「セルカっ!やっと…やっと会えた…」
ルゼルが嬉しそうな悲しそうな顔をして俺の横をすり抜け、女性の元へ歩いていく。
もしかして昨日言っていたルゼルの彼女なのだろうか…
でもその女性はルゼルに冷たい視線を投げかけるだけだった。
そして何も無かったかのようにすたすたと歩み去ろうとする。
「セルカっ!待ってっ!」
「おいっ、ルゼルっ!」
ルロクスが思わず駆け寄って引き止める。
その間、俺はずっと女性の顔に見とれていた。
何か…この女性…おかしい…
「ルゼル、この人が探していた彼女か?」
「は…はい、そうです!だから止めないでくださいっ!」
ルロクスの手を振り解き、再び彼女の元へ行こうとするのを今度は俺が止めた。
そして、後退する。
「ジルさん!離してくださいっ!
セルカ!僕のこと、わからないの!?セルカっ!」
ルゼルが悲痛な声を出して叫んでも、彼女はふいっと視線を向けるだけで、冷徹な表情は変わらぬまま。
たとえ恋人同士で、なんだかの言い争いがあって別れたのだとしても、この表情はあまりにもおかしい…
まるで、知らない者が騒いでいるのを見下しながら見ているような…
俺の腕にしっかり掴まれてじたばたともがいているルゼルを見ながら、俺が彼女に問い掛けてみた。
「なぁ、あなたはルゼルの知り合いのセルカという名前の人か?それとも全然違う、赤の他人か?」
彼女は表情は変わらないまま視線を落とすと、自分の手のひらをそっと開いた。
「呼びたければそう呼べば良い。我はただ、人間の犯した罪を取り払い、秩序をもたらす存在。」
…なにか物言いがおかしい…
「ルゼル、お前の彼女ってこんな物言いしてるのか?」
「してないっ!セルカっ!元に戻って!いつものセルカに戻ってよっ!」
「元に戻るって…セルカって、おかしくなったのか?」
ルゼルの言葉にルロクスが眉をひそめて彼女−−−セルカさんを見やる。
少し戸惑いながらもルゼルはこくりと頷いた。
「あのときから…おかしくなったんだ…最後に見たあのセルカ…」
セルカさんはルゼルをじっと見やるとまたくるりと背を向けて立ち去っていこうと−−−
「アイスボールっ!」
突然、ルゼルがセルカさんに向かってスペルを繰り出した!?
ルゼルの放ったスペルは幸いにもセルカさんの横の木にあたり、四散する。
「ちょ、おいっ!ルゼル、正気か!?
そんな危ないことして、セルカさんに当たったらどうするんだ!
お前の彼女なんだろ?!」
「当たったら凍って身動きできなくなりますっ!」
「ルゼルっ!!
目的と手段をちゃんと考えろっ!」
「でもっ!ここで止めないとまたっ…またっセルカがっ!」
「…我が道を閉ざすのか…」
言ってセルカさんがふいに開いていた片手を握りしめた。
+●挿絵1−8 セルカ●+
そこに現れる赤いルビーのような石が付いたロッド。
そしてそれを降り上げる。
まるでさっき、偽物の木を倒したときのように−−−
?!
俺はルゼルを後ろから羽交い締めにするように抱きしめると、とっさに後方へジャンプし
た。刹那、ざわりと風が動いた。
なにかくるっ!
