<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第四章 ディグバンカー前の出来事



第三話 盗賊の少女


このディグバンカーというダンジョンの入り口には自分たちしかいないなんて思い込んでいた俺たちは、思わずびっくりして声の方向を見やった。
するとそこには、仁王立ちした少女がいた。
格好を見ると少女は多分盗賊だろう。
茶色のマフラーを巻き、腰には少し大振りのナイフ。身軽な服装。
少女は、少し眉を引きつらせて俺たちを見る。
いや、少しと言うか、あの表情はむかついてるのか…?
「な、何か用か?」
ルロクスが盗賊の少女に不思議そうに尋ねた。
すると、盗賊の少女は息をすぅ〜〜っと吸って−−−
「あなた達!そこの肉を渡しなさい!さもないと痛い目にあわすわよ!」
・・・。
「なんだ、物取りか」
くるりと背を向けて、再び肉に食い入るルロクス。
その反応に腹を立てたのか、盗賊の少女は握り拳を作っている。
「聞こえないの!?そこの肉を渡しなさい!」
「そういえば、 お肉にはこれだ!っていう調味料もらいましたよ〜?
 りふぃるさんが作ったそうです〜
 かけてみます?」
と言いながら、目の前に居る盗賊の少女なんか居ないかのように、ルゼルが振る舞う。
「お〜かけちゃってかけちゃって。
 調味料かあ〜野宿んときっていつも味付けてないからなあ〜
 肉の味しかしねぇんだよな〜」
「素材の味が生きてるって言ってくれると嬉しいんだけど〜」
「ちょっと!人の話、聞きなさいよっ!その肉を渡しなさいって言ってんのよ!」
剣先を俺たちの方に向けながら、盗賊の少女が騒いだ。
…二人とも、無視する気だな…
「ちょっと〜!!」
腹に据えかねたらしい。盗賊の少女はあからさまにむぅっとした顔を見せると、自分の後方を向き、叫んだ。
「ルゥっ!ミーっ!こいつらに私達の強さを見せるわよっ!」
その声に現れたのはなんと−−−
「ぽ、ポン?」
今まで少女を無視しまくっていたルロクスが、驚きの声を上げる。
現れたのは二匹のポンだったのだ。しかも−−−
「なぁ、あねさん、人の食事を盗ろうとするのって、悲しくねぇ?」
ポンが…しゃべった??
「いっ、いまっ!ポンが…しゃべったよな?!」
ルロクスが騒ぎまくると、張本人のポンは胸を少し張るような仕草をする。
「俺は頭のいいポンだからな〜しゃべることが出来るんだぜ」
横にいたポンがおずおずと何かを手に持って俺たちに見えるように掲げた。
“ミー ルゥより あたまいいもん”
いびつな文字ではあったが、人間の文字で書かれているその文章。
それを見て、ルゼルが反応を示した。
「あっ!ミー!」
ポンが一生懸命、手に持っているものに再び文字を書き始める。
…あれって…看板だよな…
ポンは看板を書き終えたらしく、ひょいっと掲げる。
“こんにちわ るぜる”
「ルゼル、知り合いなのか?」
「えぇ、ミーとはちょっとだけ一緒に旅したことがあるんです。」
“るあすのもり いっしょにあるいた 
 あのとき ミー がんばった”
「うん、あの時は本当にありがとう」
嬉しそうに、にこにこ笑うルゼル。
ポンのほうも宙でくるりと円を描くように飛んでいた。
それにしても、人の話を理解出来て、しかも人語を話したり文字を書いたりするポンだなんて…俺は知らない。
「ミーの探していた大切にしてくれる人は、その人なの?」
「な、なにさっ?」
急に自分の話になったことで、後退さる盗賊の少女。
ミーと呼ばれているポンが看板を掲げる。
“たいせつにしてくれるひと ラズ”
「ラズ?」
「あたいの名前よ。ラズベリルっていうの」
「そうなんですか。僕はルゼルって言います。はじめまして。
ルアスの森の時に、ミーにお世話になったんです」
『よろしく』と手を差し出すルゼル。ラズベリルと名乗った盗賊の少女はおずおずと、出された手に自分の手を重ねた。
それが嬉しかったのか、ミーが二人の周りをくるくる飛び回りだす。
「ルアスの森っていうと…ミーがはぐれたときのことか?」
ミーが飛んでいる場所を遮って、ルゥというポンがミーに尋ねる。ミーは頷くように上下に飛び、再び二人の間をくるくる飛び回る。
俺も挨拶くらいしておこうとラズベリルに近づくと、ラズベリルは何を思ったのか、攻撃の構えを見せる。
「?」
思わずラズベリルを見やると、ラズベリルは俺が何もしてこないと言うことがわかったのか、体制を元に戻した。
…なんか驚かせたのか…?
