<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第三章 ミルレスの森のモンスター



第三話 ミルレスの町の噂


「すみません、用意してもらっちゃって…」
リフィルさんの命令でベルイースさんが俺たち用に毛布やら布団やらを用意していくのを手伝いながら、俺はチャンスを見つけてそうお礼を言った。
するとベルイースさんはにっこりと笑う。
「いいんだよ。こんな森の中を旅していれば、決まって野宿だろうし。野宿は辛いからねぇ。
こういう時は稀だろうし、ゆっくり休んでいってね」
その嬉しい言葉に俺は『ありがとうございます』と言葉を返すと、ベルさんは布団を片手に持ち替え、空いた手の方でちょいちょいと手招きをする。
そして『実はね…』といいながら、声を潜めて話し出した。
「昔、カラルと会う前は俺も旅人でさ、いつも貧乏で貧乏で苦労したからよくわかるんだ。
俺、吟遊詩人だから、歌うたって生計立ててたりしたし。
一攫千金、夢見たよなぁ…」
『この話、知ってるかな』といって話し出したその話は、俺も昔、ちらりとどこかの街で聞いた内容だった。
それは−−−
「ミルレスの町の神官長が出したらしいんだが、指名手配の少女二人がいてさ。
その二人、悪いことしたのか何なのか全然公表されてないんだけど、
その二人を捕まえてミルレスに連れて行けば、莫大な報奨金が出るらしいんだ。
その金額はなんと−−−−−−二人で20億。」
「20億!?」
いつの間に横に来たのやら、ルロクスが話しに参加して、驚きの声を上げた。
その驚きの声に当然だよなぁとばかりにうんうんと頷く。
「しかも!一人だけ連れて来ても10億らしいんだ。すごいだろう?
俺もこの話を聞いて、一攫千金を夢見たんだよ。
俺が挑戦しようとした時にはその手配書が出てもう3年くらい経ってたんだけど、
その当時も、今も、捕まってないらしいよ。」
『旅をしてる間に出会えたらよかったんだけどねぇ』とぼやくような呟きの声を漏らす。
そして最後に一言。
「あの時代は…よかった…」
…毎日が、苦しいんだろうか…ベルイースさん…
「頑張ってるよな、ベルイース…」
「わかってくれるか?ルロクス…」
ベルイースさんとルロクスは持っていた布団をその場に落とすと、お互いの手をがしっと握り合わせた。
…何かが芽生えたらしい…
「…何やってるんですか?」
後から来たルゼルがその様子を見て、心底不思議そうな顔をしていた。