そう思ったとき、すでに俺の足元では光が走っていた。光は魔法陣を描き、そして、光は上へと舞い上がる。
こぅぅぅぅんっ!ざしゅっざしゅっ
「うっくぅっ!」
「あうっ!」
光が沢山の炎となり、俺とルゼルの体に突き刺さった。
「ルゼルっ!ジルコンっ!」
「来るなっ!」
ルロクスが走り寄ろうとするのを俺の声で止めさせる。
セルカさん、本当にルゼルの事が憎いのか…それともただルゼルを忘れてしまったのか…
なんにしても、攻撃してきたことには変わりは無い。
「な、なんなんだよ!ルゼルの知り合いじゃねぇのかよ、あんた!」
セルカさんに向かって、ルロクスが怒鳴る。
だが当のセルカさんは動じることはなく、俺たちが何もしかけてこないとわかると、背を向け、うっそうと茂る森の方へと歩き出した。
さっきから俺たちの事をまるでいないかのように無視しようとしているのがありありとわかる。
「まっ…待ってっ…」
幾分かダメージを食らったルゼルが呆然と見ていて緩んでしまっていた俺の手をほどき、辛そうに言った。
「待って…セルカ…」
セルカさんはふいっと手を右へかざすと一言、こう言った。
「全ての秩序のために彼らも必要ない。」
「…セルカっ…」
ルゼルの声にもう振り向くことも、答えることも無く、去って行った。
その後をよろめきながらも走って追うルゼル。
でも、セルカさんの姿はもうすでに、そこには無かった。
セルカさんがさっきまでいた場所で立ち止まり、立ち去った先を見つめるルゼル。
そして、ふと何かに気づいたらしく、セルカさんが手をかざした方向を見ていた。
俺もルゼルの元へと走り寄り、見てみると−−−
「人…?」
背の低い雑草が茂っている場所で、誰かが倒れていた。
数人…服の様子からいって魔術師…
「調査にきたやつらか?!」
ルロクスが様子を見ながら走ってその場に駆けつける。
「セルカが…この人たちを…」
「る、ルゼル?」
「セルカがまた…人を…殺すなんて…」
ルゼルが視線を大地に落とし、その場で立ち尽くした。
下ろされている両手は爪が食い込んでしまうんじゃないかと思えるほど強く、拳を握っていた。
俺はルゼルを気にしながらも、倒れている人たちの元に寄り、ルロクスが抱きかかえた人を見やった。
すると−−−
「ルゼル、この人たち…生きてるぞ…!」
「えっ?」
ルゼルははっと顔を上げた。
「慌てて食べると喉につかえちゃいますから、ゆっくり食べてくださいね〜」
黙々と食べ物をかき込んでいる人たちに向かって、ルゼルはにっこりと笑ってそう言った。
ここはスオミにある食堂。その店のテーブルに俺とルゼル、ルロクスにイリフィアーナさん、そして向かいのテーブルに俺たちが森の中で発見した調査隊の人がいる。
あれから俺たちは楽に森を抜け、スオミの町に帰り着くことができた。
やはり、あの迷路(メイズ)状態はあの偽者の木が茂ったための現象だったようだ。
すぐに自分の今いる場所も地図から特定できるようになったし、地図に無い道というものは帰路では見当たらなくなっていた。
そして町に戻るとすぐにイリフィアーナさんに倒れている人たちのことを告げ、人を募って救出に向かった。
俺たちでつれて帰りたかったのは山々だが、倒れている人数が五人ともなると無理だったからなぁ…
で、救出して戻って、介抱したり治療を受けたりして、今に至る。
「無事に戻ってよかったですわ」
イリフィアーナさんは、目の前にある料理を食べ続けている調査隊の人を見やりながら言った。
彼らは2日間、何も食べてなかったらしい。
歩き回って調査して、迷って食べ物が無く、それでも歩き回ってたとなれば、そりゃ、ああなるわな…
俺も調査の人たちを見やりながら、お気の毒と呟いた。
「ほんと、なんもかんも解決できたみたいだし、よかったぜ」
ルロクスも自分で注文した料理を食しながら、うんうんと頷く。
そんなルロクスの態度を見た俺もつられて、安堵のため息をはいた。
「ルロクスがついていくと言うから、私はてっきりルロクスが足を引っ張りまくってお二人が危険になるんじゃないかって、
本当、どうなることかと思いましたわ」
