<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第一章 スオミの森の迷宮



第七話 偽者の木



「俺もきついんだってわかってたんだろぅ……」
あの変な木から遠のいた場所に落ち着いた俺たち。
走り出した俺の後を辛いのをこらえてルロクスが必死に追っかけていたのはわかっていた。
でも、
「二人いっぺんには背負えないからなぁ〜」
「ひでっ!ルゼルは、すっげ〜つらそうだったけどさぁ。
せめてオレに肩貸してくれるとか、歩くペースあわせてくれるとかしてくんないのかよ〜!!」
「そんなに文句言えるんならもう大丈夫だろうが。それにおまえもついてこれたんだから大丈夫だろ?」
ルロクスの文句に言い返しながら俺は肩に巻いてある布をほどいて地面に敷くと、さっきよりは幾分顔の色が戻ってきたルゼルをその上に寝かせた。
「ルゼルってば…大丈夫なのか?」
ルロクスが心配そうにルゼルの顔を覗き込む。
俺に負ぶさったときに安心して意識を手放してしまったらしい。今は眠りながらも時々苦しそうに眉をひそめている。
あの木…精神攻撃なんて…
ルロクスは俺よりは木の攻撃に反応していたようだが、ルゼルはまともに反応してしまったらしいな…
スペルという精神力を使って繰り出す魔法を使っている魔術師には、精神攻撃と言うのは辛かったのかもしれない。
それにしても、木のモンスターなんて聞いたことが無いぞ…
物に魂が宿ったモンスターや、ツタのモンスターなら聞いたことはあるが、木そのもののモンスターなんて…
しかも精神攻撃をするモンスターなんて…
「なぁ、あの木をさ…どうにかしてやらないとダメなのかな…」
「あの木が偽物の木の原因だとすれば…な…」
あんな変な攻撃をしてくるモンスターをどうすれば倒せる?
自分に問い掛けてみてもなんにも出てこない。やっぱりルゼルにも聞いてみるしかないな…
…この森の中にさっきと同じような木がまだあったりしたら−−−
自分で思いついたことにぞっとして、思わず俺は森の中を見回した。
そこにふっと人影が見えた。
まるで空のように青く長い髪をした女性の姿。ダークグレーの、高貴な正装と思える長いスカートの服を着た女性。
後姿で顔はわからないが、その女性はすたすたと俺たちがいる場所とは反対の方向に進んでいく。
さっきの偽物の木とは方向は逆だったが、あれ以外にもあんな厄介なモンスターが居たとしたら…
その女性を追いかけて止めたい衝動に駆られたが、ルゼルが倒れている今、どうしようもない。
せめて声をかけて止めようとかとしたときには、もうすでに女性の姿は森の中に消えてしまっていた。
「?ジルコン、どうかしたのか?」
「あ…いや…なんでもない」
「ん…」
小さく動いたルゼルに気づいて、俺はそっと額に手を当てた。冷たく青ざめていた顔の温度を確かめるためと、
まだ動くなと制するための二つの意味を持ったその手に、ルゼルはほっと息をついてから俺を見上げた。
「ジルさん…すみません…」
「いや、かまわないよ。それよりも気分はどうだい?」
そっと俺の手をどかし、起き上がる。少しゆっくりな行動だったが、大丈夫そうだ。
ルロクスにもごめんと言いながら、今度は立ち上がろうとするもんだから、止めておいた。
「少し休もう?俺もちょっと疲れたから」
「そうそう!休みながらあいつを倒すための作戦会議といこうじゃねぇか〜!」
「…倒すんですか?あれを…」
「もっちろん!」
ルロクスの元気いい応答に、ルゼルの顔がまた青ざめたような気がする…
「ルロクス…おまえ、何か作戦とか考えてるか?」
「は?だから今から三人で考えようって言ってんじゃねぇかよ〜」
俺とルゼルは顔を見合わせた。ルゼルも、俺も、思っていることは一緒のようだ。
『無理みたいだ。』ってこと…
その顔に気づいてルロクスは苦虫をかんだような表情をした。そして悔しそうに言葉を漏らす。
「あんなやつをオレの村の近くに置いたままに出来るかよ…」
そしてがばっと顔を上げる。
「おまえ達にはスオミの町なんてどおってことないんだろうけど、な!オレにとっては生まれ育った大事な町だ。
その町の近くにこんな危ないもん、置いたまんまにしていられるか!!
