<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第二章 ルアスの城の魔術師



第二話 ルアスの街の住人


ゲートで飛んだ先は、ルアスの街の民家の前。
もっと外れの方に飛ばされるもんだと思っていた俺は、ルロクスと共に驚いていた。
まぁ、もっとも、ルロクスの場合はルアスに来たことに驚きと感動をしていたんだろうが…
「ここが…ここがルアスかぁ…」
あたりをきょろきょろ見回してルロクスが言う。
ルアス−−−そこは大陸の中央部で栄華を誇る帝国の首都である。
街は整備され、とても美しい建物が立ち並んでいる。
そしてその街の中心部から少し離れた場所には堅牢な城壁に守られた城が見える。
「家の作りも違うんだな…白い壁かぁ…四角い家だなぁ」
スオミの町はコルネのような形をしたものやら、カタツムリの殻や貝殻のような形をしたものなど、特徴的な建物をしているから、今までスオミから出たことの無いルロクスにとって、ルアスの街の家は不思議なものに見えるらしい。人様の家だというのにぺたぺたと壁を触りまくっている。恥ずかしいその行動を慌てて止めさせる。
おのぼりさん状態のルロクスを連れて、俺はこの街の広場までやってきた。ゲートで飛んできた場所からそれほど遠くは無かったおかげですぐにつくことが出来たのだが…
「うぉ〜〜〜〜!!
すっげ〜人ジャン!!」
ルロクスが興奮気味に叫んだ。普通ならこんな人が多い場所で叫ぶなんてことをしたら大勢の人にじろじろ見られるのが当然なのだが、そこはルアス。おのぼりさんの叫びには慣れているらしい。誰もルロクスの叫びに不審がる目を向けなかった。
俺としてはほっとしたけどね…
あたりを見回せば、色々な職業の人たちでごった返しているこの広場。ある人は沢山の人目当てに露店を開き、またある人はそれらの露店をめぐりながらお目当てのものを探しているようだ。
そんなごった返している中で、颯爽と歩く集団がいた。
「あれって…もしかして騎士団?!」
ルロクスも気づいたらしく、目を輝かしながら集団を指差して、そう言った。
−−−騎士団…戦士たちより高い教育と戦術訓練を受けた戦士のエリート集団で、王の護衛や街の治安維持を担当している。戦士は昇級試験を受けて合格すればこの騎士になれるらしいが、このルアスの街の騎士団はそれ以上に難しい試験を通った者でないと入団することが出来ないらしい。
俺は修道士だからよくわからないが、戦士たちの憧れの職業というところなのだろうか。
ルロクスも違う職種とはいえ、憧れの象徴らしく、『おおっ…』やら『あぁぁ…』やら、よくわからない声を出しては喜んでいる。
「そんなに喜ばんでも…」
「だってさぁ!本や人の話でとかしか聞いたことねぇから、何か感激なんだって!!」
騎士団が広場を通り抜ける様をきゃいきゃい言ってみていたルロクスに気づいたらしい。騎士団の中でも前方を歩いていた騎士がルロクスを見やりながら歩いていく。
きゃいきゃい言われるのは嫌じゃないらしく、無表情ではあったものの、嫌だと言う顔はせずに通り過ぎていった。
それをみてなおさら感激するルロクス。
「なぁなぁ!オレを見てったよな?今の騎士さん!」
言って、はしゃぎまわる。
はしゃいで嬉しそうにしているのを止めるのも酷かと思った俺は、ため息をついて広場を見やった。
良く見てみれば、男女問わず、騎士団の一行に熱い視線を投げかけている者が見受けられる。
やっぱり、騎士は人気職業なんだなぁ…
「そういえば、オレもルアスの騎士を見るのは初めてだよ」
「へぇ〜、ジルコンもそうなんだ〜」
視線は騎士団の後姿にやったまま、ルロクスが言った。
…なんというか…俺は物価が高いからルアスに来るのは稀だと言うのは、ルロクスには伏せておこう。
ルゼルは…どうだったんだろう。俺と一緒にいる時にルアスの街は一度も来なかったが…
ルゼルは今…この街に居るんだろうか…
「ルロクス、さっそく聞き込みに行くぞ。ルゼルを探さないと」
未だに興奮冷めやらぬルロクスに言ったが、全く聞く耳を持っていなかったようだった。ので聞く耳持ってもらうように、耳を引っ張って広場から離れた。なんか『いでっ!いでっ!』と言っているルロクスは気にしないことにしておく。
−−−ルゼルがこの街にいるのなら、セルカさんの情報を集めているはずだ。
となると−−−
「まずは酒場に行くぞ。」


酒場には飲んだくれの人物以外にも、様々な人が集まる場所である。そしてそこには情報があふれている。きっとルゼルの足取りやセルカさんのことも少しはわかるはず−−−
「って思ったんだけどなぁ…」
酒場のドアを開けて通りに出た俺は、思わず口に出して言ってしまっていた。
情報は少しはどころじゃなかった。セルカさんの目撃情報や、ましてやルゼルの姿を見たと言う情報すら、全く手に入れることは出来なかった。
考えてみれば、ルアスは人が多い分、ルゼルが着ていたような高位の魔術師服を着用している人は多い。そのため、飛びぬけてめずらしい服を着ていない限り、印象に残る事は無いんだろう。
もしくは…
「ルゼルはこの街に来ていないのかも…」
「そんなことねぇと思うぜ?」
ルロクスが俺の後ろを歩きながら言う。
「だって、ルゼルも今のオレたちとおんなじように情報が無いんだぜ?
