<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第二章 ルアスの城の魔術師



第九話 セルカを探す旅


「仲良くなったというのにもうお別れですの?」
お姫様は名残惜しそうに言うと、それでもにっこりと微笑んでくれた。
「またルアスに来た際は必ず、城へ来て下さいね。
必ずですわよ?
でないと―――」
「わっ、わかりましたっ!わかりましたからっ!」
ルゼルが焦った声を出してお姫様の発言を止めさせる。
…?
「でないと…なにするんですか?お姫様」
ルロクスが不思議がって聞くとお姫様はくちびるに人指し指を当てて、微笑みを浮かべる。
「それはルゼルとのだ〜いじな秘密ですわっ」
その笑みはとても楽しそうな…いたずらめいた微笑みに見えた。
なんか弱みでも握られたんだろうか…ルゼルは…
そんなこんなで−−−
俺たちはルゼルを連れて、この街の城、ルアス城を後にした。


「お姫様から色々もらっちゃいましたよ」
にこりと笑ってルゼルが言い、歩きながらかばんの中身を俺に見せた。
中にはぎっしり詰まった食料、何気に高そうな酒まで入っているような気がするのは俺の見間違いだろうか…
「んじゃあ、これでじっくりセルカを探せるってわけだ。なっ?ルゼル〜」
ルロクスがルゼルに笑いかける。
ルゼルは苦笑いを見せた。
「あの…本当に危険だと思ったら逃げてくださいね…?本当に…」
「大丈夫大丈夫〜!なっ!ジルコン」
俺の肩に手をぽんぽんと置いてルロクスは明るく笑う。
俺はこくりと頷いた。
「どうしようもないときは俺も、ルロクスも、逃げるさ。
俺たちが好きで首を突っ込んでいるわけだし、それほど気にしなくていいんだよ」
「そうそう、大丈夫だから、ルゼルはセルカを探してればいいんだよ〜
なんかあったらジルコンを盾にすればいいんだし。ジルコン、丈夫そうだから。」
「おいおい…」
思わずはぁっとため息をつく俺。いくら体力に自信のある修道士とはいえ、セルカさんのあの何のスペルかわからない攻撃の盾になるのはちょっと辛いぞ…
そんなやり取りが楽しかったらしい。ルゼルがくすくすと笑い出す。
そして笑いながら
「盾になんて、絶対にしませんから。ジルさん」
言って、また笑い出す。
まぁ、楽しそうにしてくれてるんなら、何よりだ。
でもルゼルって…
「本当に楽しがってるならいいんだけどな〜
楽しそうにしてたのにいなくなっちまったもんな〜」
ルロクスの突っ込みにルゼルがうっと押し黙った。
俺もルロクスの発言には同意見だ。
あの時も楽しそうにしていたのに次の日には俺たちの目の前から消えてしまったのだから…
でもルロクスは突込みを言うだけじゃなかったらしい。ルロクスは話を続けた。
「だからさ〜辛ければ辛いって言えよな〜?
もうセルカのこと、俺たちは知ってるわけだし、隠し事しないでいいんだぜ〜?」
ルゼルがまた苦笑いを見せた。そしてすこし小さな声で
「うん、わかったよ」
とだけ言った。
ルロクスと俺たちは2,3日前に出会った。それなのにルロクスは、ルゼルのことを凄く心配していた。
そして居なくなったルゼルを探すため、今まで住んできたスオミの町を出て、旅についてくると言った。そして今、ルゼルの旅に付き合おうとまでしている。
それほどルゼルのこと、気に入ったんだろうな。
まぁ、俺も目的が無いからとはいえ、何故かルゼルの旅に付き合おうとしていることも事実。初めは危なっかしい戦い方をしているのを心配だったからという理由だったが、 俺も結構、ルゼルの事を気に入っている。
旅に出てからずっと一人で行動していた俺が、誰かと組んで歩いているというのがもう普通になっているなんて、自分でも不思議だ。
そんなことを思っていると、ルロクスが何かを思い出したように言い出した。
「なあなあ、ルゼル。前から聞きたかったんだけどさ〜」
「えっ…え?え?な…なに…?」
ルロクスがすすいっとルゼルの横に寄っていく。その行動にルゼルは恐がって逃げようとする。
それをがしっと力強く捕まえると、ずいっと顔を寄せて、ルロクスが言い出したのは−−−
「あのさ…えっとさ…セルカとはさ…離れる前は…どうだったわけ?」
「え?どうって…?」
「だってさ…セルカってルゼルの彼女なんだろ?…だからさ………キスとか……してた?」
「ええっ!?」
ルゼルが慌てる。
「そ、そ、そんなっ!そっ、そんなことっ、してないよっ!」
「え〜っ、なんだー。興味あったのになぁ〜」
残念そうな声をあげるルロクス。
…おいおい…何を聞くのかと思えば…
そんなことを聞くもんだから、ルゼルは顔を真っ赤にさせて、さっさと先の方へと歩いて行ってしまう。
「るーろーくすっ!」
俺は舌を出して悪戯っぽい笑みを浮かべたルロクスをべしっと叩いておいたのだった。