「なぁさ〜
ベルイースが言ってたあの話さ〜
いいと思わねぇ?」
居間を借りて休むことになった俺達は、自分の寝やすいように布団を敷く。
そして一段落ついたときにルロクスがそうしゃべりだしたのだ。
「何が?」
俺がそう問い掛けるとルロクスは『なんだよ!忘れちゃったのかよ〜』と言いながら、話し出した。
「だ・か・ら!ミルレスの町から出た指名手配の少女二人を探して連れてきたら賞金もらえるっていう、あの話だよ〜っ!」
いきいきと話すルロクス。だが俺はその話にあまり興味はなかった。
だってさ−−−
「その少女達が普通の子達なら、きっともう捕まってるはずさ。
今まで見付かってないってことは、その少女達は戦闘能力が高い実力者か、相当の悪人か…
どちらにしても、あれだけの額の報奨金なら、俺達より力も、頭も良いような人たちが挑戦してるだろう?
なのに今まで捕まってないんだから、俺達が挑戦しても無駄だってことだよ。」
「え〜っ!やってみなきゃわかんねーだろーがー!なっ?ルゼル!
…ルゼル?どうした?」
ルロクスの不審そうな声に気づき、俺もルゼルを見やると、ルゼルは顔を俯かせていた。
少し、顔が青ざめているように見える。
夜になって、疲れがどっと出たかな。
魔術師は体力を中心に鍛えているわけじゃないし、あのモスの群れを倒すのに魔力を大量に消耗していただろう。
体の疲れが溜まると熱も出るし、風邪も引く。
ルゼルと出会って、魔術師は結構神経をすり減らして戦う職なんだと知った。
まぁ…ルロクスも同じ魔術師だけど…そうは見えないな…
「ルゼル、もう横になって寝た方がいい。」
「でも、まだ荷物の整理が…」
ルゼルの座っている横側を見やると、少しだけ乱雑に置かれたままの薬のビンが数個。俺はそれらを拾い上げ、バックも自分の下へと引き寄せた。
ちらりと中を見ると、モスと戦ったときに使用したビンとまだ使用していないビンとが混ざって入っているようだった。
ルゼルはいつも、俺たちが使用した薬のビンを夜寝る前に整理し、管理していた。
今日も、布団を敷いた後、整理に取り掛かっていたのは知っていたが…無理してるとは気が付かなかった。
「整理は俺達にまかせて、ルゼルは休んでくれ。疲れたときはお互い様なんだから、な?」
「…すみません」
そう言った後も一向に布団に入る動きを見せないルゼルに業を煮やしたルロクスが半ば強引にルゼルを布団に入れさせる。
「はいはいっ!寝た寝たっ!すぐ寝ないと一生寝たきりにするぞ?」
「…それはやだなぁ」
くすくすと笑ってルゼルが言うと、ルロクスは『そーだろー』と胸を張る。
「だから、寝ろよ?」
「ありがとう、ルロクス。すみません、ジルさん」
「気にしなくていいんだよ」
「そそ。何でもジルコンにやらしとけばいいって」
「おいおい、ルロクスもやれよ?」
「え〜っ!」
しばらくの間、俺とルロクスで軽口を言い合っていた。一通りの軽口を言い終えた後、そっと気づかれないように気をつけながら見やってみると、ルゼルから穏やかな寝息が聞こえていた。
よかった…眠ったんだな、ルゼル。
「いろいろ…抱えてるよな…ルゼルってさ」
ルロクスがルゼルの顔を見つめて、言った。
疲れているのに疲れた素振りを見せようとしないルゼル。今さっきは顔色が悪かったから気づいたけれど、絶対に自分で『疲れた』とは言わなかっただろう。
即寝しちゃうほど疲れていたっていうのに…
「頑張り屋過ぎる…な」
「意地っ張りともいうかもな」
ルゼルの寝顔を見ながら俺が言うと、ルロクスがため息をついて言った。
「俺も結構いじっぱりだと思うけどさ。ルゼルも意地っ張りだよな。」
「まぁ…そうかもな」
俺とルゼルが出会った当初、ルゼルは、旅の連れは今までいないと言っていた。旅をしだしてずっと一人だと言っていた。
そのせいもあって、相手に遠慮や我慢をしてしまうのだろう。
「遠慮なく言ってくれていいのにな…」
思わず俺はそう言って、ルゼルの頭を撫でていた。いつだったか、年の話をしたときにルゼルが「同い年ですね」と嬉しそうに笑ったことがある。
同い年の男の頭を撫でるなんて変なのかもしれないが、ルゼルには思わずやってしまう行為。
ルゼルの、そのもろさがまるでガラスのように見えて、気づけば無意識に年下みたいに扱ってしまっている自分がいる。
「ほんとにルゼルって…なぁ…」
俺が撫でるのをやめると、今度はルロクスがさっき俺がやっていたのと同じようにルゼルの頭を撫でだす。
「どうしてセルカはこんな良いヤツから逃げてるんだろうな…」
撫でながらルロクスがポツリという。その言葉に違和感を覚えた俺はすぐに言葉を返した。
「逃げているというより、忘れてしまってるみたいに俺は見えたけどな」
セルカさんはおそらく、逃げているわけではないだろう。
あのときのセルカさんの様子を見ただけだが、俺にはどうも、今のセルカさんの記憶の中にルゼルが居ないんじゃないか。
何らかの原因によって記憶喪失が起こり、性格が変わってしまっているんじゃないか、そんな気がしてならないのだ。
「記憶喪失の人の記憶を元に戻す…かぁ。
どうすればいいんだろうな?」
ルロクスが言ったその問いかけに、俺は答えることが出来なかった。
「ルアスに言ってもセルカさんに会えなかったし、オレたち…っていうか、ルゼルってば当てがあるようで無いような旅、してるよな」
言いながら、ルロクスはより一層優しい手つきで、穏やかに眠るルゼルの頭を撫でていた。