たった一つの可能性があるんなら、その場所に行くだろ?」
「そうだよな…でもまだルゼルがこのルアスに到着していないっていうこともあるんじゃ…」
「かもな〜」
またもやため息をつきそうになる自分を心の中で叱咤して、今度は何処を探そうかと前方を見やったとき−−−
「いやよっ!!」
という女性の声と共に
ばしん!!
というものすごい音があたりに響き渡った。
な…なんなんだ?俺は不審に思いつつも、その場所に走り寄ってみれば、倒れている男と怒り心頭の様子で去っていく女性の光景が…
「ど、どうしたんだ?大丈夫かい…?」
地面に顔面をめり込ませたまま動かないその男に、俺は思わず声をかけた。と、男はがばっと起き上がり、
「ひどいよ〜ミリィさん〜」
さっきまでとっても痛そうな状況だったと言うのに、その男−−−というより青年は軽い口調で立ち去っていく女性の後ろ背中にそう叫んだ。
…これって…フラれた現場だったんではなかろうか…
なおも走っていく青年。
追いついて、懲りずにまた女性を口説いているような雰囲気が…
そして
ごがっ!
あ、殴られた。
その場に崩れ去っていく青年。
その光景は遠くにいた俺たちにもしっかり見えていた。
「…なんだか…不憫だな…あの人」
「だな…とりあえず、声かけとくか…」
「そだな〜なんとなく悪いやつに見えね〜し、あの人」
ルロクスが言う言葉に、俺も賛同してうんうんと頷いた。俺も今の青年は悪いやつには見えない。
女性にあんなにボコられてるけど。
「お〜い、だいじょぶかぁ?」
「何回も殴られているみたいだけど…大丈夫かい?」
ルロクスと俺、交互に話し掛けると、青年はその声に反応してがばっと飛び起きた。
「大丈夫、大丈夫!こんなん平気だって〜」
年より幼い、少年のような笑顔を見せて青年は言い、よっと立ち上がると自分の体中についたほこり−−−というか砂をばんばんと叩き落した。
そしてぐうっと空気を思いっきり吸い込むと『はぁあああ…』と大げさにため息をついた。
「ミリィさん…」
落ち込んでいる様子…やっぱりさっきの女性に振られたのだろうか…
「フラれたのか?さっきの人に」
「わっわっ!こらっルロクス!
あ…あ〜…ごめんな…?」
ルロクスが考えもなくずばっと事の真相を聞こうとするのを止められずに、慌てて謝る俺。すると青年はニカっと笑って
「いいっていいって〜気にすること無いって〜!」
軽い口調でそう言い、手をぱたぱたさせた。
明るい。たった今、振られたばかりだというのに・・
「で、もしかしておれになんか用でもある?」
「あんたが倒れてたから心配して声かけただけだよ」
ルロクスは青年のタフさにあきれながらといった口調でそう言った。
「そっか〜なんかイイヒトだねぇ〜
おれ、りっぷすたーって言うんだ〜
りっぷって呼び捨てで呼んで!よろしく〜」
「あ、ジルコンです。よろしく」
「オレはルロクスって言うんだ。よろしくな」
嬉しそうに笑って握手を求めてくるもんだから、思わず差し出された右手どうしで握手をした。
…普通、よっぽど仲がよくなった友人や信頼しあった者でない限り、闘う者は利き手で握手をしないものだが…
警戒心が無いのか、はたまた俺を信頼してくれたのか…どうなんだろうか…
ルロクスはたぶん、そんな話は知らないんだろう。りっぷの手を力いっぱい握り返して、まるで力比べをやっている。
…そんなことまったく考えてないっていうのに一票!な気もしてきた…
向かって左肩に白い肩当、右肩は首から被う深紅のマントで覆っているような拳法着を着ているりっぷさん。
実力は備わっているものが着ることの出来る服のはずだしなぁ…
かく言う俺も、そのりっぷさんと同じ服を着ているのだが。
「んで、ルアスには観光できたん?それともお城に用事?」
「いや、ちょっと人を探してて…」
「なぁに?人?ルアスに住んでる人?」
何故かわくわくした顔をしてりっぷさんが俺、ルアスに住んでるからわかるよ〜と自身満々に胸を張る。
ルアスに住んでいる人ならもしかしたらルアスに住んでいない余所者であるルゼルの姿を覚えているかもしれない。
「探してるのは高位の魔術師服を着た、背の低い−−−」
「女の子とか?」
「?いや、男だけど…?」
「えぇ〜なんだぁ〜」
何故か楽しげに聞いたりっぷさんは、俺の否定の言葉を聞いてがっくりと肩を落とした。
『期待したのになぁ〜』とも呟いている。っていうかりっぷさんは何に期待したんだ…?
