<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第三章 ミルレスの森のモンスター



第一話 大群


「スオミの森と、あんまかわんねぇんだなー」
羽根のついた虫のようなモンスターにファイアーボールを数発、打ち込みながら、ルロクスはのんびりと言った。
名前は確か“モス”という種族だったと思う。鎌を持ったモスや鎖ハンマーを持ったモスやらが今も着々と俺たちのそばに迫ってきている。
それなのにルロクスは見るからに気を抜いて攻撃しているように見えるのだ。
「ルロクス、敵に集中しないと攻撃が外れるぞ?」
「そうそう。敵に攻撃されたら痛いよ?
アイスアローっ」
オレが注意を促すと、スペル発動の合間だと言うのにルゼルも注意をする。
言われてルロクスは『そうだけどさぁ〜』と零す。
「オレって、どかーんとスペル打ちたいんだよねぇ〜ファイアウォールとか〜覚えられればよかったよなぁ〜」
「だからって手を抜いて良いことはないよ?」
「手は抜いてねーよー。ただ単に願望を述べたまでだぜ?」
言って、胸をそらす。その間にルロクスの攻撃が緩むわけで…
「こらっルロクスっ!」
ルゼルが怒り声を出し、範囲の広いスペルを発動させて、目の前の敵を撃破した。
近寄ってきていた敵を何とか三人で殲滅すると、俺たちは思わずふぅっとため息をついていた。
ここにいるモス達は俺達にとってはそれほど強いモンスターというわけじゃない。
じゃないが、量が多いのだ。
神経を集中しないと敵の攻撃を受ける確率が高い。
痛い思いをしたくないからとはいえ…ルゼルが怒るなんて、めずらしい…
ちらりと様子を見やると、ルゼルの顔は緊張したような、泣いてしまうような、そんな憂いの表情を浮かべていた。
何かに耐えている…そう捉えた俺は、ルゼルの肩にそっと触れた。
はっとルゼルが振り向く。少しおびえたような、そんな瞳で一瞬見やる。だがそれは一瞬だけだった。
俺だとわかるとルゼルの瞳は少しだけ柔らかく緩んだ。
「ジルさん…」
そう言ったルゼルの声はひどく弱く、幼く聞こえる。
何か声をかけてやりたい…そう思ってもいい言葉が出てこない…
でも、俺が思っていること…それを今、ルゼルに伝えようと思った。
前も言った言葉だけど、それでも伝えたいこと。
「ルゼル、セルカさん、きっと見つけ出して、話しような?」
「…はいっ」
ルゼルは心底嬉しそうな笑顔を見せた。
よかった…おれは胸をなでおろした。
ルゼルは何でもかんでも一人で背負い込む性質らしいから、ただ当てもなく旅をしているような俺でも、力になれるのなら。
突然居なくなったルゼルを探し出した後、俺が思った言葉をそのまま言っただけだったが、それでもルゼルの気持ちが軽くなるのなら…
「さって、んじゃあ、先に進もうぜ〜?」
ルロクスに急かされて俺とルゼルがルロクスに駆け寄る。
「こらっ、そんなにずんずん先に行ったら、またモス達に群がられるぞ?」
『そう言ってもルロクスのことだから、気にしないで先に歩いてっちゃうんだろうなぁ、全く…』
思わずそう呟いていたらしい。横で聞こえていたらしいルゼルがくすくすと笑った。
『あはは』と苦笑いしながら覗いて見てみると、ルゼルの顔は幾分か和らいだようだった。


「えっと…」
地図を見やりながら、ルゼルは場所の確認をしていた。
ここはミルレス森という場所である。
モスという種族のモンスターがわっさりとたむろうこの森は、神秘的な雰囲気が漂っている。
たぶん、ミルレスの町があるからだろう。
ミルレスの町は神の木の上にある都市。その神の木が、ある程度の範囲まで何かしらの効果を及ぼしているらしい。何の効果かは知らないが、ミルレスの森の中にあるミルレスの
町がモンスターの進入もなく、今まで無事に過ごしてきたのはその神の木のお陰なのだと、うわさで聞いたことがあった。
で、ミルレスの町に近づくに連れてモンスターの数は減っていくと聞いたことがあるが…
今のところ、森に入ったときと別段変わりないような…
「ルゼル、まだミルレスの町って先なのか?」
「えぇ、まだもうちょっと先ですよ。」
『今半分のところまで着ました』と言って俺に地図を見せ、自分達の居る場所を指で示していた。
うわ…まだ半分も道のりがあるのか。
「まだ半分じゃん…ルアス出て、5日経ってなかったっけ?」
うろうろとそこらへんを歩いて帰ってきたルロクスはちらりと地図を見やり、ルゼルが指していた指の場所を確認して、げんなりとした顔を見せた。
「まぁ、今回は食料たくさんあるから良いじゃないか」
「この前は食料無しで、周りはポンばかりでしたからねぇ」
俺が言うとルゼルもうんうんと頷いて言った。それを聞いてルロクスの顔がとたんに歪む。
「…二人ってさ…すんげー強そうなのに…
もしかして貧乏?」
『うん。』
俺とルゼルは声をあわせて言い、大きく頷いた。
なんか、ルロクスが頭抱えているのは、気にしないでおこう。


