<アスガルド 神の巫女>

第一幕

第一章 スオミの森の迷宮




第一話 出会い



昔−−−
神は世界を創った。
この地、マイソシアを。
たくさんの人間がこの地に生まれ、そして今も生と死を繰り返しながらこの地で生きている。
もちろん俺も例外じゃない。この地、マイソシアで生きる人間の一人だ。
モンスターまでもが住まう、善と悪の世界。俺はただのしがない、いち修道士である。
そう、俺はしがない。スピードも力も、まだまだ足りない。金なんてもっと足りない。
いつも鍛錬してるんだけどなぁ…
そして今日も鍛錬のため、モンスターと戦っている。そう、いわゆる「狩り」っていうやつだ。
ここは海賊が住処としているらしい場所。その入り口付近である。
いつもの狩場では集中力も、敵の強さも物足りなくなってきてたもんだから、初めてこの場所に来たんだけど…
「ちょっときついかな」
バディアクトバルーンという気球のようなモンスターを倒し終わった俺は、深く息をつきながらそう呟いた。
このバディアクトバルーンの攻撃が強いから「きつい」と言っているわけじゃない。
自分の攻撃がいつもより効いていない−−−というよりも、相手の体力が高いのだ。
たとえ敵の攻撃力が低いからといっても、バシバシやられればダメージも溜まるし、何より痛い。
狩場を変えるべきなのかと考えながら休憩をして回復しようとしているそんな時に、俺の目の前に現れる黄色い物体。
エシュアクトバルーンがまた現れた。
しかも続々他の場所からこっちへ集まってくる…
まるで特売の時のおばちゃんのごとく、群れになって…
「っちぃ!」
走り寄るまでも無く襲い掛かってくるエシュアクトバルーンに打撃を与えつつ応戦していくうちに、
自分の体が不調を訴えだした。
さっきの休憩だけでは回復しきれていなかったんだ…まだ数匹しか倒してないというのにっ!
打撃を与えつづけていた自分の拳に力がなくなっていくのを感じながらも応戦をしつづける俺。
やばいっ!力尽きる!
−−−そんな時だった。
<ドンッ!ドンッ、ドンッ!>
数回、音がして、目の前にいたはずのエシュアクトバルーンが一瞬にして逃げ去っていったのだ。
そして目の前に現れたのは−−−
「あの…大丈夫ですか…?」
高位魔術師服を着た、背の低い少年だった。

+●挿絵1−1 ジルコンとルゼル●+

ルゼルとの出会いは、そこからだったんだよなぁ…
「? どしました?」
前方を歩いていたルゼルがくるりと振り向き、問い掛けてきた。
俺の歩みが遅くなったのを訝しんだのだろう。
「いや、なんでもないよ」
軽い調子で返事を返すと、ルゼルはにこりと笑い、また歩き始めた。



「大丈夫ですか?」
よろめきかかっていた俺は恥ずかしくもその場にしりもちをついてしまった。それを心配した少年は慌てて自分の手を差し出してそう問い掛けた。
ありがたくその手に掴まらせてもらい立ち上がった俺は、失礼だろうとは思いながらも、まじまじと少年を見た。
俺を助けてくれたこの少年…この服は確か高位な魔術師が着ることを許される服のはず。
白いカウルと少年の肩あたりで浮かび上がってくるくる回っている四角いオーブの装備がとても魔術師らしい。
さっきのあの爆音はこの少年が魔法を使った音だということを今さらながら納得した。
俺がちょうどたたきそこなったエシュアクトバルーンを数打で倒したのも、その装備を見れば頷ける。
そこではっと気が付いた。
少年の後ろにはまだ倒されていないエシュアクトバルーンが数匹…
「おっ、おまっ、うしろ!!」
「え?あっ、あわわっ!」
−−−この後、何故か俺まで敵にターゲットを取られて、二人で仲良く走り回る羽目になってしまった。