「髪の色は薄い紫で、瞳は濃い紫。背は低め。年は俺と同じか少し低いくらいで、このルロクスよりちょっと高いはずだ。」
「で、魔術師の子なんだね〜おけ〜おけ〜」
軽い調子で答えるとさっきよりさらに胸をそらせて言った。
「見かけたら捕まえとけばい〜い?」
「どこへ行ったか、教えてくれればいいよ。捕まえるようなことしたら余計にどこかへ
行っちゃうかもしれないからな…」
俺がそう言うと了解とばかりににかっと笑って見せた。
「そかぁ〜わかった〜
じゃー俺、まだやることあるから〜じゃね〜」
りっぷさんはそう言うと丁度通りかかった女性に向かって『ねぇね〜ぇ』と言いながら走って行った。
「…あいつ…彼女にフラれたってぇんじゃなくって、ただのナンパヤローだったんじゃねぇの…?」
「血気盛んだと思っとけ…」
「だな…そう思っとく」
足蹴にされながらも不特定多数の女の子をナンパしつつ走り去っていくりっぷさんを見やりながら、俺たちはりっぷさんの不屈の闘志を垣間見た気がした…
「さて、もうちょっと頑張ろうか」
「おう!頑張ってルゼル見付けてやろうぜ!」
意気込んだ俺たちはそれから日が暮れるまで歩き回った。


「ふぃ〜疲れた」
宿屋の一室。あぐらをかきつつベッドに座ったルロクスはそう言って疲れた体を休めていた。
足を揉み解しながらごろんと寝そべる。
「どこに…行ったんだろ〜な…」
視点の定まっていない瞳で天井を見上げ、そう言った。この問いかけに俺は答えられなかった。
『迷惑をかけたくはない。』その言葉は俺と会った時から、ずっと言っている言葉だった。
初めは遠慮がちになるのは仕方が無いとは思っていた。でも今回は…
「何も突然居なくならなくってもいいのにな、ルゼル。」
セルカさんに会った時、『セルカが変わってしまった』とルゼルは言った。恋人であるルゼルのことを全く忘れたような様子で、しかもルゼルに向かって本気でスペルを放っていた。ルゼルも足止めしたい一心でスペルを先に打ったが、セルカさんの攻撃…あれはどう考えても相手を倒しても厭わない、そんな攻撃だった。
ルゼルのことを憎んでいるのなら当然か?とも考えたが、どうしてもルゼルが恨まれるような風に俺は見られない。いや、セルカさんの瞳は恨みの瞳をしていなかった。
ただ、邪魔だと見下している、そんな冷めた瞳をしていた。
あのときのセルカさんの圧倒的な強さを垣間見たから…だからルゼルは俺たちの前から消えようと考えたんだろうが…
「ルゼルを一人にさせていたら…きっとダメだと思うぜ?」
「わかってる。」
ルロクスが今俺が思っていたことを見透かしたように言った。
俺もルロクスが座っているベッドとは反対側のベッドへ座った。ルロクスが寝そべったまま足を持ち上げて、足をこいでいる運動を見やりながらため息をついた。
そういえばルゼルはちゃんと宿に泊まれているのだろうか…スオミの町に戻ってすぐアルバイトをしていたお金を手紙と共に置いて消えた。
俺とルゼルは今まで行動を共にするからとルゼルに全財産を渡して、ルゼルに管理してもらっていた。初めは個人個人で管理していたが、ルゼルの性格を見て、その方が良いんじゃないかと思って俺は手に入れたお金は全て渡していた。優しげな雰囲気もあったし、やりくりもそれほど悪いわけじゃなかったし、いかんせん俺たちはそれほど金持ちじゃなかった。二人分を合わせてやっと一人で旅ができるかな?といったくらいしか持っていないほど俺たちは貧乏だった…
ひょっとして、置手紙と共に添えられていたあのお金は、もしかしたらルゼルの持っていた全財産かもしれない…ということはルゼルは今、一文無し…?!
となると、この街について一番初めにすることは…もしかしたら−−−
ちょっとだけ見えてきた希望を胸に、ふと横を見ると幸せそうな顔をして寝てるルロクスの姿があった。
「あぁ…ふとんかぶらなきゃだめだろ?ほらっ」
「ん〜〜っ」
布団の上で寝ていちゃ風邪を引くと思った俺は、ルロクスの体の下から布団を引っ張り出すと、かぶせてやった。夢見ごこちなルロクスは身じろぎをしながらも起きる気配が無い。よっぽど疲れたのか…
「俺も寝るか」
防具や装備を外して上着を脱ぎ、ラフな格好になった俺は布団にもぐりこむ。
明日、行ってみよう。何か掴めるはずだ…
そう思いつつも、これほど自分がムキになるのも珍しいなと、頭の片隅の中でもうひとりの自分が笑っているようだった。