あれから少しだけ森の奥へ歩いた俺たちの耳にかすかに人の声が聞こえてきた。
その声は俺たちが進むごとに聞きやすいものへと変わっていく。
この方向の先に誰か居るってことか。
森に来た町の人ならば町から近いということになるが、さっき地図を見たところによると、町に近いわけじゃなかったはずだ。
「…!…のよっ!」
その声は何かに向かって騒いでいる声のようだった。
何かに向かって−−−森の中で旅人同士が口論することもあるだろうが、これはたぶん−−−
「なんか…切羽詰まってる声だよな…?」
「あぁ、いくぞ」
おれが走り出しながら言うと、二人は俺の後に続いて走り出した。


「なんなのよっ!この数っ!」
女性は持っていた杖でぶんぶんとそのモンスターを追い払おうと必死になっている。
横に居る青年も、その状況におたおたしている。
−−−俺たちが見たときには、その二人の周りには大量のモスが群がっていたのだった。
「なんだ?!あの量っ!!」
ルロクスがありえないとばかりに騒ぐ。
大量のモス−−−それは、さっき俺たちが倒していた量の何倍もあるだろう数のモスだった。
あの数はやばいっ!
「ルゼル、俺は突っ込むから援護をお願いな!
ルロクス、周りのモスをつぶしていってくれ!」
「おうっ」
「了解ですっ」
その声を聞いて俺は駆け出すとモスの大群の中へ突っ込んだ。
飛んでいるモンスターということで、それほど難はなく入り込み、囲まれてる二人の傍まで来たのはいいんだが…
「と、とりあえず、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、なんとか」
青年が俺の問いかけに答える。
俺より少し年上だろうか。
ゆったりとした黒の上着に、行動しやすいように短いズボンをはいたその青年は、モスの集団におびえつつもこくりと頷いた。
そんな状態の青年に怒鳴る女性。
「ベルっ、この状態何とかしなさいっ!」
「ええっ!こんな量!俺一人で出来るわけ無いじゃないかっ!」
ベルと呼ばれたその青年が反論する。
女性は手にもっている羽が生えているような細工が施されている杖をまたもやぶんぶん振った。
この女性、服からして、聖職者だろうか…ミルレスの町は聖職者の町と言われていたなぁと思いつつ、二人の様子をちらりと確認した。
二人とも、モンスターに叩かれているような形跡は無い。
それなら−−−
「お二人さん!走り抜けますよ!」
「だめなのよ!さっきもやったんだけど結局囲まれちゃうのよっ!」
女性が『もうやだ〜!』と言いながらも、振り回す手はやめない。
青年もどうしたらいいのかわからない顔をしている。
でも、俺には策があった。
「いいからとにかく走りましょう。さ、走って!」
俺の掛け声と共に二人は少し戸惑いながらも俺の後ろを走ってきた。
モスは俺たちの後を追いかけてくる。だが、モスの動きはそれほど速くない。モスたちは次第に俺たちを後ろから追いかける形になっていく。
モスの囲いから突破できた俺たちは、くるりと後ろを振り向いた。
「やっぱり追いかけてくる〜っ!」
「あぁぁぁ!」
悲痛に騒いでまた駆け出そうとする女性と青年。
だが俺は動かなかった。
一言、言う。
「ルゼル、範囲の広いスペルを!」
「はいっ!メガスプレッドサンドっ!」
待ってましたとばかりにルゼルがスペルを唱え、寄って来るモスたちへと発動させた。
さっき、俺たちが戦っていたときのように、範囲の広いスペルを打ってしまえば、固まっているモスたち全員に攻撃が当たる。だが二人が居たために、ルゼルとルロクスは一体一体敵を倒すしか出来なかったのだ。
二人がスペルの攻撃範囲に入っていない今、遠慮なく敵にスペルを打てた、というわけだった。
「いっちょあがり、だな」
ルロクスが笑いながら言うと、当の追いかけられていた二人は助かった安堵からか、ふぅっとため息をついていた。