<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第一章 スオミの森の迷宮



第六話 木々



「どうやら…帰れそうに無いな…」
さっきから同じ場所をぐるぐる回っているような気がする。俺はあきらめてそう言った。
薄々感づいていたのだろう。ルゼルが地図から自分の位置を導き出そうとしているがどうも難しいらしい。
俺もルゼルの手元から地図を覗き見たが、目の前に続くカーブ道なんて、地図のどこを見ても見つからなかった。
「たぶん、偽物の木のスペルの影響で、地形が変わってしまってるから…」
そう言ったルゼルの声は力が無い。俺たち一同はお手上げ状態だった。
「さて、どうしたもんか」
俺は呟いて周りを眺めた。たそがれ色をした空に、雲がゆっくりと流れ消えていく。
もうすぐ夜が訪れる…
「野宿の用意、しますか」
ルゼルはそう言って焚き火の燃料になる木の枝を探し出した。
「ええ〜〜っ!マジ野宿かよ〜?」
ルロクスが文句を言う横で思わず
「あぁ…また野宿か…」
「仕方ありませんよ〜」
俺が呟いてしまった言葉にルゼルが笑う。
「ほら、ルロクスも手伝え。」
「え〜〜〜野宿なんてやだぜ〜〜」
「誰だっていやなんだよ。でも仕方ないだろ?」
「え〜〜〜〜っ」
俺もルゼルと拾い出したと言うのにルロクスはまだ文句を言って、木の枝拾いを手伝わないものだから…
「イリフィアーナさんに『ルロクスは駄々こねて俺たちを困らせた』って言ったら、
どうなるかなぁ〜?なぁ?ルゼル」
「え?え…え〜っと…男の株が下がると思います」
ルゼルのナイスな返しでルロクスは弱気になりながらも言い返す。
「そんなことで株が下がるわけないじゃねぇか〜!」
「でも、弱虫な男は嫌われるぞ?」
俺のとどめの一言で、ルロクスは『弱虫じゃねぇよ…』と言いながらも木の枝拾いを手伝いだした。
よしよし、人間、素直が肝心。
「あ、でも、食料は少ないんで節約して食べましょうね…」
財政難で…というルゼルの言葉に、野宿の苦しさ…というよりも俺たちの金の無さが再認識された。


少ない食料を腹の中に収めた後、小さな焚き火の炎で暖をとる俺たち。それほど寒くは無いが、なんとなく火を見ていると温かくなる。
しばらくぼ〜っと薪の炎を見ていた俺はふと思い出し、尋ねてみた。
「ルゼル、イリフィアーナさんは誰に似てたんだ?」
「えっ…」
「だってルゼル、あの時凄い勢いでイリフィアーナさんを引き止めたろ?」
俺が止めようとするより早く、ルゼルはイリフィアーナさんを止め、振り向かせていた。ルゼルは人違いだったと言ったけれど…
「えっと…」
ルゼルは何か言うのをためらっているようだった。何か踏み入れてはいけない領域だったらしい。俺はこの話題にもう触れないようにしようと口を開きかけたとき、ルロクスが言い出した。
「イリィに似てる女でも探してるのか?」
「あ…えっと…」
さらにしどろもどろになるルゼル。そこを畳み掛けるように、さらにルロクスが問い掛ける。
「もしかして、ルゼルの彼女か?」
「ルロクス。」
嬉しそうに聞くルロクスを俺は止めるべく声をかけた。ルゼルが明らかに消沈している様子だった。それに気づいてさすがに慌てたルロクス。
「え…えと…まぁ、他人の空似ってあるからなぁ。間違えた分だけ働いてもらうぜ?な?」
そう言ってもルゼルが笑顔を取り戻す気配が無い。しばらく俺たちは無言になって焚き火を見つめた。
「彼女は…あの人は突然居なくなったんです…」
ルゼルがポツリと話し出した。焚き火の炎を見つめたまま、思い出すように、ゆっくりと。
「僕は…あの人を見つける…大切なあの人に会う…そのために旅をしているんです」
「言っちゃ悪いかもしれないけどさ…彼女に逃げられたのか?」
ルロクスがズバっと核心を突く。
たとえ話し出したからといって、こんな状態のルゼルにずばっとしたこと聞くやつがいるか?…とひやひやしつつルゼルの顔色をうかがってみると、
憂いの色は変わらないものの、何か決心のついたような顔をしていた。
俺と目線が合うと、少しだけにこりと笑った。
その笑顔は聞いても大丈夫だってことだろうな…
「彼女を見つける手立てって…あるのか?」
今の笑顔を見てもやっぱり心配だ。俺はおずおずとルゼルに問い掛けた。
するとルゼルは首を横に振って寂しそうな笑顔を見せた。
「いいえ…わかりません。でも…一度会えたんです…」
「会えた?それじゃあもう目的達成できたんじゃん。」
今まで真剣だった顔が崩れ、軽い調子でルロクスが言う。だがルゼルは首を振ってこう言った。
「彼女と…もう一度会わなきゃいけない…そのときには僕は…」
…その時、ルゼルの顔には何かつらい決心をしている…そんな風に俺には見えた。
その顔に俺とルロクスは何も言えなくなり、寝るまで無言で焚き火を見つめていた。


