<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第四章 ディグバンカー前の出来事



第四話 うまいものには罠がある


「焼けった〜!お〜し、いただきま〜っす」
ルロクスが喜びながら言うと、ラズベリルと一緒に焼きあがった串焼き肉に齧り付いた。
そんな様子を見ながら、自分の分をしっかり確保しているルゼルは、あちちっと言いながら串焼き肉を頬張っている。
俺も再び肉を焼こうと、リフィルさん特製調味料のビンを手にした、そのときだった。
ルゥが異変に気がついたのだ。
「あねさん?どしたんだ?」
ルゥの不思議そうな声に気が付いて俺が見やった時には、ラズベリルの体がぐらりと傾いでいく途中だった。
「わっ、ちょっ、ラズベリルさん?!」
焚き火に向かって傾いだラズベリルの体をルゼルが慌てて支える。
焚き火の火にあたってしまう間一髪のところでラズベリルの体を止めることが出来たルゼルだったが、ずっとその体制では支えられなかったらしく、一生懸命といったようにラズベリルの体を焚き火から離して大地に寝転がらせた。
「ど、どうかしたのか?ラズベリ…っておい?ルロクス?!」
今度は俺の隣に居たルロクスが倒れる。
まるでぱったりといった感じで大地に体を委ねていた。
「おい?ルロクス?!」
俺の声に反応しようとするルロクスだがうまく言葉に出ないらしい。
ぱくぱくと口を動かしてはいるが声になっていない。
意識はしっかりしているからまだいいんだろうが…一体どうしたんだ?
「じ、ジルさん…」
ルゼルが困惑した声で俺の名を呼ぶ。俺もなぜこうなったのかわからないものだから、顔をしかめるくらいしかできない。
「肉を食べすぎたのか…?」
ルロクスに問い掛けるとルロクスの首がわずかに横に動いた。
ん?違うっていうことか?
「あねさん…欲張り過ぎるから…」
呆れた声でルゥが言うと、ラズベリルの体がわずかに動く。
ラズベリルも『肉無茶食い説』を否定しているみたいだけど…
ミーが心配そうにラズベリルの上をふわふわ飛び回りながら、“だいじょうぶ?ラズ”と書いた看板をラズベリルに見せている。
肉の食い過ぎじゃなかったら、他に何が??
倒れ込んだ二人を寝かせた後、原因について頭をひねって考えてみたが、肉のことくらいしか思いつかない。
「肉って言ってもその肉、ルアスのお姫様からもらったものだったよな?」
「えぇ、多分、普通に売ってるノカン肉より質の良いものだと思いますよ。
とってもおいしいですし。」
「だよなぁ…それなのにどうして二人が倒れるんだ…?」
俺たちはルアスから出る際にルアスのお姫様、ファシルマーナ姫に大量の食べ物や薬、酒を貰っていた。
無論、ルアスの街を出てからここまで旅をしてきた間、その頂いた果物や肉、薬や酒を消費してきた。
「……っ…」
ルロクスが辛うじてといった動きで手を動かし、ある物を指差し、ぱたりとその手は力尽きて地面に投げ出された。ルロクスが指差した物…そ、それって…
「リフィルさんの…調味料……」
ルロクスが指差したのはリフィルさんからもらった特製調味料のビンだった。
「でも、その調味料、俺たちも使ってたが…?」
俺たちも今までその調味料で肉を食べていた。それを考えると、調味料を使って食べていた俺たちも倒れていいようなものなんだが…
今現在、俺とルゼルの体には何だ変化もない。
「ルロクス?倒れた原因はその調味料なの?」
ルゼルが問掛けると、ラズベリルの体が動く。指で何か文字を書こうとしているようだ…。
ミーがそれに気付いて、自分が持っていた看板とペンをそっと差し出す。だが
そのペンを持つのも必死なようだ…ミーに看板を持ってもらったまま、文字を書き始める。何度も途中でぱたりと力尽きる。
「お、おい…大丈夫か…」
ただ見守るくらいしか出来ない俺とルゼルはじっと文字が書き上がるのを待った。
そして、出来上がった文字にはこう書かれていた。
“ちょうみりょう どく たいりょうにたべるとこうなるみたい”
ミーが書く文字よりも見にくいその文字…最後に書いてある“い”なんか、もう“り”になってさえいる。
いや、そんなことより、文章の内容の方だ。
「どっ、毒っ?」
ラズベリルの書いた文字を読んだルゼルが驚きの声を漏らした。そしてビンをまじまじと見やる。
俺もその調味料が毒だとは思えない…と思ったけれど…言われてみると、そういえば…
「この調味料、そういえば少し苦味というかぴりっというか…そんな感じしなかったか?」
ルゼルに問掛けるとルゼルはう〜んと唸ってからこう答えた。
「そう言われてみると…ちょっとぴりりっとしましたねぇ。
でも毒だなんて…」
そう言ってルゼルがビンを傾けながら見ている。
…ん?
「ルゼル、そのビンの底、何か書いてないか?」
うっすらと何か影が見えたような気がして、俺はルゼルの持っていたビンの底を指摘する。
「え?裏?」
そう言って疑問顔で俺の言葉の通り、ビンをひっくり返して底を見た。
「…っ…うそ…」
ルゼルが信じられないといった声を漏らす。
…俺も、そこに書いてあった言葉を見て、ぞっとした。
ビンの底にはこう書かれていたのだ。
『原材料は秘密w
 でもお肉に大量にふりかけるとキケンだから、たくさんかけないでねw
 死ぬかもヨ                  リフィル』
・・・・・・。
「キケン…?」
「キケン……」
ビンと倒れた二人を見やり−−−
「この二人、どうしようか…」
ルロクスとラズベリルを見やりながら俺が呟くと、ルゼルが困った顔をしてカバンの中を探る。
そしてやっぱりすまなそうな顔をして、ルロクスとラズベリルに言う。
「ごめんね…解毒剤…持ってないんだよ…」
「ということは…しばらく我慢してなきゃなあ…」
俺が苦笑いをすると、ミーが俺とルゼルに看板を見せる。
“いつまでがまん?”という文字を見て俺たちはさらに苦笑いをした。
いつまでって…
「毒が抜けるまでずっと…かな…」
ルゼルがそう答えると、ルゥが、
「うげっ、辛そ〜だな…でもま、あねさん、がんばれ〜」
と軽い口調ではやし立てる。
傍でミーが“がんば”と書かれた看板を持ったまま、ふわふわと飛んでいる。
「でもこの毒…いつ抜けるんだろうなぁ……」
「…果てしないですね…」
俺とルゼルはどうしようもないものだから、ただ倒れた二人を見ているだけしか出来なかった。

いつのまにか、二人が力尽きたように動かなくなったのは言うまでも無い…