<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第三章 ミルレスの森のモンスター



第二話 ミルレスの森の家


「私はリフィル・エスターナ。んでこっちが下僕のベルイース・ライラック」
「…ベルイースです…」
さめざめと涙を流すベルイースさんの横で、紹介しているリフィルさん。
ついさっき、モスの大群に囲まれていたベルイースさんとリフィルさんを助けた俺たちは『ぜひ、家に招待!』というリフィルさんの強引さ−−−いや、えっと…熱烈な脅しに押され−−−いやえっと…とにかく、リフィルさんの家に招待されることになった。
「本当は…おれの家なんだって…」
ベルイースさんがぼやく。
ベルイースさんとリフィルさんとは相棒という関係だそうだ。
「家にはカラルっていう私の妹がいるのよ〜ベルと結婚してるの」
「妹さんですか〜ベルイースさん、ご結婚なさってるんですね〜」
ルゼルが笑いながらベルイースさんに話し掛ける。
ベルイースさんはこくりと頷くと、リフィルさんをちらりと見やった後、こう言った。
「夫婦喧嘩しようものなら、リフィルまで一緒に喧嘩に参加するから…いつも2対1…」
「当然でしょう!大事〜〜なだいじ〜〜〜〜な妹と喧嘩なんてするほうがおかしいのよっ!
みんな、ベルが悪いっ!」
うわっ…理不尽だ…
「その嫁さんの方が悪いときもあるんじゃな………えっと…なんでもないです、ハイ」
頭の後ろで腕を組んで歩いていたルロクスが、最後まで言わずに謝る。
…リフィルさんの視線が恐い…
俺たちは、リフィルさんを敵にしたら何があるかわからないと、悟って互いに視線で確認しあった。
“リフィルさんには逆らわないでおこう”と。


ミルレスの森の中。その中の木々に守られたように建っていた家があった。そこがベルイースさんの…いや、リフィルさんの家だった。
木造作りのその家の周りには、何故かモンスターの姿は全くなかった。
「建てた時にはたっくさんモスが寄って来たのよ〜私がプレイアで叩き落としまくってたんだけどね。
いつのまにかここには出なくなったのよねぇ〜風が変わったのかしら?」
「風が変わったから出てこなくなったって…それだと普通の虫ですよ…」
ルゼルが小さな声で突っ込む。まるでモスを羽根虫と同じ扱いで話すリフィルさんに苦笑しつつ、リフィルさんの後に続いて、家の前までやってきた。
リフィルさんが家の扉を開けると明るい声が部屋に広がった。
「帰ったわよ〜」
「姉さま、おかえりなさいませ〜」
『お早いお帰りで嬉しいです〜』と言いながらリフィルさんの元に駆け寄ってくる。
そして、ベルイースさんに向かってにっこりと微笑む。
「おかえりなさいませ」
「ただいま、カラル」
とても嬉しそうに二人が微笑んでいる。

+●挿絵3−2 ミルレスの森の住人●+

あぁ…新婚さんなんだろうか…幸せそうで何より…
そう思っていると、リフィルさんの妹さんであるカラルさんがこちらをちらりと見やった。
「そちらの三人の方はどちらさまでしょう…?」
不思議そうな顔をしてリフィルさんに問い掛ける。
するとリフィルさんは『そうなのよ〜』と眉をしかめて話し出した。
「前も言っていたでしょ?この頃モスが大量に寄って来るって。
それが今日はもう対処できない量になっちゃってね。で、この人たちに助けてもらったのよ〜」
「そうだったんですか〜姉さまを救って頂いて、ありがとうございました。
私、カラル・ライラックといいます」
丁寧な礼とあいさつに、俺は慌てて『いえいえ』と答えた。
「俺はジルコン・F・ナインテールっていいます」
「オレはルロクスって言うんだ。よろしく」
「僕はルゼル・T・ナータです。よろしくお願いします」
俺たちが次々と挨拶をしていると、リフィルさんが奥の方でちょいちょいと手招きをしながら、
「良いお茶があるのよ〜お茶にしましょ」
『立ち話もなんだしね』と言って嬉しそうにお茶の用意をし始めたリフィルさんを見て、カラルさんは嬉しそうに『はいっ、姉さま』と答えていた。


