<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第二章 ルアスの城の魔術師



第六話 お姫様


少し癖のある金の髪はさらりと肩にかかり、ドレスの水色は彼女の柔らかさを引き立てている。顔は美しいと言うより綺麗で愛らしい。歩く姿も上品で、ゆっくりとフロアへと歩み寄っていく。
澄んだ水を思わせるドレス。胸元に飾られている空気を固めたかのように透明な宝石がキラキラと輝き、少女の神秘的な雰囲気を引き立たせていた。
傍には嬉しそうににこにこと笑っている同い年くらいの少女が付いていた。いわゆる“御付きの人”ってやつだろうか…
『きっとあれはルアスの姫だ』
『いやいや、名のある富豪の娘だろう』
などと口々に声を潜めて呟く中、彼女は戸惑いの表情を浮かべながらもにこりと微笑んだ。
すると若い男たちは欲からなのか、惹かれたのか、次第に彼女の元へと集まり、ダンスへと誘おうと手を差し出す。
「あぁっ、やっぱりお綺麗ですわぁ。お姫さま〜っ」
彼女に付き添い歩いていた少女が感嘆の声をあげた。その声はフロア中に広がる。
その声を聞きつけた者達が一層、彼女−−−お姫様に群がってくる。
お姫様は感嘆の声をあげた少女をちらりと恨めしそうな視線を送った後、困った顔を浮かべながらも、手の甲にキスの挨拶をしにくる者の相手をしていた。
「大変そうだな、お姫様って」
「だな…」
「オレも挨拶してこよっと!」
言ってルロクスはすぐに群がる人ごみの中へと入って行く。
ちょっと待てっ、ルロクスは手の甲にキスをするような挨拶って知ってるのか…?
「ルロクス、ちょっとま…」
言い終る前に、ルロクスはもうすでにお姫様の前に立っていた。
突然ずかずかとルロクスが歩み寄ったせいだろう。うろたえるお姫様。
ルロクスはそれを気にすることもなく、ペコリとお辞儀した。
「お姫さま、こんにちは。大変そうですけど、頑張ってくださいね」
…労いの挨拶かい…
お姫様にそんな挨拶をするルロクスに、呆れるを通り越して、逆に関心してしまいそうだ…
「おぉ〜!ルロクスちゃんじゃ〜ん。こんなとこいたんだ〜」
りっぷさんが騒ぎを聞きつけて人の群れた輪の中に入ってくる。ルロクスとお姫様を見て、ニィっと笑った。
「ルロクスちゃんはその子がお好み?ニクイねぇ〜このぉ〜」
運が良いのか悪いのか、よくわからないタイミングで勘違いしているりっぷさんが、ルロクスをからかいにかかる。
それを真に受けて、否定しはじめるルロクス。
「そういうわけじゃねぇけど、何か大変そうだなって思ってとりあえず挨拶しにきてみたんだよ。
オレが好きなのはイリィだけだし」
「そんなこと言っちゃって〜コノ〜コノ〜」
「だから違うって!」
「またまたぁ〜」
…気が付けば…二人は…いつの間にか…口論していた…
とめようかとも思ったが、側に来た涼嵐さんに無言で止められる。
ルロクスとりっぷさんの口論は、暫く続いたのだった。


涼嵐さんとクウさんの約束もあるし、パーティ会場にはずっと居なければと思っていたんだが、どうしても息苦しくなった俺は、『少しだけですから…』と、心の中で涼嵐さんとクウさんに謝りながら、俺はテラスへと出た。
出ると同時に、涼しい風が体を撫でていく。
後ろ背中で聞こえる音楽と熱気が嘘のように静かで涼しい。
やっと息をつけた、そんな気までする。
あぁ、もう夜なんだなあ。パーティ始まったのは夕方だったから当然か〜
にしても、異常に神経を使ったような気がする…
首をこきこきと鳴らしながら、ふぅっとため息をついたそのときだった。
きぃっ、ぱたん。
音と共にテラスに現れたのは、さっき引く手数多だった水色のドレスを着たお姫様だった。
「あっ…」
お姫様が声をあげる。
お姫様は俺の姿と、フロアの様子とを見比べながら、どうしようかと考えあぐねている様子。
もしかして、フロアから逃げてきたのかも…
「お、お邪魔でしたね。す、すみませんでした」
お姫様はそう言ってまたフロアの方に入って行ってしまった。
中ではまた男性に見つかり、ダンスに誘おうとしている姿が見える。
引き止めればよかったかな…
少しの間、お姫様を目で追っていると、今度は入り口のドアに手をかけて出て行こうとしている。
それに気づいたのは御付きの少女。少し強引にフロアへと引っ張り戻している。
やっぱりフロアから逃げ出したいんだろうなぁ…
その光景に苦笑いしながら、それでも逃げようとしているお姫様が少し哀れに見えた。
そして
きぃ・・・がたん。
全ての人の目を盗んで、お姫様は再び俺のいるテラスへと戻ってきた。
「あの、すみません。ここに居させてください」
その顔はあまりにも困っていた。


「お大変そうで。」
俺は少し離れた場所で涼んでいるお姫様に声をかけた。
今俺の居る場所は中から見えるような位置だったため、お姫様は『そこを動かないでください』と言って
自分は少し暗がりの、中からは死角となる場所に居た。
俺が突然移動していると中から感づかれるだろうということだろう。
お姫様は暗がりの中でもきらきらと輝くドレスに身をまといながら、遠慮深げに答えた。
「えぇ…本当に大変なのです…」
そう言って空を見上げるしぐさをする。
胸元には白く、まるで風のように透明に輝く宝石が月明かりの中、煌いている。中から漏れる光と月明かりで、お姫様がどことなく儚いように俺の目には映った。
「いつも、あんな風なんですか?」
「いいえ、いつもはいたって普通です。」
言いながら、ドレスのすそをそっと持ち上げた。
お姫様のいるその場所は暗くて、俺の場所から表情は少し見えない。でもどうやらフロアよりは居心地は良いらしい。 気持ちよさそうに夜風に当たっている。
風で髪がふわりとなびいた。
俺とお姫様はしばらく、ただ黙ってじっと夜の中に身を委ねていた。
何の気なしに俺はお姫様を見やると、丁度お姫様と目が合った。
慌ててお姫様が目をそらす。
えっと…失礼だったかな…俺。
「あの…もう、戻りますね」
お姫様は小さな声でそう言うと、俺の顔を見ることなく、慌てて走り去って行ってしまった。
…やっぱり、まじまじと見たら失礼だったかな…。
再び入っていくお姫様を目ざとく見つけて、寄って来る男達と御付きの少女。
そして取り囲まれるお姫様。
その光景に苦笑いしながら、俺もずっとこの場所にいちゃいけないんだったことを思い出し、フロアの方に入る窓へ足を向けた。
その時だった。
『きゃああああっ!』
いろんな女性たちの声がフロアからあがった。