「すまん、驚かせたか?俺はジルコン。よろしく。」
俺が素直に謝り、自己紹介をすると、ラズベリルは『なっ、なにさっ!』という言葉と共にこう言った。
「なんかぬぼ〜っと来るから、何かと思ったんじゃないのっ!」
……。
差し出した自分の手は、ラズベリルの手を握ることなく、力尽き落ちる。
「おーいジルコン?今の言葉、直撃だったのか〜?」
のんきにルロクスが聞く。
…ぬぼ〜って…
…今までしゃべってなかったから、突然動いたと言われてもしょうがないけどさ…
…でもぬぼ〜っていう表現は…
…背なんか平均身長よりちょっと高いかなってくらいで、背の高いやつなんてごろごろいるのに…
俺がさめざめと心の中で泣いていると、何時の間にきたのやら、ミーが横にふわふわと浮いていた。
ぽんぽんと俺の肩を叩いた後、看板を見せる。
“よろしく じろこん”
「じろこんじゃなくってジルコンだよ。『る』が『ろ』になってる」
思わず指摘する俺。
ミーはすぐに修正して、俺に見せる。
うん、じるこんに直ってる。
「んでさ、それはいいんだけど」
ラズベリルが言い出した。
「その肉、渡しなさいって言ってるんだけど。あたい」
「それじゃあ、一緒に食べましょうか?まだお肉ありますし」
そう言って、焚き火の場所へ戻るルゼル。
物取りなら何か対処しようかと思ったが、ルゼルの知り合いが居るようだし、肉はまだまだあるし、構わないだろう。
俺も焚き火の場所まで戻り、ルゼルから受け取った肉を炙り焼き始めた。
ちなみにルロクスは今の今まで、ずっと肉の監視をし続けていたから、一歩も動いていなかったりする。
…ヘンな執念を持っているなぁ…ルロクスって…
「はいっ、どうぞ」
ルゼルから肉を受け渡されたラズベリルは、こんな状況になるとは思ってなかったらしい。
『え〜っと…まぁいいや!』というと、早速受け取った肉を炙り焼く。
「ミーとルゥにはこっちのほうがいいよね」
そう言ってルゼルが2匹に差し出したのは、水のビン2本だった。
それを見て喜ぶ2匹。
「おっ!助かる〜!ありがとうなっ」
嬉しそうにビンを手に取り、御礼を言うルゥ。
ポンが話をするなんていうのは凄い違和感を感じるが、それは否めないことだろう。
「へぇ〜しゃべるポンって初めて見たぜ〜」
そう言ってルロクスがじっとルゥとミーを見ていると、ルゥがその視線に気づき、嫌そうな顔をした。
あ…ポンの表情見るの、初めてだ…とか思っていると、ルゥから鋭い指摘が飛び出す。
「なぁ、俺ってさ、見世物じゃないんだけど?」
「ん〜、見世物って言う風に見てねぇんだけど…なんて言うんだろ…
ふつ〜にすげーなーって思ってさ。
今のお前ってさ、俺がポン語をしゃべるくらい、凄いんだぜ?」
『俺、ポン語なんて知らねぇし、きっと無理だって諦めるだろうけどなぁ〜』と言ってルロクスが肉を刺していた串の棒を片手に持って、ぶんぶんと興奮気味に振る。
「だからすげぇんだよ、お前」
ヒーローを見るような目でルゥを見るルロクス。
そんな風な扱いをされたことがなかったらしい。ルゥは『て、照れるなぁ』とばかりに頭を掻いている。
そう言えば、ルアスで騎士の一団を見たときにもこんな目をしてたなぁ。
もうそろそろ、俺の串焼き肉、焼けたかな?
もういい頃合いだと思い、食べようと串焼き肉を取ろうとすると−−−
無い…?
「あっ、ごめ〜ん、あんたのだったの?」
そう言ったのはラズベリルだった。
手には串焼き肉の棒を一本、食べてる途中の串焼肉一本…
俺の…肉…
「ジルさん、これ、どうぞ〜」
余分に焼いてあったらしい串焼き肉を差し出すルゼル。
ありがたく受け取って、それに齧り付く俺。
ん〜うまいっ!
今日の串焼肉はいつもよりうまかった。
「リフィルのくれた調味料、うまいなぁ…」
ルロクスがうんうんと頷いて言いながら、肉を頬張る。
「あぁ、ほんとにこれ、うまいなぁ」
「ですねぇ、どんな香辛料が入ってるのかなぁ。凄く美味しいです。」
俺が呟くとルゼルがそう答え、リフィルさんからもらったらしい調味料の入ったボトルを傾ける。
するとルロクスが『それ、オレに貸して!』と言って、ルゼルの手からリフィルさん特製調味料を奪った。
それから、ちゃっかりすでに炙り焼き始めていた自分の串焼き肉にふりかける。
あぁあぁ、むちゃくちゃにふりかけて…
「そんなにかけて大丈夫か?塩辛くなるぞ?」
「へーきへーき」
「あっ、あたいにも貸してっ」
俺の忠告も聞かず、今度はラズベリルがリフィルさん特製調味料を奪い取る。
そしてふりかける。
あぁぁ…この調子だとすぐになくなっちゃいそうだな…調味料…
「さぁってぇ〜焼けないかなぁ〜っ」
「あたいのために焼けろぉ〜焼けろぉ〜」
そんな仕草をしている二人を見て『…なんか…ラズベリルとルロクス…似てる…』とか思ってしまったのは俺だけじゃなかったはずだ…。
焼ける肉と嬉しそうな声とで、ディグバンカーの入り口は少しだけ活気付いていた。