「でも、あんな量のモスに囲まれるなんて…恐かったでしょうね…」
ルゼルは出された紅茶をちょっとずつ飲みながら、のんびりと言った。
「恐かったわ〜ほんとに〜」
「俺はリフィルのほうがこわ…あぐっ!」
リフィルさんの肘鉄が、ベルイースさんのわき腹に…
ごすっ、って音がしたような…
うずくまるベルイースさんと対照的に、にこにこしながらルゼルの話を聞く体制のリフィルさん。
横を見るとルロクスとルゼルまでちょっと青ざめた顔をしている。
…きっと…俺もそんな顔色してるんだろう…
「この頃、なぜかモスが寄ってくるのよねぇ…」
「リフィルが、モスを大量虐殺してるからだろ…」
「ほぅ…そんなこと言うの?その口はっ!」
「いだっ!いだっだだだっ!」
今度は頬をつねるリフィルさん…
恐い…恐すぎる…
初めに用意していたのはリフィルさんだったのに、気がつけばベルイースさんに全てを任しきって、リフィルさんはのんびりお茶を飲んでいる。
不憫だ…
「だからカラル、あなたも気をつけなきゃダメよ?」
「そうしますね、姉さま」
そう言っている二人の服装を何気なく見て気が付いた。
リフィルさんの服はたしか修験衣とか言われている、聖職者として勉強をし始めた人の着るような服。
対してカラルさんは青を基調とした高位法衣。
…どう見てもカラルさんのほうが経験を積んでいそうな聖職者服を着ている。
普通なら経験を積んでいるだろうカラルさんが、リフィルさんに注意を促すようなものなんだが…なぜ逆なんだろう…
もしかしてリフィルさん、その服を着ているけれど、レベルはカラルさんより上…とか??
不思議だ…と思いながらリフィルさんとカラルさんを見やっていると、カラルさんはのんびりとしながら、不思議そうにこう言い始めた。
「でも、ヘンですよねぇ。どうして姉さまのまわりにはモスがいっぱいなんでしょうか…」
「え?この辺りにモスが大量発生しているってわけじゃないのか?」
俺が考えていたのはこの辺りのモスの大量発生ということだった。
それが違うようなカラルさんの発言に俺は思わず聞き返した。
するとカラルさんはこくりと首を縦に振って、こう続けた。
「私やベルが外に出てもそれほどモスは寄ってきませんけど、何故か姉さまが外に出るといっぱいのモスが…」
「だから大量虐殺のせいだって。」
「まだそんなことを−−−」
「えっと、ちょっと待ってください。」
リフィルさんによるベルさんへの攻撃を止めたのはルゼルだった。
口元に手を当てて、考えているしぐさをしている。
「もしかして…モスが怒ったとかじゃ…ありませんか?」
「ルゼルさんもそんなこというの〜!?」
ルゼルの発言にリフィルさんがむぅっとした顔をする。
だが、ルロクスとベルイースさんはうんうんと頷いていたりする…
まぁ、リフィルさんにだけモスが大量に囲んでくるなんて、普通じゃありえない。
「モスの子供を大量に殺したって事とか…」
「…ジルコンさんまで…」
怒りをためているような…そんな表情を見せながら、ぼそりと呟く。
恐いなぁと思いつつ、俺は話を続けた。
「モンスターを倒すのは稀なことじゃないし、俺たちみたいな旅人なんか、行く先々でモンスターを倒してる。
さっきだって、モスの大群を倒しまくったけど、反撃しに押し寄せてくる様子は無かった。
それを考えると、リフィルさんがモスに対してよっぽどのことをしたとしか思えないんだが…」
「姉さま、どうなんですか?」
「う〜ん」
カラルさんに言われて、リフィルさんが唸る。
「私、普通にモス倒してただけよ…?
量は多かったかもしれないけど、この頃出てくる量は半端じゃないわよ…」
リフィルさんはあごに手を当てながらむぅ〜っとした顔で考えている。
リフィルさんの言っていることが本当なら、いたって普通の行動だよなぁ…
「どうしてリフィルだけ狙われるんだろうな」
「うまそうなのかも?」
「いや、それはないんじゃないか?」
ルロクスとベルイースさんが交互に言う傍ら、心底、不に落ちない顔をしているリフィルさん。
ここで考えてみても埒があかないのかもしれない…
「もう一度、実際に状況を見てみないか?」
「ええぇ〜〜〜っ」
俺の提案にリフィルさんは、まるで『冬、布団があったかくて出たくないような人が発するけだるいような声』で抵抗の声をあげた。
「でも…今日は疲れたわ…」
ぼそりと呟くリフィルさん。その呟きは“もう今日は行きたくない。”という訴えだとすぐにわかった。
うーん、本人が行きたくないって言うんならしょうがないか…
「今日は…やめとこう。明日にしようか」
俺がぼそりと呟くと、リフィルさんはさもうれしそうな顔を見せて
「それじゃ、今日はここに泊まっていって。奥の部屋が一つ余ってるから、そこを3人で使ってね」
「あまってる?奥の部屋ってリフィルの部屋じゃ…」
「私はカラルと一緒に寝るのっ!」
「ええっ!俺とカラルとリフィルの3人で一緒に寝るのかよっ!」
ベルイースさんが眉をひそめて言うと、リフィルさんはそれ以上に眉をひそめてこう言った。
「何言ってるのよ。ベルはこの居間で寝るのよ。」
「わぁ〜久しぶりに姉さまと一緒に寝るのですね〜うれしいです〜」
・・・・・・。
「あの、リフィルさん、僕たちが居間で寝ますから…」
冷や汗を掻きつつルゼルが言うのを見ながら、俺はこの家の上下関係を知った…
ベルイースさんの不憫な生活を垣間見てしまった気がした…