<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第二章 ルアスの城の魔術師



第三話 宮廷魔術師


「あの子のことか。あぁ、来たよ。昨日の朝早くに」
「ほんとか!おっちゃん!」
次の日、俺たちは起きてすぐに街の中にあるギルドへ向かった。ルゼルは一文無しなはずだから仕事を見つけるはずだと踏んだ俺は、ルロクスを引き連れて、ハンターズギルドへやってきた。
そしてルゼルのことを尋ねたら今の答えだったのだ。
「んでんで!ドコ行ったのか教えてくれよ!おっちゃん!」
ルロクスは小躍りしだすような雰囲気で店主に詰め寄ると、店主のおやじさんは『それがなぁ』と首をかしげながらこう言った。
「その子、ルゼルって言う子だっけ?名前は知らないがその特徴の子はずいぶん前にもここにきたことがあってね。顔に似合わない仕事探しをしてたから覚えてたんだよ。
『高い賃金を払ってくれるようなお仕事ありませんか?』ってさ。」
おじさんは自分の短い髭をそっと撫でた。
普通、高い賃金を払う仕事っていうのは決まって危ない仕事と呼ばれる部類の仕事である。高貴な家の用心棒くらいなら高位魔術師の服を着た者であればハンターズギルドの店主はきっとOKを出す。だが、ルゼルのあの雰囲気をみたら、OKを出すのは気が引けることだろう。
用心棒を雇うと言っても一人じゃないはず。用心棒になるっていう者の中には決まってガラが悪い者どもがいる。そんなやつがいる中に背の低い、優しい雰囲気の男の子とまだ言えるような子を送り出すことが果たして出来るだろうか。
この店のおやじさんはそれができなかったクチらしい。
『あの時は本当に困った』と言いながら、俺たちの前に一枚の紙を差し出した。
「今回はこんなもんがあったからな、よかったよ」
そう言って見せてくれた募集チラシを見て、俺とルロクスは『え゛』と言葉にならない声を出していた。


「ルゼルって…すごいんだな」
おやじさんからもらった応募チラシを見つつ、俺の前を歩いていたルロクスはそう呟いた。
前を見ないままでよく人とぶつからないなと感心しながらも、俺は『そうだな』とだけ返事を返しておく。
おやじさんから受け取った募集の紙は、募集というより−−−試験告知。
試験告知−−−そう、このルアスの街の主要なる、栄華を誇るアスク帝国の城の騎士団入団募集だったのだ。もちろんルゼルは戦士じゃないから、その募集部分の対象外なのだが、それ以外にも様々な募集が書いてあった。
城のメイドの募集やコックの募集。庭師の募集まである。
その中にひとつの募集があった。

”宮廷魔術師、急募”

そう書かれた募集には、急募と言うわりにはしっかり試験をするような内容が書かれていた。
試験は騎士試験実施と同じ昨日の午前中。おやじさんはルゼルにそれを見せると『すぐに行って来い!』と送り出したんだそうだ。その後、ルゼルが再びその店に来なかったことから、おやじさんは『あの子はきっと宮廷魔術師になれたんだ!無駄に苦労しているような子に見えたから本当に良かった。』と言いつつ、最後には『俺の目に狂いは無かったな』と呟いて、ふふっと笑っていた。
アスク帝国の宮廷魔術師。とても光栄で、立派な仕事ではあるが、問題があった。問題−−−すなわち、ルゼルを探している俺たちが城に入ることは出来ないということだった。
宮廷魔術師は城の中で勤める仕事。もちろん、街に出ることは少ない。俺たち一般人が城には入れない。
ということになると−−−
「俺たち、もうルゼルと会えないんかなぁ?」
ルロクスが呟く。宮廷魔術師になったルゼルはきっと、しばらくはセルカさんを追うのはやめるだろう。だが、ある程度お金が溜まったとき、一人で探しにでることだろう。俺はそのとき、ルゼルを一人にさせておくのは危険だと、何故かそう強く感じていた。ルロクスも同じようだった。
「宮廷魔術師になってても、なってなくっても、一度、ルゼルに会って話したいぜ…?」
「あぁ、俺もそう思ってる。だがどうやって…」
そこで、誰かがもめているような声が耳に入った。明るい声が響き渡っている。ふっと顔を上げてみると前方にいるのは
「あ、りっぷだ。」
もうすでにルロクスは呼び捨てで呼んでいるりっぷさんがそこにいた。そしてその横にいたのはりっぷさんに掴まれた腕から逃げようとしている人が見える。
俺は思わず走っていた。
「ねぇねっ、ちょっとでいいからお話しようよぅ〜?」
「だ…からっ、離してください…っ」
りっぷさんが掴んでいる手からどうしても逃げ出すことが出来ないらしい。空いた片方の手で引き剥がそうと必死になっている。
「あっ、昨日の親切な人〜こん〜」
りっぷさんは走ってくる俺に気づき、片方の手で手を振った。
だが、俺はその挨拶に答えることはなく、りっぷさんとは別の名前を呼んだ。
「ルゼルっ!」
りっぷさんに捕まっていたルゼルは、びくりと体を震わせた。