「ジルコンさん、どうしたんですか?さっきからぼーっとしてばかりですよ?」
不思議そうに見上げるルゼルの顔は、本当に心配そうな顔をしていて、
「あ、いや、本当になんでもないから」
そう言ってもなお心配そうに俺を見上げている。
「…ルゼルとあった時のこと、思い出したんだよ。」
あんまりにも心配そうにするもんだから、俺は正直に考えていたことを言った。
少年−−−ルゼルは俺を見上げるくらいの低い背丈だが、おれとそれほど年は変わらないようだった。
何か捜しものをしているらしいのだが、あまり詳しく話をしてはくれないし、俺も詳しく聞くつもりも無かった。
とにかくこの少年が危なっかしく感じたから、とりあえずは近くの町まで送り届ける気でいたんだけど−−−
「もう1ヶ月経つんですね〜ジルさんと会ってから」
そう、気がつけば俺はルゼルと1ヶ月も行動を共にしている。
何故か−−−それはルゼルの行動のせいだった。
天然ボケっぽい性格のわりにはやることが猪突猛進。主にそれは戦いの場で見かけられる特徴だった。
敵が追いつく寸前、そんなぎりぎりのところで敵を倒す。魔法がミスれば攻撃をしっかり受ける。
そんな狩りの仕方だった。
…危なっかしくって見てられなかった。
どうせ俺は何も目的も無いし、ルゼルについていくことにしたんだが…
危うさはやっぱり出会ってから未だに変わらない。
俺が盾になっているからこそ敵に攻撃される回数が減っているだけで、俺が休憩したほうがいいと言っているのにうろうろ行動しようとするところは変わることは無かった。
というか、今もルゼルが前方を歩いてるし…
敵が出たときに前方に居るとタゲられるから俺の後ろを歩いた方がいいと言うんだけど、いつも気が付けば俺がルゼルの背中を見て歩いている有様だった。
「ルゼル、前出過ぎ。」
「あっ、ごめんなさい、早く進みたくって」
そう言って俺の横に並ぶ。
「急ぎ過ぎだって。急いであせっても何もいいことないぞ〜?
じっくりのんびり歩けば、敵が出てこないかもしれないだろ?」
「でも…」
そう言ったっきり、黙り込む。
「探し物を探すためかい?」
俺が問い掛けるとぎこちない笑みを返す。
ルゼルは何かを探しているのだと言う。深くは聞いていないがとても大切なものなのだと言っていた。
そしてその話をすると決まってルゼルは黙り込む。
言葉には出さない。まぁ、今に始まったことじゃないが。
そう、そしてこの後、ルゼルが言う言葉は決まってこうだ。
「無理に僕と一緒に居なくても大丈夫ですよ?僕だってちゃんとした魔術師ですから」
そう言うルゼルの頭にぽんと手をやる。
そして何も無かったかのように俺は前に立って歩き出す。
これが俺とルゼルとのやり取りだった。


「に…しても…どうしてスオミにつかないんだ…」
ちょっとブルーになりながら俺は誰に言うわけでもなくそう呟いていた。
「だからもう少し速く歩けばよかったんですよ」
ルゼルが俺の呟きに対して突っ込む。
速く歩けばもしかするとスオミにつけたのかもしれない距離で今、野宿することになるとは思ってなかった。
昨日もその前もその前も…確か野宿だった…
今日こそは温かい食事と暖かいベッドで寝られると思っていたのに…
「凄く残念そうですね。ジルさん」
ちょこちょこ歩き回って薪の材料になりそうな小枝を拾いながらルゼルが笑う。
「ルゼルは残念じゃないわけだ?宿屋に泊まれなくっても」
「泊まりたいですよ?でも仕方ないじゃないですか
もう明日には着けそうなんですし、今日だけって思えば苦じゃないです」
言って、小さく何か呟くとルゼルの手のひらから明るい光が現れた。その光をさっき集めた木々の方に向かって放り投げる。
ファイアーアローで火をつけたのか。
「いつも思うんだけど、便利だな。魔法って」
俺が感心して呟くと、ルゼルは「そうですけどね」と言って背中を向けた。
「でも何かに頼りすぎてちゃ、だめなのかもしれませんよ?」
そう言って、ルゼルはせっかく点けた火が絶えないよう、黙々と作業をし始めた。
そんなルゼルの背中をみて、俺はちょっと居心地悪くなりつつも火を囲むように座った。
「とにかく腹ごしらえして交代で見張りだな。しっかり腹ごしらえしないとな〜」
至極明るい口調で言う俺の言葉に、ルゼルは何を言うかと思えば−−−
「すみません…食べ物…ありません…」
貧乏ですから…と悲しそうな顔をこっちに向ける。
「んじゃあ何かとっ捕まえて−−−」
「このあたりってポンしかいませんよ…」
・・・今晩は・・・長くなりそうだった・・・