<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第三章 ミルレスの森のモンスター



第四話 ミルレスの森の伝説


「やっぱ、帰る。」
「こら、一緒に行くのよっ!」
ベルイースさんが後退るとリフィルさんが目ざとく気が付いて、ベルイースさんの首根っこをひん捕まえて、ずるずると元の場所に戻らせていた。
−−−次の日、俺たちは“リフィルさんたちから話を聞いているだけじゃよくわからない。”ということで、実際にどんな状態になるのか、実験してみることにした。
実験−−−そう、リフィルさんを森の中に立たせておくのだ。
ベルイースさんは狙われていると言うわけじゃないらしいのに、リフィルさんの強い意向で、リフィルさんと一緒にベルイースさんも横に並ぶことになった。
「ま、昨日もベルイースがいたのに、あんな量のモスがたむろってたし、
実験に支障ないからいいんじゃねぇの〜〜」
と軽い調子で答えたのはルロクスだった。
その軽い発言のせいで
「あぁ…いやだ…」
ベルさんがぼやく声がこの場所にいても聞こえてくる…
「ちょっと…かわいそうですね…」
俺の横にいるルゼルが、苦笑いをしながらその光景を見ていた。
「でもあんな量のモスにつつかれるの、ヤだろ?」
「ま、まぁなぁ」
思わず俺もそう答えてしまっていた。
あの数のモスは…たとえ一撃の傷が大きいものではないにしても、イヤだ…
「でも、あの場所に二人だけで…いいんでしょうか…」
「大丈夫だって。ヤバかったら走ってあそこまで行けば良いじゃん?」
ルゼルが心配そうに言い、逆にルロクスが楽天的に言った。
そう、俺たちとカラルさんが居る場所はリフィルさんとベルイースさんが居る場所から少し離れた草むらにいるのだ。
草むらに隠れたまま、モスの動きをじっと観察しようということになったのだ。
「いけにえ、ですね。」
「人身御供とも言うな。」
「おいおい、ふたりとも…」
カラルさんがのほほんと言った言葉を、さらにルロクスが増幅しているような…そんな発言を二人でしている。
それを苦笑いで聞いていた俺がふと見やると、辺りをふらふら飛んでいるモスを見つけた。
そのモスはまだ俺たちが隠れていることも、リフィルさんが近くにいることにも気づいていないようだ。
「さて、実験のはじまりだぜ〜?」
何故か嬉しそうに言うルロクス。
「大丈夫かなぁ…」
心配そうにことの成り行きを見守るルゼル。
俺はというと、もしものときのためにいつでも走り出せるよう、見逃さないように二人を見つづけている。
そんな外野の草むら班の状況を知らないリフィルさんは『はぁ〜ベル、ちゃんと守りなさいよ。でないと食事抜きだからね』などとベルイースさんにとって恐いことをさらりと言っている。
二人のそんな話し声に気づいたのか、今までふらふらと飛んでいたモスがふぃっと軌道を変え、二人の下に近づいていく。
そしてぴたっと止まった。
・・・・?
「あっ!もう一匹っ」
カラルさんが小さな声で叫び、その方向を指差した。
そこにはカラルさんの言った通り、一匹のモス。
リフィルさんとベルイースさんの存在に気づいて、ふわふわと近づいていく。
そしてまたもやぴたっと止まった。
・・・・???
「あの二匹…なんで止まってるんだ?」
「さ…さぁ?」
モスは敵を見つけると、なりふり構わず近寄って、べしべしつつくのが普通。
のはずなんだけど…
今現在、目の前に起こっている光景は、俺にはありえない光景にしか見えない。
モスが敵に対して牽制するなんて、一度も見たことも、聞いたことも無い。
「あ、オレ達の方にも来たぜ。」
ちょいちょいとルロクスに突付かれて、その方向を見てみれば、モスがつい〜っと俺達の方へと向かってきている。
もしかしたら、このモスも目の前でぴたっと止まる?
そう思ったのだが、違った。
べち。
「いてっ。」
モスに突付かれた。しかも、何でか俺が…
「普通だよなぁ〜このモス。」
そう言ってルロクスがファイアーボールを数発モスに打ち込む。
小さい声で『森の中で火のスペルはダメだよ〜』とルゼルが軽い口調で指摘するが、そうは言いながらもルゼルの顔色は真剣そのもの。
凄く心配という顔をしてリフィルさんたちを見やっている。
「様子が変ですよね…」
「あぁ。明らかにな」
「僕やっぱりリフィルさんたちの傍にいま−−−」
ルゼルが草むらから出て、リフィルさんの元へ行こうとしたのを引き止めたのは、カラルさんだった。
カラルさんはにっこりと笑ってリフィルさんのいる方向に目を向ける。
「大丈夫です。姉さまは強いですから」
その一言は、その場の誰もが納得するくらいの重みを持っていた。
カラルさんが言うのなら、それは本当のことだろう。
ルゼルが座り込むのを確認してからまたリフィルさんたちの方へ見やると、リフィルさんはモスの存在に気づいて、ぶんぶんと杖を振り回していた。
「やだ〜!やっぱりくるじゃないの!今のうちに何とかしなさい!ベル!」
「そんなこと言われても、俺、一匹一匹しか倒せないぜ?リフィルなら蹴散らせるだろ?!」
「何言ってるのよ!か弱い私がそんなこと出来ないわよ!」
そんなことを言っている間に、モスがどんどんリフィルさんたちの方にたむろい始める。
そのモスの量が数十匹に達した時、さすがに俺はリフィルさんの下に走った。
後からルゼルたちも追ってくる。
「ジルコン!何かこのモス、おかしくねぇか?」
リフィルさんの元に駆けつけ、リフィルさんとベルイースさんを守るように俺がモスの前に立つと、ルロクスがそう言いながら俺の首に巻かれているマントを引っ張った。
「やっぱおかしいぜ?」
俺の返事を待たずにおかしいを連発し、マントをぐいぐいと引っ張る。
「ちょっと待て、苦しいから引っ張るな。」
「だってさ〜おかしいジャン。モスが攻撃しかけてこねぇんだぜ?」
「それは俺も変だって思う。」
でも、モスが何か動きを見せないことには、何もわからない。
今現在、ひとつわかったことは、俺達には普通に攻撃してきていたのに、リフィルさんの近くに来たらぴたっと動きを止めたということだけだ。
…と、そんな時…俺の頭の中で…嫌な想像がひとつ思い浮かんでしまった。
「ジルさん…あの…僕…思ったんですけど…
このモスたち…一斉に飛び掛ってくるような気がするんですけど…」
「俺も今そう思ったよ…」
そしてその攻撃目標は−−−
「ジルさん!モスが動き出しました!」
「ちぃっ!ルゼル、ルロクスっ、補助頼むっ!」
俺は臨戦体制の格好をとり、リフィルさんとベルイースさんを後ろに下がらせた。
四方からモスが来ることを見越して、ルゼルがリフィルさんたちを挟むような場所に立つ。
間にリフィルさんたちがいるが、俺とルゼルは丁度背中合わせのような形になっている。
「モス、来るぜ」
ルロクスがリフィルさんの横で言う。
来る。攻撃される。戦わねば!
そこにいる誰もがそう思ったはずだった。
そう、はずだったのだ。
モスがまたいきなりぴたりと止まるまでは。
「え?え?え?」
突然のことで疑問符を浮かべまくる一同。そしてベルイースさんが状況が把握できず、おろおろしていた。
もちろん俺も状況を把握しきったわけじゃない。ただ、モスがまた止まったってことだけはわかる。
しかもモスが俺たちからあと数センチの距離に囲んでいるという状態だということも。
「な、何が起こったんだ?」
「さ、さぁ…」
「な、なんなのよ!」
「だからわからないんだって!」
一同、混乱状態の中、モスが動く。
羽ばたいていたモスが、大地に降り立ったのだ。
…飛んでないモスを見たのって、初めてだ…
しかも、その場所にいる全てのモスが、大地に落ちるように草地に下りたのだ。
皆、何も言えないままモスの動きを見ていると、ハンマーを持った一匹のモスが俺たちの前にふらふらと飛んできた。
そしてリフィルさんの目の前にぴたりと止まると、ハンマーを持った手で何かごそごそと触っている。
攻撃するのか?と頭で考える余裕もなく、俺がぼお〜っとそのモスの様子を見ていると−−−
「て、手紙?」
モスの小さな手には手紙と思われるような紙切れがあった。そしてそれをリフィルさんに差し出す。
「わ、私に?」
そうだと言わんばかりにリフィルさんの手へとその手紙をぽとりと落とす。
「…よ、読んでみたら?」
「わ、わかってるわよっ」
ベルイースさんが遠慮深げに言うと、リフィルさんが強がりの声をあげながら、手渡された手紙をそっと開いてみる。
−−−そして固まる。
…ど、どうしたんだろう…
ベルイースさんは固まってしまったりフィルさんの手から手紙を抜き取ると、それを広げて、まじまじと手紙を黙読する。
そして、笑った。
「っ…くくくくくっ………」
「え?なに?なに?」
ルロクスがベルイースさんの手にある手紙を覗き見る。
そして、ルロクスも笑い出した。
「…なんだこれ〜っ!っくくくくくくっ……」
二人とも必死に笑いをこらえている。
「??」
俺も気になって、笑い転げているベルイースさんの手から手紙を抜き取り、手紙の内容を見て−−−
「………リフィルさん…あなた…どれだけモスを痛めつけたんですか……」
思わずそう聞きたくなるほどの内容だった。
手紙の中身…それは…白旗宣言というよりも−−−

