<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第一章 スオミの森の迷宮



第五話 森の異変



あたり一面は炎の舞う荒れた世界。
木々は燃え、近くに居たモンスターたちは逃げ惑う光景−−−
ではなかった。
「は?」
「だから、木じゃないんですってば」
ルゼルからよくわからない説明をされ、俺とルロクスは頭に疑問符を浮かべるばかりだった。
あのファイアーボールを発動させたあの時、ファイアーボールは確かに木に当たった。
普通なら木が燃えて当然なのだが、そんなそぶりも無く、何事も無かったかのように木はその場に佇んでいた。
しかも、命中した場所に焦げ目すらもない…で、その理由を聞いてみたらさっきの返事だった−−−というわけだ。
「ルゼル、よくわからないんだけど…詳しく説明してくれるかい?」
「あ、はい〜だから、この木、木は木なんですけど、実際の木じゃないんです」
「じゃあだったらこれってなんなんだよ〜!どこからどう見ても、木じゃん!」
ルロクスは木をバンバンと叩く。俺から見ても普通の木に見えるんだが…木じゃないとすると…
「モンスターなのか?」
俺がルゼルにそう問い掛けると、バンバン叩いていたルロクスの手はぴたっと止まり、 恐る恐るといった表情で木を見上げた。
その様子を見てルゼルは『違いますよ〜』と笑いながら話し始めた。
「この木は魔法で具現化させた偽の木なんだと思います。多分、ただの土の塊かと。
幹に耳を当ててみてください」
言われるままに俺とルロクスはそろってその木に耳を当ててみた。
「??これでなにかわかるのか?」
ルロクスはさらに不思議がってルゼルに問い掛けているが、俺にはその意図がすぐにわかった。
「本当だ…この木、にせもんの木だ…」
「ええ〜?どうしてわかるんだよ?ただ単にルゼルの意見に乗ってるだけじゃね〜だろうなぁ?!」
ルロクスが文句をいいたいとばかりに俺に食って掛かるもんだから、ルロクスの額にでこピンを当ててやった。
「ばか。お前聞こえないだろ?この木から水の音が」
「は?木から水の音なんか聞こえるわけねぇじゃん」
何言ってんの?とばかりの顔で俺を見る。俺は腰に手を当てて木を見上げながら話し出した。
「木って言うのは大地から水を吸って生きている。それは知ってるだろ?」
「もちろん知ってるさ。雨が降らなきゃ木は枯れるしな。でもそれがさっきの話とどう関係するんだよ?」
「だから、木の幹に耳を当てると水の音がするんだよ」
「は?そんな音するのか?」
全く知らなかったらしいルロクス。知らなきゃわからないわな…
俺があきれているというより困っていると、いつのまにか少し離れた場所に行っていたルゼルがルロクスを呼んだ。
「ルロクスさん〜こっちの木に耳を当ててください〜」
素直にルロクスはルゼルに言われた幹に耳を当てて一言。
「んとだ…音するや…」
感動しながらそう言った。そして俺の元に戻ってきて、偽物の木の幹にもう一度耳を当ててさらに一言。
「おお〜っ!音、しねぇなぁ〜」
「納得した?」
「とっても!
へぇ〜、木に音なんてあったんだなぁ〜」
まだまだ感動中といったルロクスを見やりながら俺はルゼルへと振り向いた。
俺の顔を見て言いたいことはわかったんだろう。ルゼルはこくりと首を縦に振ると説明しだす。
「つまり、この場所には木が無かったってことになるかも」
「開けた場所…草原だったってことか…」
地面に生えている草を足で払ってみた。言われてみればこの場所の草たちは人やモンスターに踏みつけられている様子は無い。
「でもどうしてこんな風になってるんだ?誰かがここにこの偽物の木を作り出したってことか?」
しばらくう〜んと唸ると、ルゼルは自分でも納得していないような声で
「そうかもしれませんねぇ」
と言うだけだった。
木が無かった場所に偽物の木を作り出した理由…どう頭をひねっても俺には何も出て来やしなかった。
森じゃない場所に森を作って住処にするっていうことならわかるのだが…森の中に森を作っても意味ないんじゃ…
「なぁ…ことわざとかでさぁ、木を隠すには森の中っていわねぇ?」
ルロクスが不意に言った言葉に一同は気づいた。
「特別な木が…いや、誰かが隠したがっている木がここらへんにあるってことか…?」
「この偽の木たちのおかげでポンたちの生息地に影響が出た…?」
「そんな木だけで生息地が変わるもんか?でも何かがあるんだぜきっと」
ルロクスが反論しながらも嬉々とした声で言った。
さざぁ…
風に揺られて木が鳴き声を上げている…
この木の中に特別な木があるとして…それがポンたちに影響を与えているのだとしたらその木をどうにかすれば事は済むはずだ。
「お〜っし、とにかく偽物の木の中から本物の木を探して回ろうぜ!」
ルロクスが意気込みと共に動き出すと、俺たちも手分けして周りの木の調査を開始した。