調査にきたやつだって帰ってきてないんだ!オレたちが−−−いや、オレがなんとかしなきゃいけねぇんだよ!」
怒りをあらわにしてルロクスが怒鳴る。そしてひとりでさっさと歩き出す。さっきの木のあった方向へと…
俺は慌ててルロクスの腕を掴んだ。
「ちょっと待てって!おまえ一人でどうにかなると思ってるのか?!」
「やってみなきゃわからないだろ!!」
意固地になって騒ぐルロクス。どうしようもなく、羽交い絞めにしても騒ぐルロクス。
「オレがやらなきゃ、誰がやるんだってぇんだよぉぉぉ〜〜〜!」
「僕がやります」
そう答えたのはルゼルだった。
その場所にすっくと立ち上がり、凛とした表情でルロクスを見る。
「僕がなんとかします。これくらいどうにかしなきゃ…」
そう言うルゼルの表情は何故か追い詰めているような、そんな顔を見せていた。
「ルゼル…手は?」
あのモンスターに打ち勝つ方法…その手はあるのかということ。
ルゼルは少しためらった後、こう話し出した。
「あの木…昨日見つけたあの偽物の木たちと同じなら、存在は“土”のはずです。
砂に火を当てても火は燃えることが出来ません。水も、ただ砂の上を流れ落ちるだけです。」
「他のスペルを当てれば倒せるかもってことか?」
ルゼルがこくりと頷く。
「はい、土に威力があるのは風です。
風のスペルを当てることが出来ればもしかしたら崩れ去ってくれるのかも…」
核心ではないながらも、打開策が見つかってきたことに喜びだすルロクス。意気揚々とルゼルの肩をぽんぽん叩いて、
「ルゼル〜がんばれよ〜?オレ、風のスペルはウィンドアローしかないから」
「ええ?ちょっと…その服の格好見るとウィンドブレード覚えているくらいになってるはずじゃあ…」
ルロクスの格好は出会った時と同じく、空色を少し濃くしたような青色の服だった。
たしかハイローブといわれている服だと俺は記憶しているけど。
「いや〜何故かオレ、ファイアビットの方を先に覚えちまってなぁ〜
アイスボールは覚えてるんだけど、そこから後のウィンドブレードもローリングストーンも、
ましてやモノボルトも、覚えてなかったりするんだよな〜これが」
…傍から聞いていてよくわからないが、習得する順番がルロクスはてんでばらばらだってことか…?
「君…お師匠さまとか居るんでしょう…?なのにどうしてそんな順番があべこべに…」
「ん?だって面白い魔法、覚えたいジャン。」
ルゼルがめずらしく、はぁっとため息をつく声が聞こえた。


俺たちはゆっくりとあの偽物の木の場所へと歩み寄った。
やっぱりさっきの攻撃を思い出してしまう。どうしても体に変な力が入ってしまっている。
守ることが使命である修道士の俺が、体を強張らせたまんまでいいのか!
「ジルコ〜ン、おまえ〜きんちょ〜してる?」
俺が強張った体になってしまっているのに気がついたルロクスはにやにやと笑いながら、肘で俺のわき腹を小突く。
だが俺も気づいていた。
「そんなこと言って、ルロクス。お前だって口調が変に伸びてるぜ?」
「そ、そんなことねぇよ、なぁ〜ルゼル?」
ルロクスが話を振るが、ルゼルはまるでそこに意識は無いような顔をして、ただまっすぐ前を見つめていた。
物思いに耽ってしまっている、そんな様子…
「ルゼル…?ルゼル?」
「あ、はい、何でしょう?」
「なんだよ〜聞いてなかったのかよ〜」
俺が何回か呼んでやっと反応したルゼルにブーイングするルロクス。
あの木を倒す作戦をしっかり練っていたのだろうか…
「もうすぐ…つきますね」
「お?ルゼルも緊張してるのか?」
「ええ、まぁ。だって僕が言ったことって、ただの推測だし…本当にうまくいくかは…」
うまくいかなかったときのためなのか、ルゼルは小さくすみませんと呟く。
何も気にしなくていいのに…
偽物の木の目の前に来た俺たちはとりあえず木に気づかないように無視をした。
案の定、木は何も攻撃してくることも無い。
「ほんとになんもしてこねぇんだなぁ…」
緊張の糸は張り詰めておいたまま、ルロクスは呟く。
「俺の声とともに一斉攻撃する…いいな?」
俺が言うと、ルロクスとルゼルはこくりと頷いた。
そして自分の心を落ち着かせる。
…よし!
