<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第四章 ディグバンカー前の出来事



第一話 雨宿り


ぽっ、ぽつぽつぽつっ・・・・
「あ、雨だ」
一番最初に気づいたのは、先頭を走っていたルロクスだった。
立ち止まり、空を見上げ、雨粒を手のひらで確認している。
「ほんとですね。雨だ…」
ルロクスを追っていたルゼルも立ち止まり、『さっきまで天気よかったのに』と呟きながら空を見上げる。
「なぁ、雨具持ってないか?」
不思議そうにルロクスがルゼルに聞く。大抵、何かあればすぐに行動するルゼルが何もしないのを疑問に思ったのだろう。
ルゼルはそのルロクスの問いに、バックを開けることなく言った。
「すみません…持ってないです」
「ええっ?
…ジルコンは?持ってねぇの?」
「あぁ。いつも木陰で雨宿りしていたからなぁ…」
「そんなぁっ!俺たち雨にぬれちゃうじゃねぇか〜」
ルロクスが降り来る雨に頭を庇いながら歩く。
ルゼルと俺の二人旅の時、雨に降られても木陰で雨をやり過ごしたり、近くの家の軒先を借りたりしていたから、雨具と言うものを持ち合わせることなく過ごすことが出来ていた。
だが、今日の雨は大降りになりそうな予感がする。
木陰で雨宿りをしたとしても、木の葉が雨粒を捕まえて落ちてこない間はいいが、雨が強くなればかえって雨粒が大きくなって俺たちの頭上に落ちてくることになってしまう。
どうしようかとルゼルを見やれば、ルゼルは地図を眺めながら、『うん』と一言、言うと、
「近くにディグバンカーというダンジョンがあります。
そこの入り口で雨宿りしましょうか?」
と、提案をする。それに難色を現したのはなんとルロクスだった。
「ダンジョンの入り口って…危なくないのか?」
ダンジョンと聞けば、モンスターがたむろう場所。そう思って当然だ。
でも−−−
「ダンジョンの中には居ますけど、入り口にはモンスターは居ませんし、大丈夫ですよ。
雨宿りもできますし、モンスターを気にすることなく火も焚けますし、眠ったって安全ですから」
「…また野宿かよ…」
ルゼルの話の内容が野宿ということ気づいて、げんなりとした表情を見せる。
「雨がやまなきゃミルレスの町まで濡れて行かなきゃならなくなるぞ?ルロクス」
俺は思わず人差し指を立てて、諭す。
だが、濡れるのが相当嫌だったらしい。
「…そんなん、ぜって〜ヤだ…」
と、さらにげんなりした顔で言うルロクス。
「仕方ねぇっか…そのディグバンカーとかいうダンジョンに行って雨宿りしようぜ。」
何とかルロクスを言い包めたな…。
このままミルレスの町まで走って行かないといけないのかと内心ひやひやしたが、ルロクスが行く気になってくれたからよかった…
ルロクスの気の変わらないうちに俺たちは、そのディグバンカーというダンジョンの入り口に向かって歩き出した。
俺が先頭を歩き出すと、後方の方で声がする。
振り向いて見てみると、ルゼルが不意に−−−
「はいっ、ルロクス」
「えっ?」
ルゼルが自分が被っていた白い帽子を取り、ルロクスの頭へとぽんと被らせていたのだ。
突然のことで思わずびっくりし、おずおずとルロクスが尋ねる。
「い、いいのかよ?」
「ルロクスって、身だしなみいつも気にかけてるし、髪、ぬれたくないんだろうなって。
だから貸してあげるよ」
「あっ!ありがと〜〜〜!」
ルゼルの帽子を深く被って、ルロクスは満面の笑みで御礼を言うと、嬉しそうに走り出した。
「さぁさぁ、いこうぜ〜〜!」
「おいっ、そんなに急ぐとこけるぞっ!」
「大丈夫だって!」
帽子を被れてよほど嬉しかったのか、雨の中だというのに浮き足立って走り出すルロクス。
俺が制しても、走る早さは変わらない。
「全く…」
「良いじゃないですか、行きましょ?ジルさん」
ルロクスにつられたのか、ルゼルもルロクスの後を追って走り出した。しかも、しっかりと俺の腕を掴んで。
「うわっ!おいっ!ルゼルっ?!」
転びそうになりながらも引っ張られているから、俺も走らざる終えない。
そんな俺を見て、ルゼルはとても嬉しそうに笑っていた。


