<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第一章 スオミの森の迷宮



第二話 スオミの町の魔術師



人間と精霊が共に暮らす魔法都市、スオミ。ニミュ湖の中心部に位置する魔術師の町であり、町全体が水に浸かっている。
俺にはそれくらいしか知らないが…
「水を自由自在に扱うことができた古代魔術師たちの子孫がこの町に住んでいるって言われているらしいです」
ルゼルは俺よりはこの町のことを知っているようだった。
まぁ、魔術師の町とも言われるからなぁ…
「町を造るときに建物と地形を利用して、町全体が大きな魔法陣となるようにして、
町にいる人たちの魔法力が強まるようにしているんだそうです」
でもこのスオミの町の話をルゼルから聞いていて、俺はふと疑問を覚えた。
「ルゼル。さっきから”らしい”って言葉使ってるけど…もしかしてルゼルってこの町出身じゃないとか?」
この町出身なら『らしい』っていう言葉より言い切りの言葉を使うだろうはずなのに、さっきからずっと『らしい』や『だそうです』ばかりだった。
俺がそう突っ込んでみると、
「え、えぇ、まぁ。違いますけど…だめですか?」
「いやいや、だめって言うわけじゃないんだけどさ」
「ジルさんが残念そうにしてるから、てっきり僕の家に泊まるのを当てにしてるかって思いました。」
『貧乏ですからねぇ僕たち』とくすくす笑う。そうか…そういう手もあったか…
「でもだめですよ〜僕の家なんて無いんですから〜」
軽い調子で拒否される。
まぁとにかく今まで野宿だったことだし、今日は豪勢な宿に泊まってぬくぬく寝ることにしよう!などと勝手に考えながら、俺とルゼルはスオミの町の中心部である広場やってきた。
広場やら酒場やら、人が集まるところには大抵噂話が転がっている。町の権力者やら銀行長なんかのこずるい詐欺話から始まり、果ては誰が誰を好きでいるんだとかいう恋話まで聞こえてくる。
広場の真ん中についた途端、ルゼルはきょろきょろと周りを見回していた。
噂話に興味があるのだろうか・・・そう思ってたら、
「ジルさん…いつ来ても、ここ、不思議ですよねぇ?水の上にどうして立てるんでしょうか」
言われてみるとそうだよなぁ・・・水草まで浮いてるし。
「魔力・・・かなぁ?やっぱり。ポンだってあれ、水らしいし」
不思議ですねぇ〜と言いながらルゼルが町を散策しだす。
近くにあった雑貨屋に立ち寄って、おずおずとした店主の女性に切れてしまった薬や肉を注文している。
ちょっとだけ値切ってみたりもしているのが悲しいところだが・・・
「ありがとうございます〜スシアさん」
店主にお礼を言いながら俺にこっそりと『とっても値引きしてもらいました』とうれしそうに報告するルゼル。
そこもまた悲しい・・・
広場にあった木の椅子に腰掛け、遅すぎる昼飯を取りながら、買った荷物を俺とルゼルのバックに分けていれた。
先に仕舞い終えたルゼルはぼおっと広場を見ていた。
道行く人を目で追いながらも、意識はどこか違うところにいるような・・・
今まで野宿続きだったから、疲れが出たんだろう。宿屋に早く入ろうと思って荷物整理を再開した時、ルゼルはぼおっとしながら何か呟いた。
「そんな不思議なところなら…」
誰にも聞こえないように言ったんだろうルゼルのその呟きが、なぜが俺にははっきりと聞こえてしまった。
『ここなら…居ると思ったのに居ない…』と。
何が居るんだろう…探し物の情報か何かか?
俺が問いかけようかと思ったその時、ぼおっと見つめていたルゼルの瞳が突然、驚きの色に変わった。
壊れたからくり人形みたいにぴたりと固まったルゼルのその行動に眉をひそめながら、俺は近寄って軽く肩を叩くと、ルゼルの体がびくんと強張った。
いや、強張りが解けたのか?顔をのぞき込んでみるとルゼルの瞳は一点を見据えていた…
「…どうしたんだよ?」
ルゼルの見据えている先に目をやると、先に歩く女性の姿が。
「…っ!」
何か喉の奥で呟く声と共にルゼルが走り出す。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
尋常じゃないルゼルの行動に、慌てて荷物を担ぐと俺は必死に追いかける。
女性が少し奥まった角を曲がっていくのが見える。
「まっ、待って!」
「ルゼル!おいっ!」
ルゼルは勢いよく走りこむと俺が止めるのも聞かずにその女性の肩を掴んだ。そして振り向かせる。
女性はきゃっ!と言いながらルゼルの力に逆らえず、こちらを向いた。
そこで、ルゼルの体が止まる。
「ルゼル、なにがあったんだよ?!その人、おまえの知り合いか?」
いつものルゼルとは思えない強引な行動に戸惑いつつも、追いついた俺はルゼルに問い掛けながら女性を見た。
年は俺より少し高めかもしれないその女性は、戸惑いの色を浮かべた瞳で俺とルゼルを見やっている。
女性のほうはルゼルと面識ないみたいだけど…?
「ルゼル?」
ルゼルの反応が無い。
「ルゼル?どうした?」
もう一度呼んでやるとやっと反応が返ってきた。
表情はわからないが、そっとひとこと俺に言う。
「違った…」
「はっ?!もしかして……人違いか?」
俺がもう一度確かめに聞いてみると、さっきの勢いはどこへ行ったのか、
ルゼルはまるで怒られたときの守護獣のような瞳をして小さく『はい…』と答えた。
「おまえ、何が起こったのかと思ったら人違いなんて…」
いきなりのことに驚いて固まっている女性。俺がルゼルの非礼を謝ろうとしたその時だった。
「おまえら!イリィになにするんだ!!」
俺たちが入ってきた通りと反対側の道から、俺たちよりは少し年下と思われる青いハイローブに身を包んだ少年が俺たちに向かって怒鳴った。
「ルロクス…」
おろおろしていた女性が呟く。
少年の名なのだろう。
俺たちに敵意まんまんな瞳を向けて立つその少年の両の手の間にはピンク色の丸い魔法球がふよふよと浮き、白い光をまとっていた…
ってこいつ、スペル打つ気…!?
「おまえらだな…このごろイリィにつきまとってるやつは!」
「おぃっ!!?ちょっと待…」
この少年、何か俺たちを誤解しまくっているようだ。今にも何かをけしかけてこんとばかりの表情で俺たちを見据え、
「二度と俺のイリフィアーナにちょっかいかけないよう、鉄槌を食らわせてやる!」
そう言い放つとなにやらぶつぶつと独り言を言い始める。
「ジルさん、やばいです…スペル詠唱してます。あの人…」
「なぬっ!
 ちょっと待てよ、確かに俺…というかルゼルが強引にこの人を引きとめたけど、別に付きまとっていたわけじゃ−−−」
「問答…むよぉ〜〜!!」
「おいっ!俺の話を聞け〜〜っ!!」
叫んだ俺の声もむなしく、勢いの良い爆音は町の隅々まで響き渡ったのだった。