「いくぞ!」
「はいっ」
「よしきたっ!」
声と共にルゼルはスペルの詠唱をしはじめる。
ルロクスは即効のスペルだったらしく、一番に攻撃を偽物の木に当てた。
そのスペルは打ち合わせ通り、風をまとったスペルだった。
「ウィンドアローっ!」
ばすっ
ひとつの風の矢は、当たると同時に消え去る。
全く効いてないのか?
と思いきや、俺が攻撃しようと木に向かって走り寄ってみると、当たった部分だけ白く変色していた。
そこを集中的に打撃を与えると、えぐれていくのと同時に砂が地面に落ちていく。
ルゼルの言った通り、この木に風のスペルが効いている!
「ルゼル!風の魔法、効いてるぜ!
てやっ!ウィンドアローっ!」
ルロクスは喜びながらスペルを打つ。
ってちょっと待てっ!俺が木の目の前にいるってぇのを考えてねぇ…
「ルロクスっ!」
振り向くことはせずに俺は怒鳴って横へ避けると、後ろで『あ、すまね〜』という声が聞こえた。
そこでルゼルの声が大きく聞こえた。
「風の怒りを我が前に!………ハリケーンバイン!」
スペル詠唱の最後の部分を俺のところまでしっかり聞こえるように言ったルゼルは、俺が木の前から横へと移動するのを見とどけてからスペルを発動させた。
スペルは木へと当たると、当たった木の一部がざあっと砂になって大地に落ちる。
木の葉が風も無いのにザワザワ騒ぐ。
木の悲鳴だろうか…
なんにしても、やっぱり風のスペルは効いてる…!
「ルゼル、ルロクス!まだいけるか?!」
「おうっ!」
「まだ…だいじょうぶです…っ!」
俺の問いかけにルロクスが答え、ルゼルが少し遅れて返事をすると、二人はそのままスペル詠唱に入った。
俺はその間、ルゼルやルロクスに偽物の木からの攻撃が行かないよう、相手をしないと!
あまり効果が無いような打撃を与えていると、ふと俺は何かの気配に気がついた。
その気配はすいっと平然に俺の前方−−−木とは後方の場所に現れた。
その気配の正体は−−−
「女・・・か?」
ルロクスがスペル詠唱を途中で止めると、その現れた女性を見ていぶかしんだ。
その女性は、さっき、偽物の木に精神攻撃されて撤退をした時に見た女性だった。
青い髪にダークグレーの服。
胸のあたりに十字架のデザインを模したその服は聖職者であることの証であるかのように上品な光を放っていた。
俺は一瞬、その姿を見とれてしまった。
見とれている場合じゃないと気が付いたときには、木が異様な空気をまとい始めていた。
「っ!あぶないっ!」
木が明らかに女性に向かってその異様な気を放つのがわかった。
だがその女性は冷静な顔を見せたまま、手を横にかざした。
そして−−−
フォンッ…
一振りすると共に、スペルか何かが発動したような音がした。
ざわめいていた木の葉ずれや音が消える。
木の動きが止まる。
な…何をしたんだ?この女性は−−−
そう思ったときにはすでに状態が変化していた。
ザァアアアアアアアア…………
今まで戦っていた精神攻撃をする木が、砂となって崩れ去っていったのだ。
「な…」
言葉をなくす俺たち。女性は顔色一つ変えずに砂と成った木を見とどけると
くるりと背を向け、その場から立ち去っていく。
せめて御礼を言おうと俺が
「あ、ありが−−−」
そう声を出した時だった。
「セルカっ!」
ルロクスの後方にいたルゼルがいきなり大声でそう叫んだ。