<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第五章 ミルレスの町の神官



第十一話 心の鍛錬(没版)
アスガルド仕様変更(モンクヒット消滅)前に書いていた部分・・・


「…ルロクス…お前…覚え悪いな。」
「悪かったなっ!」
昼を過ぎて、幾分のんびりとした気分の頃、ルセルさんとルロクスとの言い争いの声が聞こえた。
俺からは木々に阻まれて見えないが、思わず声の先を見てしまった。
午後から修行をするぞと言われ、俺とルロクスとルゼルの3人は外に出ていた。
俺が真っ先に言われたことは『薪割りをやっておいてくれないかな』というお願いだった。
修行の一環なのか何なのか分からないが、とりあえず頼まれた薪割りをしに家の右側に行ったのだが…この感じだとルロクスは玄関あたりに居るかな。
「スオミの町と言えば魔術士の町だ。
それなのにそこの出身ともあろうやつが、なんでこんなに覚え悪いんだ……?
師匠とか居なかったのか?」
ルセルさんの不思議そうに言う声が聞こえる。
「居たぜ?師匠。」
「こんな順番ばらばらに覚えさせて…その師匠はどんなやつだよ!」
「ん?ん〜…学校の先生。」
なぜか会話がそこで途切れる。
…どうしたんだろう…?
耳を澄ましていると、突然、ルセルさんの大きな声が、森中に響いた。
「お前が勝手に変な風に覚えたんじゃないかっ!!」
「だってっ!覚えにくいの、イヤじゃん!」
あぁ、そっか…ルロクスの師匠って事実上居ないんじゃないか…
俺は心の中で突っ込みを入れた。
師匠を取るという訓練の仕方ではなく、学校というものがある。
大きな街などでは学園とか言うらしいその場所は、大人数の生徒を一人の先生が受け持ち、
みんな一緒に同じスペルやスキルを習うらしい。
俺は物心ついたときから師匠になってくれる人を見つけたし、その人の下で修行をしていたから、噂話的なことしか知らないが、
学校では一般的な知識と技を習うらしく、もっと探求していこうという人は、卒業した後、師匠を見つけるのだそうだ。
師匠になってくれる人も、基礎知識を覚えている弟子を持つのは楽らしく、師匠になってくれる人が多いらしいけど。
そんなことを思いながら、俺はルセルさんとルロクスの喧嘩のような話し声に聞き入っていた。
「だからって、覚えなくていいスペルなんて一つもないぞ…
そんなこと言ってると、ず〜っと技少ないまんまだぞ?
もっと覚えたいだろ?スペル」
「う…うん…まあな…」
「なら、この本の、ここからこのとこまでのスペル3つ、習得しとけ。期限は今日中。」
「はあっ!今日中なんて無理に決まってんじゃん!」
「ふ〜ん…いいけどね〜ルゼはそこらへんのスペル、一日で覚えたけどさ〜
ルロクスくんはダメなんだ〜
ふぅ〜ん」
「きょっ…今日中なんだよなっ!オレにだってできるさっ!」
その声を最後に森の中は穏やかで静かな空間に戻った。
…だ…大丈夫かなあ…ルロクス…
思いながらも俺は手を止めず、もくもくと薪を割り続けた。
この薪割り、『技を出さずにこの薪を割ること』とルセルさんに言われた修行の一環なのだ。
それほど難しいことではないんだけれど…
「もうすぐこれ…なくなりそうだなあ…」
とんとんと調子良くやっていたおかげで、薪の大半を割り終え、40本ほどあった薪が、残り4,5本になっていた。
全部終わったらルセルさんに報告しに行けばいいかな。
そう思っていると、近づいてくる人の声がした。
「あ〜ぁ、ほんとにぃ、ちゃんと覚えてれば次の段階のを覚えさせたのになぁ〜」
見てみるとルセルさんが俺の方へ向かって歩いてきているのが見える。
こきこきと首を左右に揺らし、腕をくるくると回して、ルセルさんは俺の側まで歩み寄った。
そして置かれているあと数本の薪を見て感嘆の声を漏らす。
「お〜ぉ
あの時間でこれだけ出来てるとは思わなかった。すごいなぁ〜」
俺が『そ、そうですか?』と言いかけたとき、ルセルさんは−−−
「と、言いたいとこだけど、」
と話を続けた。
「ジルコンくん、意外と精神集中が出来てないねぇ」
「え?」
「割れてる場所が真ん中からじゃない。つまりは真ん中に拳が当たってない。
まあ、技を使わずに短時間でこれだけ割ってるあたりはなかなか凄いなとは思うけど、
おれはそれを見たかったわけじゃないんだよなあ〜」
言うとルセルさんはまだ割られていない薪を引き寄せ、今まで俺が薪を叩いて割っていた場所にぽんと置いた。そしてにっこりと笑う。
叩き割れってことか。
俺は力と、そして精神を集中させて、ルセルさんが見たいと言った“薪の中心に拳を当てる”ように意識させて―――
「はっ!」
自分でも見事と思うような場所に拳が入り、薪はぺしっという軽い音をさせて割れ落ちた。
「お〜お見事っ!」
ルセルさんが軽い足取りで近寄り、割れた薪を手にする。そして一言。
「しっかり集中しないと駄目って感じだねぇ?まあとりあえずは合格。
だっけっどっ」
割れた薪を振りつつ、続ける。
「ルロクスくんと同じように、君も今日中に技を習得してもらう。
まあ君の場合はひとつだけだけどね」
「技?」
「そうだよ?昨日言ったじゃないか、俺が鍛えてやるって」
「え…でも俺、魔術士でも聖職者でもないんですけど…」
「大丈夫。ちゃんと修道士の技の知識、全部あるから」
「ぜ、全部ですか」
「もっちろん」
ルセルさんは
くいっと胸を張って答える。
得意気に話すその話は、偽りなんか全く無いようだった。
聖職者である人が全ての職の技を知っているってこと…?