「ん?ん?どしたの?この女の子と知り合い?」
「何言ってンだよ!そいつがオレたちが探してるやつなんだよ!」
「えぇっ?!そなの!?」
りっぷさんは驚きの声をあげて捕まえているルゼルをまじまじと見た。ルゼルはその間ずっと目線をそらし、気まずそうにしている。
今驚いてるってことはりっぷさん、偶然ルゼルを捕まえた形になったところだったんだな。しかも丁度そのタイミングで俺たちが通りかかった…運が良かったと俺は安堵した。
そして俺はルゼルにそっと問い掛ける。
「ルゼル、いきなりいなくなるなんて・・・どうしてしたんだ?」
ルゼルがさらに気まずそうにして目線をそらしたまま、りっぷさんの体に隠れるかのように少し動いた。
…気まずい雰囲気だと、そうしてしまった俺自身でもしっかり自覚できるほどの空気が流れる。
それに気付いていないやつが一匹いた。
「ねぇねぇ、探してた人って男じゃなかったっけ?」
「だから、ルゼル、男だって。服見てみればわかんねぇか?男服着てるだろ?」
「え〜なんだぁ〜女の子だと思ったから声掛けたのにぃ〜
すっげ〜残念〜」
そう言ってりっぷさんはルゼルを掴んでいた手を放す。
手を…放した?!
ルゼルがこれはチャンスだとばかりに走る。
「ちょっ!待てっ!」
「おいっルゼル!逃げんなよ〜!」
俺とルロクスは慌てて追いかけだしたが、どうしてもスタートダッシュに出遅れたロスのために距離がなかなか縮まらない。しかもルゼルは広場の方面へ行くと人ごみの中に姿を紛れさせ−−−
「逃げられた…」
俺たちは完全にルゼルの姿を見失っていた。
「ねぇ〜捕まえられた?」
逃がした張本人であるりっぷさんがかろやかに走り寄ってきて、俺たちに問い掛けてきた。
すると、ルロクスが無言で歩み寄り、りっぷさんの首に巻きつけてあったマントを思いっきり引っ張った。
「な〜ん〜で〜に〜が〜す〜んだ〜よ〜〜〜〜〜!」
「くるしいくるしいって〜。ごめんよぅ〜つい〜」
音符ついてそうなほど軽いその発言にルロクスが切れた模様。引っ張っていたマントをぎりぎりとひきよせてりっぷさんとの距離を詰める。
「お〜ま〜え〜の〜せ〜い〜で〜ルゼルが街に来なくなったらどうしてくれんだよ!
俺たちは城の中に入れねぇんだぞ?!」
「へ?城?」
どして?と言わんばかりの表情で問い掛ける。俺は怒り心頭のルロクスをなだめて、とりあえず休めるところはとりっぷさんに問い掛けた。
「なら、俺の家においでよ〜歓迎するよ〜」
そう言ってくれるのならと俺はりっぷさんの提案に賛成して付いていくことにした。
「茶の一杯でも出さんとイカるからな!」
「わ、わかったよ〜出す出す〜」
俺と同じくらいだろうりっぷさんが俺たちよりは絶対年下であるルロクスに怒られている図はなんとも滑稽だが、とにかく事情を説明しておいた方がいいだろうと思いながらも、俺はルゼルの消えた広場の方向を見やっていた。