一箇所だけぼうっと光る木が…あればわかりやすいなぁと思った午後の夕暮れ…
「ここと…こことここは本物っと。」
ルゼルがお手製のメモ帳を広げ、木の位置と真偽をチェックしていく。
偽物の木が大半を占めるこの一帯だが、本当の木が一本だけ、というわけでもなかった。
ばらばらに点在しているが、本当の木は両手で数えるほどには存在していたのだ。
「ん〜どういうことだろ…」
描き上がったメモとにらめっこしながらルゼルが呟く。ルゼルも偽物の中に本物の木が一本だけあるのだと思っていたのだろう。
「本物の木〜いろいろ調べたけど、そこらへんで生えてる普通の木だったぜ?」
ルゼルの元に駆け寄ってきたルロクスは、頭を掻きながらそう告げる。俺ももちろん調べたが、どうも普通の木と何だ変わりないんだよなぁ。
本物の木がある位置に何かあるんじゃないかと線で結んでみたりもしたが、別段、規則性があるわけでもなかった。
「何かあると思ったんだけどなぁ…」
かぶっていた帽子に触れながらルゼルが珍しくぼやいた。
もうお手上げと言った状態だ。
「この偽物の木とポンが町に入り込んだっていう話には関係は無いってことになるのか…?」
なんか本当に厄介になってきたぞ…このポン調査…
俺が少しげんなりしたそんなときだった。
ざざざざぁ〜〜〜
周りの木々の葉が揺れた。
森の中のことだから、そんなのあたりまえのことだ。それは俺も十分わかってる。
だが今のは−−−
「ルゼル、ルロクス、今、風吹いたか?」
「えっと…多分吹いてないと思うけど?」
「はい。吹いてないです。それがどうかしたんですか?」
二人は木々がざわめいたのに気づいてないみたいだ。
風は吹いていない。なのに木々がざわめいた。
風も無いのに木がざわめくはずは無い。
俺が問い掛けた理由に気が付いたのか、ルゼルははっとして木の上を見上げた。
何か居る…そう思ったとき、何かが動いた。
がざざざざざ〜〜〜〜
遠くの木々から始まったざわめく音は徐々に俺達の方にも広がってくる。
言わずとも俺とルゼルはルロクスを守るように臨戦体制をとった。
「な、なんだ…?!」
「さぁ…よくわからんが偽者の木がひとりでに動き出したんだ−−−」
パニックになりそうな自分を落ち着かせるようにゆっくり言ったその言葉は、途中でさえぎられた。
ざん!
ぴたっとざわめきが消えたのだ。
「な…なんだったんでしょう…??」
しばらく様子をうかがうため、動かないようにしていた俺達だったが、ルゼルの問いかけに俺は戦う体制を解いた。
「なん…だったんだろうな…??」
問いかけに答えることが出来ない。俺だってどういうことかわからないのだから…
「とにかく…この場所に居たら何が起こるかわからない。
本物の木が茂ってる場所に移動しよう。」
ただ突っ立っているわけにもいかないと判断した俺は二人にそう言うと、来た道に戻るように促した。
だがルゼルはさっきの現象を不思議に思って仕方が無かったんだろう。おびえながらも偽物の木に手を当てて、木の様子を確かめようとした。
「え?」
ルゼルの声にオレが振り向いたときには、ルゼルの触った木は見る見るうちに白くなり−−−
ざざああっ・・・
「わわっわわわっ!」
ルゼルが慌てて後退する。
音が収まって一言、ルゼルが零す。
「な…なんなんでしょう…??」
−−−ルゼルの触った木は目の前で砂となって崩れ落ちていったのだ。
「ルゼル…おまえなにやったんだよ〜?」
「なにもやってませんよぅ!ただ、触ってみただけですっ!」
「なに言ってんだよ〜いくら偽物の木でも触って砂になるわけ無いじゃんか〜
さっきもぺたぺた触ってたんだぞ〜?オレ達」
馬鹿らしいと言った顔をしてルゼルとおんなじように偽物の木に触れて
「んぁ?」
ルロクスが眉をひそめて呟いたその後、
ざざざぁぁぁっ
「だあああわわわわ!」
ルゼルのときと同じように、ルロクスの触った木は砂となって崩れ落ちた。
砂に飲まれてしまいそうになりながら、よくわからない声を上げてルロクスが後退する。
音の後、その場所に残るのは砂の山だけになった。
…触れれば偽物の木は砂になる…?
さっきまでそんな現象なんか無かったのにいきなりなぜ…?
「なんかやな感触だぜ?ぷにっていうか、ぶにっていうか…」
木を触った方の手を開いたり閉じたりと、わきわきさせながら気持ち悪そうに言う。ルゼルも眉をひそめて微妙な顔をしていた。
やっぱりここは変だ…
「移動するぞ?」
俺の声にルゼルとルロクスは同意してこくりと首を振った。
−−−そのとき俺はイリフィアーナさんの言っていたことをすっかり忘れていた。
調査に出た者が帰ってきていないのだということを。