ルロクスの横に座っているのにもかかわらず、ころころと笑ってイリフィアーナさんがきついことを言う。
言われている本人、ルロクスはもう慣れたのか『あ〜そ〜ですよ〜』とふてくされながら照り焼き肉をほおばる。
「いやいや、とても頼りになりましたよ。俺の打撃よりスペルのほうが効くモンスターでしたから」
「だろ?オレってば役に立ってただろ?!」
「うん、心強かったよ」
さっきまで調査隊のそばにいたルゼルがにっこり笑って俺たちのテーブルにつく。
「僕がスペルを放つ間にルロクスがスペルをたくさん打ってくれたから、とっても助かっちゃいました」
「そうですか、それならよかった。ルロクス、お疲れ様」
イリフィアーナさんがにっこりとルロクスに微笑みかけた。照れ笑いを浮かべているルロクス。
「イリィも…無事で何よりだぜ。あれからなにもなかったのか?」
「ええ、不審な人も全く見かけなかったわ。心配してくれてありがとう」
ルロクスって本当にイリフィアーナさんが好きなんだなぁ。イリフィアーナさんの言葉に一喜一憂しているルロクス。
感謝の言葉を言われて一層照れ笑いをするルロクス。
そんなルロクスが何かを思い出したらしく、あっと声を出した。
「なぁなぁ、ルゼルの彼女のセルカってさ、俺たちを助けてくれたんだよな?あれってさ。」
「そうだな。助けてもらったなぁ」
相槌を打つ俺。
そうなんだ。
セルカさんは俺たちに攻撃を与えた。これは事実だが、その前に俺たちと戦っていたあの偽者の木に、何かスペルを打って倒している。
全く、わからないことだらけだ。
まぁとにかく−−−
「今日はゆっくり休もう。明日、セルカさんについていろいろ聞かせてもらうからな」
俺が言うと、ルゼルは少し困った顔をしながら笑った。
「それがいいですわ。明日、お礼をお渡ししますわ」
イリフィアーナさんがそう申し出た。
「あ、いや、そんな、俺が人違いをしてイリフィアーナさんを驚かせてしまったんですし。
ここの宿代も僕がしっかり払いますので、お気遣い無く」
「それは私の気がすみませんわ」
「いいんですよ」
ルゼルがにっこりと笑う。イリフィアーナさんは『そこまで言うのでしたら』と引き下がった。
って、ここの宿代って払えるような金、俺たちまだ持ってたっけ…
「すみませ〜ん店員さん〜照り焼肉の盛り合わせ追加〜」
「あ、あと、海草サラダもおねがい〜」
調査隊の人がオーダーを出す。ああ、まだ食べるのか…
そしてそれに反応する−−−
「は〜い、ただいま〜」
ルゼル。
は?ルゼルが反応?
ルゼルはとたとたと走っていくと、今調査隊の人たちが言ったオーダーを調理場の人に伝えている。
調理場から今のオーダーとは別の料理ができたらしく、ルゼルはその差し出された料理を他のテーブルに運んでいった。
「お?おい?ルゼル?」
「はい?なんでしょう?」
「な、なんでお前がウェイターやってるんだ…?」
「え?だって僕、今ここでアルバイトしてますもの」
「…やっと街に帰ってこれたって日にバイトしなくっても…」
ルロクスがあきれたといった顔をしてルゼルを見やる。
ルゼルはあははと笑うと、『そうなんですけどね〜』と言葉を続けた。
「だって、ここの宿代も払わなきゃいけませんし。ちゃんと稼いでおきませんと」
『僕だけで結構稼げますし』そう言ってにっこり笑ったルゼルの顔はあまりにも元気な笑顔なもので、俺は思わず『ごめんな』と呟いた。
次の日の朝。
起きてみると−−−
ルゼルは姿を消していた。
『すみません。やっぱり皆さんに迷惑をかけたくありません。
僕一人でセルカを追います。
これは昨日、アルバイトしたお金です。もうすでに宿代は払ってあります。
このお金は路銀の足しにしてください。
今までありがとうございました。
ジルさん、ルロクス、イリフィアーナさん、
あいさつもしないで旅立つのを許してください。
本当にありがとうございました。』
ベッドの上にこんな書き置きを残して。
第一章 スオミ森の迷宮 完。
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