<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第一章 スオミの森の迷宮



第四話 スオミの森



「本当は入って来れるわけが無いんだよ」
スオミの町と森との境界線。白い華が飾られている両の柱を通り過ぎながら、ルロクスが零す。
「スオミは町全体が大きな魔法陣になってる。それを破らない限りは入って来れやしないはずだ。それなのになんで…」
自分の思っている疑問を口に出しながらずんずん進んでいくルロクス。
さっきまで森に出ると戦闘経験が低いだろうルロクスを前にしていると危ないから、
俺が先頭を行くと言っていたんだが、『オレが調査するんだから前を歩いて当然!』と言って全く言うことを聞かない。
魔術師ってみんなこうなのか?と疑問に思える今日この頃…
「というか…なんで俺たちがこんなよくわからない”ポン調査”をすることになったんだ…?」
「おまえらが人違いとか言ってイリィにちょっかいかけてきたからだろ!
このポン調査を断ってたら、おまえら自警団行きだったんだからな!」
自警団行きと聞いて、さすがに俺たちは顔を引きつらせた。
自警団とは町を守る者たちが集まった団体のことである。スオミは魔術士の町なんだから魔術士団って感じなんだろう。
この自警団に目を付けられて最悪にも町から追放された日には、二度とその町には入れなくなることだろう。
スオミはこのマイソシアの数少ない町のひとつだと言うのに入れなくなったとしたら今後の旅にどれだけの影響がくることだろう…

「とにかく、俺一人じゃだめだってイリィが言うんだから、
仕方無くおまえらを連れていくことにしたんだからな。
あくまでも俺が調査するんだ。
おまえらはボディガードってやつだな。」
「そういうことなのかな…」
苦笑いを浮かべてルゼルがつっこむが、ルロクスは俺がただしいっ!と言わんばかりな顔をして振り向き、言う。
「とにかく!オレが原因を突き止めるのには代わり無いだろ!」
これ以上、この話をしていても、埒があかない。
「まずはポンの居場所の調査をしましょう?」
そう判断したんだろう。ルゼルは町から出たすぐの場所でそう言うと、くるりとあたりを見回してみせたが−−−
「調査、できませんね…」
ルゼルは自分の言った言葉をすぐに撤回させた。
調査は出来ない。この場所じゃ…
「いませんねぇ…ポン」
町の入り口まで来るようになったとイリフィアーナさんが言っていたから、てっきり俺はいつでも入り口に2,3匹は居るようになったんだろうと思っていた。
「やっぱり中に入らなくちゃいけませんかねぇ…?ジルさん」
「そうだなぁ…ポンが大量に居る場所でないと調べ様がないかな」
「それじゃあそうしましょうか」
「おいっ、ちょっと待てよ…」
「あ、ルロクスさんもこれでいいですよね?」
ルロクス抜きで話を進めていたのが気に食わなかったらしいが、ルゼルがにこっと無邪気に笑いかけながら話を振るもんだから何も言えなくなったらしい。
「ぽ…ポンが大量に居るところは知ってるぜ!案内する!」
またもやずんずんと前を歩いていくルロクスに苦笑いした俺だったが、とにかくルロクスについて行くことにした。


「あ…あれ?」
で、今現在、道に迷っている…
「おぉぉぉぉ〜〜〜い?ルロクス?」
「いあ、だって、この前一人出来たときはこの道をあっちまで行けばあそこに出たはずなんだよ!
あっちとかあそこって言う場所はどこだが知らないが、道に迷っていることには変わりは無いらしい。
「ルロクスさん…方向音痴ですか?」
「そんなわけないだろ!たとえ森だからとしても地元の森だし、いつでも来てるような場所だぞ?
迷うわけ無いんだよ」
必死に弁解するが、でもさ〜
「実際、迷ってるだろ?」
「う゛っ…」
俺の突っ込みに唸るルロクス。
自信満々に歩いていくから、迷うなんてことは考えなかったって言うのにまったく…

+●挿絵1−4 ルロクス迷ったの図●+

人違いしたからといってこんなことしなくてもよかったような…
そんな文句が出てきそうなほど気分だったが、ルゼルはどうやら違うようだった。しきりに周りを確かめるように見つめ、ひとつの木の幹を触る。
「…ルゼル?」
「何かおかしいです。ここ」
「ここ?その木がか?」
ルロクスが不思議そうにルゼルの触っている木に手を触れると、ルゼルはいいえと首を振った。
「この場所自体、何かおかしいんです。それが何かっていうのはわからないんですけど…
でも、さっきまで歩いていた場所と雰囲気が違うんです」
普通の森とは違うってことか?俺はルゼルのまねをして周りを見回してみた。
これといって、変な感じはしないんだけどなぁ。
「なぁ、ルゼル。オレが迷ったのってそのせい?」
「それはわからないんですけど…可能性として考えられるのは、
 この森に何かスペルがかけられているのかもしれないってことです。
 …いや…もうかけた後かも…。迷路のように地形を変動させるようなスペルを」
「さすが魔術師。そこまでよくわかるなぁ」
雰囲気の違いからそこまでわかっているルゼルに感心すると、ルゼルは『慣れですよ』と答えた。
「ジルさんが敵の気をわかるように、魔術師には日ごろスペルを使っているわけですし、
スペルの流れっていうか…そんなのがわかるようになるんです〜」
「そうなんだ〜?」
ルロクスが不思議そうに首をかしげる。
見るからにルゼルとルロクスは経験の違いがあるだろうし、ルロクスがわからないのは仕方ないかもしれない。
ルロクスはなおもぺたぺたと木に触れ、首をかしげている。その横をルゼルは歩き、
ルロクスの触っている幹とは反対側にまたもや手を触れた。
「その木になにかあるのか?」
「いえ、この木だけじゃないと思いますが…」
そう言って何かスペルを唱え始めた。その呟く声に耳を澄ますと−−−
「ちょっ!ルロクス!」
俺は慌ててルロクスを無理やり木から離れさせた。
「ルゼル!その魔法、火のスペルなんじゃないか??!!」
いつも焚き火をする際に耳にするフレーズ…ファイアーアローの詠唱に似ている言葉だ…
いくらなんでもこんな森の中で火を使ったらどうなるか、ルゼルでもわかっていそうなものなのに…?!
「なっ!あ…!ルゼルやめろって!」
俺に言われてわかったらしく、ルロクスも慌ててルゼルをとめようとした。
時すでに遅し…
「ファイアーボール」
ルゼルの口からスペル発動の言葉が紡ぎ出された…