「おれ、博識だから。だからリジスみたいなやつが利用したがってちょっかいかけてくるんだよなあ」
『困ったもんだぜ』と笑う。
「ってことだから、おとなしくおれの言うこと聞け。
聞かなかったら、この杖の先で刺す。」
薪を持っている手とは反対の手には緑色の大きな珠がついた杖を握り締めている。
「わ、わかりました」
その圧力に負けて、俺は素直に首を縦に振った。
「で、でも、俺は何を覚えるんですか?」
ルロクスみたいにあべこべな覚え方しているわけでもないから、今俺が覚えている技より上の技を教えてもらうはずだろうけど、ルセルさんは俺がどれだけの技を覚えているか知らないだろうし、俺も今現在覚えているものより上のスキルは知らない。
俺がそう問い掛けるとルセルさんは空を見上げて『ん〜』と唸ると、人差し指を立てながらこう言った。
「さっきの様子を見ると−−−君は今現在、モンクヒットというスキルは覚えてない。
だろ?」
指摘されて、驚いた。
え…?!
「どうしてモンクヒットを覚えてないっていうんですか?」
実際に俺はモンクヒットという技は覚えていない。しかもモンクヒットっていう名前だけは知っているけれど、どんな技なのか、修道士の俺ですら知らない。
…まぁ…俺の師匠は教える時期になったら、短期間で叩き込むように教えてくれるけど…
でも、どうしてルセルさんはすぐにモンクヒットを覚えていないって見抜けたんだ…?
不思議な顔をしてルセルさんを見るとルセルさんは俺の右腕を指差し、『技だよ』と指摘した。
「結構ね、技って、使うなと言われても無意識に使っちゃうもんなんだよ。
ジルコンくん、さっき、拳が薪に命中させたとき、無駄な力使ってるみたいだった。
モンクヒットは無駄な力を使って敵を倒すのではなく、一発必中型の技を難なく繰り出すってこと。
モンクヒットを覚えて経験を積んでいるなら、ただ一つの的に対して、
無意識にそのスキルを使っちゃうはずだからねぇ」
にっこり笑って自信満々に言うルセルさんに俺は素直に尊敬した。
少しの行動だけを見て、こんなに推測できるなんて…
「驚いただろ〜。おれが各職の全スキルスペル覚えてるって、信じれただろ〜?」
俺が首を縦に振る。その行動を見て満足そうに『うんうん』と言ってから、ルセルさんは自分の肩にかけているバックから本を一冊取り出した。それをほいっとばかりに俺に手渡す。
「これを今日中に読破、習得してね。
とはいっても君のことだから、たぶん半日で出来るようになるだろうけど」
え…?モンクヒットって、そんなに簡単な技なのか?
俺が渡された本をまじまじ見ていると、ルセルさんは『大丈夫大丈夫』と言って笑う。
「あと、これは技が習得出来たら開けて中身見ていいから」
『おまけだよ』と言われて、渡されたのは手紙。
「君にとって良いことが書いてあるはずだから。
ちなみにルロクスくんにも渡そうかと思ったんだけど、
習得したときには、すでに手紙が無駄な物体になっちゃってるだろうと思って渡さなかった。」
『2つは属性おんなじだとはいえ、3つのスペル覚えるんだから、夕方まで掛かるだろうし』とけらけら笑う。
…どんな内容が書かれてるんだろう…
「それじゃ、まずは読破して、技、練習しろよ〜」
「え?あっ、あのっ!技を覚えるのを見てるわけじゃないんですか?!」
ふいっと立ち去ろうとしたルセルさんを引き止め、俺は慌ててそう言った。するとルセルさんは『もちろん』と一言言う。
「ジルコンくんの場合は覚えるのを見てても仕方ないだろう?
おれは修道士の実践を知っているわけじゃない。
あくまで知識だから。
逆に魔術師の方は何となくアドバイスできそうだから、ルロクスくんの所に立ち寄ってみるよ。
ルロクスくんが早く終わるようだったら、手紙の内容を伝えてあげないと」
『フェアじゃないしね』と笑う。
ふぇあって何?
どういう意味だろう…
言葉の意味がわからなくって俺が不思議そうな顔をしていると、ルセルさんは『それじゃっ』と軽く言って、ルロクスが居るだろう森へと歩いて行ってしまった。
…とにかく。
「本、読むか…」
今まで薪を置いていた石の上に座った俺は、ぱらりと本を開いた。本の分厚さはそれほどでもない。
よく見てみるとその本の文章中にメモのように注意点やらなんやらがたくさん掛かれていた。
あるところには一枚の紙が挟んである。明らかにそれは内容をまとめてあるものだった。
「これって…ルセルさんがまとめてくれたもの…とか?」
目の前にルセルさんがいるわけでもないのに問い掛ける俺。
的確にまとめてあるそれに目を通し、本の内容にも目を通す。
「急所…そうか…うんうん…」
一人で呟き、一人で納得して、ぱらぱらと本をめくり、頭の中に吸収していく。
その本はとても興味深いものだった。
人や魔物の違い。そして生き物の急所、ものの中心点と言うものはどういうものなのか。
様々な知識がこの本には書かれていた。
その知識の積み重ねの上に、モンクヒットがあるのだと知る。
…今まで…こんな風に、理論的に…技を覚えたこと…ないような気がする…
サラセンに居るだろう師匠との修行の日々を思い出し、苦笑いを浮かべた。
あぁいかんいかん。本に集中しないと。
この手紙、気になるし…
ルセルさんから貰った手紙をちらりと見やった後、俺は再び本へと意識を戻した。