「オレさ〜思ったんだけどさ〜」
次の日の朝、野宿で背中が痛いと、ぶ〜ぶ〜文句を言っていたルロクスが突然、思い出したように言い出した。
「町に迷い込んだポンってさ〜もしかして今のオレたちの状況とおんなじだったりして。」
「…どういうこと?」
よくわからないと言った顔をして、ルゼルが問う。
自信に満ちている顔とはいかないものの、何か核心めいたものがある、そんな雰囲気でルロクスは俺たちの方に振り向いた。
「今のスオミ森っていわゆる迷路(メイズ)じゃん?だからここらへんに住んでいるポンたちも迷って、うろうろしてたら町の近くまで出てきた、と。で、そのまま町に迷い込んだ。
こんなんじゃねぇの?」
「じゃあやっぱりこの偽物の木が原因ってことかなぁ…」
「この?」
「え?あ、ここにも偽物の木があったんで…」
そう言ってルゼルが指差した場所は、昨日の場所とは全く違う場所だった。沢山の木が生い茂るこの場所だがこの木だけどうも変な色をしている。
見上げてみると茂っている葉もどこか黒い色をしていた。
そこにあるこの偽物の木…俺にはどうもその木が他の偽物の木とも違う、特別なものに思えた。
俺は手をかざしながら偽物の木を触ろうと近づいた。
そしてあともうちょっとで触れられるところまで来た時だった。
ィイイン!
「うおっ?!」
強い衝撃を受けて、その木から数歩下がってしまった。
衝撃が何なのだろうと、もう一度その木に触ろうとするのをルゼルが止めた。
「待ってください。この偽物の木、触らない方がいいです…」
俺の側まで来てルゼルは少し青ざめた顔で言い、木からもっと遠ざかろうと後退していく。
「なんか…どんどんこの木、変な雰囲気出してます…」
「は?そんな雰囲気してるか?」
ルロクスがあっけらかんとして言ったすぐ後だった。
ザワッ…
一瞬で周りの空気が変わった。
おかしい…この木は明らかにおかしい。
「なんだその木…すっげ〜やだ…」
口を手で抑え、顔をそむけながらルロクスが言う。
正直、俺も顔を背けたくなっていた。
すごい嫌な雰囲気、空気。まるでこれはプレッシャーだ。
「ジルさ…この木だとおも…」
この木のプレッシャーのせいでまともにしゃべることが出来ないらしい。
ルゼルは途切れ途切れになりながらも俺たちに何とか伝えようと一生懸命言う。
ルゼルの言いたいことはすぐにわかった。俺も同じ意見だ。
この木が、偽物の木が大量にある理由なんだろうと言うこと。
この木を隠すため…でもどうしてこの木を隠そうとするんだ?
俺が思案している間にも木の放つ異様な空気はまるで圧力のように俺たちの体にのしかかっていく。
まるで精神攻撃のような−−−
「この木…モンスターか…?」
触ることが出来なかったのはスペルの効果?そして今現在のプレッシャーは攻撃…
精神的な攻撃って…
気づいてルゼルを見ると、ルゼルはへたっとその場に座り込み、辛そうに肩で息をしている状態だった。
ルロクスもルゼルを気遣うようにしていながらも、しゃべることが出来ないようだ…
辛そうに俺のほうを見ている。
やばっ!
「ルロクス、動けるか?この場を引くぞ」
とにかくこの場所から遠くに行かないと…
全く動けないといったルゼルの体を持ち上げて立たせると、背中に背負って、俺は走り出した。