<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第二章 ルアスの城の魔術師



第一話 居なくなったルゼル


隣のベッドで寝ていたはずのルゼルの姿は無く、書置きをみた俺はすぐさまスオミの町を探し、昼を過ぎ、見付からなく途方にくれた俺はイリフィアーナさんの家に向かった。
ルゼルを見なかったかどうかを、尋ねるために。
イリフィアーナさんの家には午後の紅茶タイムを楽しみに来ていたのだろうルロクスの姿があった。
テーブルの上には香り高い紅茶の匂いがゆったりと漂っている。
だがそんな優雅な光景に目を向けている状態じゃない。
俺は二人にルゼルの事を問い掛けた。
するとイリフィアーナさんはテーブルに紅茶の用意をして、笑顔を向ける。
座れと言われたわけではないが、その笑顔でそこの席に座るよう促されているのだとわかった。
『ありがとう』と言って腰掛ける俺。
「ルゼル…いなくなっちゃったのか?」
俺が手渡したルゼルの置手紙を読み終えたルロクスは、呟くように言った。
俺がこくりと頷くと、ルロクスは腕を組んでう〜むと唸る。
そしてしばらく唸った後、こう言い出した。
「オレもルゼル、探す。」
ルロクスがそう言ってくれたのは何となく嬉しかった。だが−−−
「だめ。」
オレが答えるのより先に、イリフィアーナさんがにっこり笑顔で答えた。
…なんか、スオミ森に調査しに行くときと同じパターンのような…
そんな予感は的中した。
「ルロクスが足を引っ張るせいでルゼルさんを探すのが遅れちゃうわ。だからだめ。」
にっこり笑っているわりにきつい言葉をはいているイリフィアーナさんを見て、俺は苦笑いをするしかなかった。


「昨日の今日でいなくなったんだし…やっぱ気になるしな。オレ」
俺の横を歩きながら、ルロクスは呟くように言った。
「ルゼルはさ、結局、セルカを探しに行ったって事なら、もうスオミにはいないよな。」
−−−ルロクスがそう言ってくれなかったら、きっと俺はまだスオミの中を探し回っていただろう。
「セルカさんを追っているんだから当然だろ?」
言われて、当然の事がわからなくなるくらい、ルゼルがいなくなったことに動揺してしまってる自分に気が付いた。


ルロクスが住んでいる場所、そこは宿屋のようなつくりをした家の一部屋だった。
ルロクスは俺をひっぱって連れてくると、部屋の中をなにやらがさごそと引っ掻き回して、話続ける。
「ジルコンはルゼルを追うんだろ?」
「あぁ」
「オレもルゼルのこと、気になるし、だから付いてく。
ということで、オレたちはルゼルを追うってわけだ。」
何かをみつけたらしいルロクスはそれを持ち上げながら
「んで、ルゼルはセルカを追うってわけで。ならルアスだろ」
「ルアス?」
持ち上げてにんまりと笑うルロクスを見て、俺はルロクスが持っている物と今言った発言に疑問符を浮かべた。
「だってさ、セルカの姿が消えた方向ってさ、あれ、ルアスの方向ジャン?
セルカを追ってるんなら、その方向を頼りに行くと思わねぇ?」
そういえば…セルカさんが消えたあの場所…森の真ん中だったとはいえ、あの方向を歩いていけばルアスに着く。
「だが、それはあまりにも不確かだぞ?」
「でも、行ってみる価値あるんじゃねぇの?もうルゼル、この町にはいないと思うし。断言しても良いぜ?」
どうしてそこまで言えるんだろうか…ルロクスはこの町に来て会った人物だ。それなのに−−−
俺が疑問に思っていたのがわかったのか、ルロクスはにぃっと笑って自分の心臓のあたりをとんとんと叩いた。
「もし大事な人がいなくなったらって思えば、その時の心の動きってわかることだろ?」
『ジルコンって意外とにぶいんだな』とルロクスに言われて、俺は怒るというよりも、感心した。
言われてみれば…俺って鈍いのかも…情けないことだが。
「やっぱ、こんなジルコン一人でルゼルのこと任すのってすんげー不安だし〜
オレが着いてくって言って正解だったぜ」
手に持った巻物でぽんぽんと肩を叩き、
「んじゃ、いきますか」
「そうだな」
俺はくるりと振り向いて、今いるルロクスの部屋から出て行こうとした。
なのに、なぜかルロクスが叫ぶ。
「だぁああっ!!待った待った待った!
もしかしてジルコンってば、森を通ってルアス街に行こうとしてるとか言わないよな?」
?何言ってるんだか…
「普通、森を通らないと街に行けないだろ?」
俺の答えたことを聞いてルロクスがあああっと大げさにため息をつく。
「ゲートって知ってるよな?」
「ま、まぁ知ってるが…?」
街から街に行くことが出来るという移動のスペルが込められた巻物−−−それをゲートと言う。
ゲートにはひとつの街の記憶が入っており、ゲートを発動することでその記憶されている街に行くことが出来るという代物である。
「で、今、何となく精神的に追い詰められててやばそうな気がするルゼルを追っかけるために、
オレたちは急いでるわけだよな?」
「あ…あぁ。」
「んで、ルゼルは魔術師だろ?」
「あぁ。それがなにかあるのか?」
「あぁっじれってぇなあもうっ!ルゼルは多分、ウィザードゲートセルフっていう移動スペルで
ルアスに行ったんじゃないかってオレは思うわけだよ!」
「あ…あぁ」
そういえばそんな魔法があるとは聞いたことはあるが…疲れさせるのもなんだからと俺はルゼルが申し出るのを断ったことが一度あった。
それからはウィザードゲートを使っていこうという提案はしなくなった覚えがある。
「だから!こんなときこそゲートだろ!ほらっ!」
投げ渡したそれは茶色く汚れて、所々しわになっているようなゲートだった。
閉じてある紐にはルアスと古ぼけた文字でかかれているプレートがさがっている。
ルロクスは自分の手に持っているゲートを眺めながら、話し出した。
「ちっちゃい頃に誰だったかにもらったゲートでさ、
使おう使おうって思ってたんだけど、なんか行く気がしなくってよ。
外へ見物に行こうって言ってもイリィは嫌だってな顔するし、使うんだったら今だろ?」
「でも、これ…いいのか?」
「いいって。オレも使うんだしさ。
オレ、この町から外に行ったことねぇから一度行きたいんだ」
『さて行くぞ〜』と意気込んだ声を出すのを見て、俺は思わず笑ってしまった。