「やっとついた〜っ」
ルロクスが大声で騒いだ。
俺たちは雨宿りのために、ディグバンカーというダンジョンの入り口にたどり着いた。
この入り口まで来る為に全力疾走した俺たち。
幸い、道すがらにモンスターは現れなかった。
モンスターも雨宿りや、巣にでも帰ったか…何にしても思わぬ時間を食わずにこの入り口まで来ることができた。
ディグバンカーのダンジョン入り口…日が差さないため、暗い色の草と苔のような植物が、辺り一面に広がっている。
入り口ではあったが、立派なダンジョンの一部には代わりはないのだと思わせる。
「意外と遠かったな」
やっと着いたという安堵感と少しの疲労感でふうっと息を付き、俺は体についた水滴を払い落とした。
ずいぶん濡れたなぁ。
ルロクスを見やれば、ローブの裾が濡れている。走ったせいで泥まで跳ね上げて、裾に茶色い模様ができていた。
「あ〜も〜っ、雨ってヤだよなぁ〜」
言いながら、自分のローブの裾を絞り、水分を出そうとするルロクス。
それからルゼルから借りた白い羽のついた帽子をたたいて、雨粒を落としていた。
後方ではルゼルが何やらごそごそと作業をしている。
『よしっ!』という声と共に光が現れた。
「焚き火、できましたよ〜」
「お〜!乾かそ!乾かそ!」
ルゼルの声に速攻で焚き火にあたるルロクス。一生懸命、裾のあたりを焚き火で炙っている。
「あんまり近づけると、燃えるぞー」
言いながら俺も火の近くへと寄り、冷えた体を温めるため、濡れたマントや腰当などの防具を外した。
ここはモンスターが出ないから大丈夫だろう。まずは乾かさないとな。
そして俺は、焚き火を点けてくれたルゼルに感謝の言葉を言おうとして−−−
俺の動きは止まってしまった。
自分も雨に濡れたと言うのにルゼルは真っ先に焚き火の準備をしてくれていた。
帽子もルロクスに貸していたために、髪の毛から滴が垂れている…
「?どうかしましたか?」
「え、あ、う、うん、いや、なんでもない」
不自然な俺の受け答えに、不思議そうな顔をして俺を見上げるルゼル。
−−−雨に追われて走ってきたせいで、赤くなっている頬。
−−−いつも帽子を被っているせいで、いつもまじまじと見ることが無かったルゼルの紫の瞳。
−−−服全体が濡れてしまったせいで、体の線が朧げに見えるルゼルの細い体。
・・・・・・。
「ルゼルがどうかしたのか?」
はっ!!
ルロクスにぽんと肩を叩かれて、俺は我に返った。
…何か今…
俺…
ルゼルを…
いろ…
色っぽい…とか…
思わなかったか…?
……。
…………。
「…疲れてんのかな…俺…」
「大丈夫ですか?ジルさん」
バックから取り出した布で自分の顔を拭いていたルゼルが、心配そうに俺を見る。
…あぁ・・・なんか今日は俺、調子悪いみたいだ…
「ちょっと俺、寝るな。」
「えっ?!ちょっと、ほんとに大丈夫ですか?」
「ジルコンが調子悪いなんて初めてだな」
焚き火の横にごろりと横になった俺を心配して、二人が俺の様子を見やる。
そこまで心配させるようなもんじゃないけどさ…
「なんか、目がおかしいみたいだからさ、休めとくために寝ようかと」
「目?色が変に見えるとかですか?」
心底、心配そうに俺に問い掛けるルゼル。
「いや、そうじゃなくって−−−」
いいかけて、やめておいた。
こんなこと言ったら、ルゼルにも、ルロクスにも、変な目で見られること間違い無いだろう…。
ルゼルがかわ−−−いや、もう考えるのもやめよう。
二人に断って、俺は少し寝ることにした。
「しばらくしたら起こしますね」
ルゼルの声はとても優しく、俺の中で響いた。