「さて、どっち行くんだ?」
口論をしつつ、ルアスの街はずれに着くと、ルロクスはのんきに頭の後ろで腕を組みつつ、言った。
「えっと…この道を出るとスオミの町に行けるはずですが−−−」
言いながらバックから地図を取り出し、街をきょろきょろと見回しながらルゼルが言った。
「ここから左の門から出ると、ルアス森というところに出て、サラセンやルケシオンの町に行けますよ」
「ルケシオンかぁ…」
ルゼルが指差した方向を見ながら、俺はルケシオンの風景を思い浮かべていた。
「海かぁ…久しぶりに海を見る、かぁ…で、右手の門から出ると何処につくんだ?」
俺が問い掛けるとルゼルは少し押し黙った後、
「…ミルレスです」
と答えた。
…?…何か言いにくいことがあったか?
「なぁなぁっ!ミルレスって、木の上の町なんだろ?」
『聞いたことあるんだー』と嬉しそうに話すルロクスの隣でルゼルは何故か浮かない顔を見せている。
俺は耳打ちで聞いてみた。
「あんまり行きたくない場所なのか?ミルレス」
「…ちょっと…行きたくない場所です」
「そうか…」
そんな話をしている横で、ルロクスは俺たちのそぶりも気づくことなく、『そ〜か〜、木の上かぁ〜』と思いを馳せている様子。そしてやっぱりこう言い出した。
「なぁっ、おれ、ミルレス行きたいっ!」
「えーっと…ルゼルは行きたくないって言ってるんだが…」
「えーっ!」
俺が教えるとルロクスはぷうっと顔を膨らませた。
「どうして行きたくねぇんだ?そんなに悪いとこなのか?なぁっ!」
ルゼルの両肩を掴むと、ルロクスはがたがたとルゼルを揺らして抗議する。困った顔をしてルゼルが悩む声を出す。初めて尽くしで行ってみたいというルロクスの気持ちもわかるが、行きたくないと言う者がいるんなら…俺はそう思っていたんだが、ルゼルは最終的に折れたようだ。
「んー、わかったよ。ルロクスとジルさんはミルレスを見てきてください。
僕は近くの森とかで待ってますから」
「え〜〜!みんなでいくんじゃないのかよ〜」
「僕はどうしても行きたくないんですよ…」
「そんなこと言って、またいなくなったりしないよな?!」
「しないよ。だからジルさん、ルロクス、それでいいならミルレスでも構いませんよ?」
「む〜まぁ、ちょっと見てくるだけでもいっか」
嬉しそうに笑顔を見せる。
「いいのか?」
俺は思わず問い掛けたが、ルゼルはにっこりと笑って頷く。
「んじゃあ、ミルレスに行こうぜ!」
浮き足立つという言葉の通り、軽い足取りでルロクスが早速、先を歩いていく。
逆に足取りが重い様に俺からは見えるルゼル…どうしてそんなにミルレスに行きたくないんだろう…
「でもさ〜、ルゼルって、謎が多いよな〜」
しみじみと言ったルロクスの言葉に、ルゼルは曖昧な微笑みを返した。


第二章 ルアスの城の魔術師  完。