゼルに問い掛ける。
「人間達が私に何か仕組んだのだろう?」
「僕は…知りません…」
ルゼルが頭を振る。
俺たちにも目線を向けられたが、頭を振るくらいしか出来なかった。
ルセルさんも深く首を横に振っている。
「セルカが居なくなってから、色々な情報を集めまくったが、そんなこと聞いたことがない。
それに、普通の人ができるようなもんじゃないだろう?」
「だから人間がやったわけではないと言うのか?人が持ち得る知識と神が消した知識を兼ね備える者よ。」
セルカさんの言葉に、ルセルさんの体がびくんと反応した。
え…?
「先ほどの防御壁…昔、人間が使っていた魔法を変化させたものだと思うが?」
「そ、それは…」
ルセルさんが言いよどむ。
「我はあの防御壁の力に気づき、ここまできた。私に何かをした者を探し出す。
必要以上な力を我等に向かって悪戯に利用するような人間を生かしておくわけにはいかない。
お前が私をこんな姿にしたのではないのか?」
「それは断じて違う!!」
問いただすセルカさんの言葉を、ルセルさんは必死になって否定する。
「おれが普通の人より知識があるのは…曲げ様のない事実だ。
だが、モンスターの姿を人の姿にするような知識や魔法は知らない。
この世界に、おれ以上の知識を持つものは…多分居ないはず−−−」
「そう、だから欲しかったんだがね。ルセルくんの知識を。」
その声は、この場所に居る5人の声とは全く違うものだった。