   “りふぃる あなた つよい。
    われら もう て ださない。だせない。
    りふぃる われらの りーだより つよい。
    りふぃる われらの りーだ なってください。 
    われらの おうさま。
    われらの おうじょさま。
    りふぃる われらのおうじょさま。
    だからもう われら やっつけないで。”

「っ・・・」
「ジルコンさんまで笑うこと無いじゃないのっ!」
「しかたないって、リフィル〜。
こんなの見たら笑うしかないじゃん、なぁ?ルロクス〜」
「っくくくく…腹痛い…っ、モスに気に入られるなんて聞いた事ねぇよっ…くくく」
むぅっとしているリフィルさんとは対照的に笑いまくるベルイースさんとルロクス。
…これって…っく…だめだ。笑ったらいけない…笑ったらいけない…
でも…これは…
「ちょっとっ!ジルコンさんひどいっ!!」
堪え切れずにルゼルの後ろに隠れて笑っている俺に気づき、怒るリフィルさん。
まだよくわかっていないルゼルに俺は手紙を見せる。
「え…皇女様…?リフィルさんはモスの皇女様だったんですか?」
素の発言だったんだろう。ルゼルが不思議そうにリフィルさんに問い掛けていた。
リフィルさんがわなわなと拳を作っているのがわかる…
「ルゼルさん、今のはわざととぼけてるんですか……?」
「え?だって、この手紙…」
「ぷ…プレイアぁあああ〜〜〜!」
「ちょっ!あわわわわっ!」
たくさんのモスがひれ伏す中、リフィルさんの雄たけびのようなスキル発動の声と、逃げ回るルゼルの叫びが森の中にいつまでもいつまでもこだましていた。